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伯爵令嬢エレーヌ・エリーゼ・ストーンハートの平凡な日々  作者: 堂道形人
マッチ売りの少女アリーセ

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マッチ売りの少女アリーセ 第二十八話

「おい! 女の子に銃を向けるなよ!」

「危ないから! そこから降りなさい!」


 続々と集まる野次馬が、窓から顔を出す野次馬が騒ぎ立てる中、教会の三階部分の屋根の上まで登った伯爵令嬢エレーヌ・エリーゼ・ストーンハートは、小猿のマリーを盾にして叫ぶ。


「違うの、違いますわお母様! 私、お母様がお考えになっているような事をしている訳ではありせんのよ!」

「キィーッ!! キャッ、キャーッ!?」


 鷲掴みにされて逃げられないマリーも、自分達を包囲し銃を構える兵士達を見て泣き叫ぶ。


「どこをどう見たら違うとおっしゃるの!! 大人しく投降なさい!!」


 クリスティーナは自分の車の運転席に戻り半身を突っ込んで何かを探していたが、そこから出て来てそう叫び返す。その手にはダブルアクションのレボルバー拳銃が握られている。


「奥様、この人混みでは発砲は危険です、どうかこの場は我々にお任せを」

「貴方達が撃たないからでしょう! おどきなさい!」


 ガソリン自動車から降りて来た黒服の男達の一人も、拳銃を握ったクリスティーナを止めようと一度は立ちはだかるが、クリスティーナはそれを押し退け、銃口をエリーゼ(エレーヌ)に向ける。


―― ドン!


 躊躇ためらわず引き金を引いたクリスティーナの拳銃が火を吹き、発砲音が教会前の広場に響き渡る。


「うわああ、撃った!」「危ない! 皆下がれ!」


 クリスティーナは車から拳銃を取り出す時に回転弾倉の銃弾の何発かを空包とすり替えていた。今発砲したのはその空包であったが、これには集まり過ぎた野次馬をいくらか追い払う効果があった。


 大型蒸気自動車の荷台から降りて来た歩兵達は分隊長の指示に従い、教会の外壁の周囲の何か所かに集合する。


「ライフルを背負え! 人垣を作って仲間を上に送れ! 今こそ日頃の訓練の成果を見せる時である!」


 兵士達はある者は四つん這いになり、ある者は仲間と肩を組んで、仲間の為の足場となる。

 そうして出来た人間階段を登り、ライフルを背中に背負った兵士達は、上に行くに従って細くなって行く教会の建物の一階部分の屋根へ続々と登って行く。


 エレーヌの方はと言えば、そんな事をされたら余計に降りられない。


「おやめなさい! こちらには人質がおりますのよ!」

「キャキャーッ! ウキキャキャー!」


 エレーヌは三階の屋根から、さらに登れる場所を探して教会の屋根を周り出す。


「ああああ、皆さまどうかおやめ下さい、マリーちゃんが泣いてます、御願いします、あの子本当は高い所がとても苦手なんです!」


 不精ひげの男は必死で周りの騎兵やら黒服やらにすがりついて訴えるが、ローザンヌ公爵の娘で国王陛下の信頼も厚いクリスティーナ伯爵夫人の命令で動いている彼等に出来る事は、男に僅かな同情を示す一瞥いちべつを送る事ぐらいだった。


 一方、エレーヌを銃で撃つ訳には行かないと考えた騎兵達は、近隣から消火用の放水ポンプを借り出して来た。幸い教会広場の脇には十分な流量の水路がある。


「クリスティーナ様、放水の許可を」

「いいわよ! やりなさい!!」

「ああっ!? やめて下さい、マリーちゃんは水も怖がるんです!」


 事態に気付いた不精ひげの男は必死に制止しようとするが、騎兵達は構わずポンプのハンドルを二人で勢いよく突き始めた。しかし。


―― ザババババァ!!


 騎兵達は騎兵戦闘のプロではあったが消火活動は素人だった。ホースをつなぐ金具がきちんと閉まっていなかったポンプから出た水が、ちょうど目の前に居たクリスティーナや黒服達、不精ひげの男に勢いよく吹き掛かる。


「ぎゃああ!?」「うわあああ!」「つめたあああああッ!!」


 近隣の丘陵地帯から流れて来た、雪解け水混じりの十二月のよく冷えた水に、大の大人達も子供のような悲鳴を上げる。

 それに追い打ちを掛けるかのようにエレーヌが叫ぶ。


「そんなの私のせいではございませんわお母様! 八つ当たりはおやめ下さい!」


 黒服達は慌てて近隣の商店やら、今彼等が包囲している教会の礼拝堂やらに向かう。


「ただ今タオルを借りて参ります奥様!」「しばしお待ちを!」

「要らないわよ、さっさとその金具をきちんと繋ぎなさい! エリーゼ! いい加減になさい、このままで済むとお思いですの!?」


―― ドン!!


 再びエレーヌに銃口を向け、引き金を引くクリスティーナ……しかし。その腕には突如、黒服や騎兵の間をって飛びかかった臙脂えんじ色の影が覆い被さり、その射線をエレーヌから遠ざけていた。


「お止め下さい、奥様……!」

「……サリエル!」


 間一髪のタイミングでクリスティーナの腕に飛びついて来たのはサリエルだった。もっとも、クリスティーナが撃ったのはまたしても空包だったのだが。

 そのクリスティーナは、一旦手にしていた拳銃の安全装置を入れ、伯爵屋敷のメイドのお仕着せをきちんと着てここまで走って来たサリエルに詰め寄る。


「貴女、よく私の前に姿を現せられましたわね……」


 クリスティーナは左手でサリエルの胸倉を掴むが、サリエルは冷静な策士顔で冷や汗ひとつ浮かべず応える。


「如何様にも御仕置き下さい。お嬢様の為に処刑されるのならわたくしも本望ですわ」

「やめなさいその顔ッ……!」


―― ザバババババババ!!


 金具を締め直したポンプを、再び騎兵達が突く。放水口から勢いよく出た水が三階の屋根まで立ち昇り、屋根や壁面を濡らし、あたり一面へと跳ね返るように降り注ぐ。

 そしてエレーヌは既に三階よりさらに上の、時計と鐘のある塔の壁面にまで辿り着いていた。


「ポンプ! もう少し頑張れ!」「これでッ……限界だッ!!」

「違う、放水口のノズルを絞るんだ! 水量は減るが遠くまで飛ぶようになる!」

「解った!」


 放水口を担当していた騎兵は、そのノズルの金具を回す。すると。


―― ザッ、ババババババ


 放水口から出る水は一気に広範囲に広がり、再びクリスティーナや黒服達、サリエルなどに降りかかる。


「ひいいっ!? 何やってるの!」「つめたああああッ!」


 クリスティーナも男達も悲鳴を上げるが、心頭滅却したサリエルにはこの氷水もぬるま湯のようにしか感じなかった。


「船長ぉぉ! 今行きますからね!」


 不精ひげの男はもうその場には居なかった。彼はただ一人、この場では人質とも思われず無視されている小猿(マリー)を救う為、教会の外壁をよじ登り始めていた。


 歩兵達は一階の屋根から二階の屋根へと、また人間階段を作って登って行く。


「貴方達! それでも人間ですの!? こちらには人質が居ると申し上げているでしょう! そこをどきなさい! 私に逃走用の馬を寄越しなさい!」

「キィィィー……キィィィー……」


 エレーヌは教会の尖塔の上の鐘の所にまで辿り着き、泣きじゃくる小猿を鷲づかみにして振り回していた。そこへ。


―― ドザザザッ! ドザザッ!


「ぎゃあああ冷たい!!」「キ……キイイイッ!?」


 ノズルを細くして勢いを増した消火ポンプによる放水が一瞬、エレーヌとマリーを直撃する。

 水の勢いは一定ではないしノズルを固定するのはとても難しく、放水はなかなかエレーヌ達には当たらなかった。それでもその氷水はかすめただけでも十分に危険だった。


「ひいっ……ひいいっ!」


 エレーヌは空いている方の手で鐘楼の柱に必死にしがみつく。


「や……やめなさい! この人質(サル)が見えませんの!? そんな氷水が何度も当たったら私、このサルを落としてしまうかもしれませんわよ!!」

「キィィ……キィィ……」



 鐘楼の向かいの窓では、少年が一心不乱にお姫様と小猿の絵を描きまくっていた。

 猿を鷲掴みにしたお姫様が、教会の外壁を登って来る様。周りを取り囲む兵士達を威嚇する様。発砲や放水にたじろぐ様。そして手にした猿を振り回し誇示する様……


 少年はその瞬間を素早く雑に描いては、また次の瞬間を描き始める。

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[良い点] キングコング「どもーエレーヌでーす(どんどんぱふぱふー)」
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