たどり着いたその想いは
地球連邦政府軍特殊部隊が「公に」エベルナ宇宙空港へ強行突入を開始したのは、全てが終わってからだった。
武装集団に占拠された入区管理局は解放され、空港ロビーは銃撃戦で半壊したものの民間人への被害は最小限。
その民間人の大多数はカメラを抱えた報道記者だ。即座にライブ放送されてしまった宇宙空港の惨状で、報道各社がさらに記者達を送り込んでくるに違いない。
エベルナは今以上に騒がしくなる。当分平和な日々は訪れないだろう。
ナムとモカは分厚い外壁に並んでもたれてへたり込み、ぼんやりと強化シールドスクリーンの空を眺めている。まだスレヴィの悪質なジョークから立ち直れていなかった。
荒野を臨むエベルナ宇宙空港北側。軍特殊部隊が突入する前に「秘密裏に」潜入してきた連邦政府軍公安局の目から逃れて行き着いたこの場所は、外壁に沿って家電や盗難車が不法投棄され人気が無い。身を潜めるのには最適だった。
「・・・ナム君、ゴメンね・・・。」
「さっきから謝ってばっかりじゃん。モカは何も悪くない。」
「でも、怪我・・・。」
「怪我なんか気にしてたら、あの局長の所じゃやってらんねぇよ。そっちだってボロボロじゃん。早く手当しないとな。」
ナムは片目をつむって見せた。
「誰かの所為かっつったら、禿ネズミの所為だろ?何が健康診断だっつの、ここに来たお陰でダイ・ハードの連チャンだ!」
「あはは、そだね~。」モカが小さく笑う。「大変だったけど・・・いろんな事がわかったのは、よかったのかな・・・。」
モカは左の胸のすぐ下に手を当て、ナムの目線に気が付いて無理に微笑んだ。
「焼き印・・・。コレ、消さなきゃ、ね。」
哀しそうな声が胸を突き、その痛みは体中のどの生傷よりも痛かった。
リーベンゾル「後宮」性奴隷の証である、焼き印。まさかそれが、「後宮」最奥にある禁断の扉の鍵だったとは。
それが体に刻まれている限り、モカは狙われ続ける。あの「リーベンゾル・タークと呼ばれるそれ」にも、エメルヒにも、地球連邦政府軍公安局にも。
「独裁者の遺産」を巡って、太陽系中からつけ狙われるのだ・・・。
・・・・・・・・・ん???
ナムはふと、別の事に気がついた。
「もしかして俺、火星基地のシャワー室で共闘した時、その焼き印、見ちゃってる?」
モカの目が不審そうなものに変る。
「ナム君、ホントーに見たの覚えてないの?」
「ない。」即答だった。
「だって、その、ガッツリ見たって言ったよね?あんなに真正面から、私の・・・見て、見えてなかったとか、ある???」
「いやぁ、実はあれから何度もあのシャワー室のシーン思い起こしてんだけどさぁ・・・。」
「思い起こさないで!覚えてるとナム君も危ないかも知れないよ!?」
「それが、何回思い出しても覚えてんのは焼き印ある所よりも上の部分と下の部分・・・」
「そっちも思い出さないでぇぇぇ!!!」
青くなったり赤くなったりするモカが可笑しい。面白がられてるのを察したモカが、ぷいっとそっぽを向いた。
「・・・意地悪。」
さっきとは別の痛みが胸を突いた。この痛みは何故か心地いい。
モカとこんなに同じ時間を共有するのは初めてだ。穏やかで、暖かくて、とても楽しい。
ロディの通信機で他のメンバー達とは連絡が付いている。居場所も伝えてある。じきに誰かが迎えに来るけど、なるべくゆっくり来てくれれば・・・。
『リーグーナームぅぅぅ!!モーカーぁぁぁ!!無事かぁぁぁぁぁ!!!?』
通信機の着信音にかぶる勢いで、カルメンの金切り声が轟いた。
ナムはうんざりと空を仰ぐ。うん、アンタこういう時邪魔してくれちゃう女だよな。
荒野の彼方から砂塵を巻き上げ真っ直ぐこっちへ突っ走ってくる4駆のバギーが見えてきた。スコープを覗くとハンドルを握るカルメンの凄まじい形相と、助手席で喚くビオラ、後部座席で悲鳴を上げてるフェイとコンポンの姿が見えた。
「よかった。みんな無事だったんだね!」モカが弾けるような笑顔になった。
そして、小さな拳をナムの方へ突きだした。
「MC付いてないんだけど・・・ミッションコンプリート、コングラチュレーション!」
「おぅ、コングラチュレーション!」
ナムも拳を付き合わせる。
エベルナでの長い修羅場がようやく終わった。これからのことは帰ってゆっくり考えたらいい。
今はこの笑顔が無事だったなら、それで十分だ。
モカがヒョイッと身軽に立ち上がった。
疾走するバギーの方へ元気に歩き始めた彼女が、その時ナムに起こった変化に気付く事はなかった。
ナム自身にも、自分に何が起こったのかすぐにはわからなかった。
ただ、咄嗟に伸びた自分の右手を呆然と見つめた。
・・・あぁ、そうか。
宙を漂うその右手に何を掴もうとしたのかと自問した時、ナムはようやく気が付いた。
シャワー室で共闘した時、その姿を美しい、と思った。
避けられてると感じ、自分でも驚くほど落ち込んだ。
彼女がリュイに責められ傷つけられた時は、言いようのない怒りを覚えた。
リーベンゾル・タークに追われる彼女を助けたかった。自分の危険なんて少しも考えなかった。
苦しまないでほしい。哀しまないでほしい。
笑っていてほしい。
できれば、ずっと、俺の側で。
・・・俺、この娘のことが・・・。
右手が掴み損ねた手をバギーの仲間達に向かって大きく振るモカの後ろ姿は、コロニーの人口太陽の光の中、とても眩しく見えた。




