慈悲深き暗殺
何かがおかしい。
そう気付いて立ち止まったナムは辺りを見回した。
いつも間にか走っているのが動く通路の上じゃなくなっている。張り巡らされていた配管もなく、壁の強化コンクリートにはひび割れが目立つ。
「よぉし、止まったな!?手を頭の後ろ回せ!!」
追いついてきた武装兵達がライフルの銃口を突きつけてくる。数が7人になっていた。
やられた。ナムは心の中で舌打ちした。
どうやらこの場所に追い込む敵方の策にはまったようだ。
「ほぉ、気付いたか。」
ライフルを構える武装兵達の後ろから見知った男が現れた。
「時間が無い。もう少し自分で走ってもらえると助かったんだがな。」
「あんた、なんでここに?」
驚くナムに、隻眼の男・サムソンが薄く笑った。
「ご縁があって光栄だ。お前はなかなか面白い。・・・歩け。そこの角を右だ。」
従うしかない。ナムは爆弾を持ったままの手を頭の後ろに回すと歩き出した。
言われるままに歩かされると、鉄製の梯子が取付けられた昇降口がある袋小路にたどり着いた。
(なんだ、ここ?)
訝しがっていると、後ろを歩くサムソンが思い出したように聞いてきた。
「そういえばお前、連れてた娘はどうした?」
心臓が跳ねた。しかしすぐに今の問いがおかしいのに気付く。
(そういえば?こいつら、モカを追ってきたんじゃないのか?
だったら、あんなに必死になって誰をさがしていたんだ・・・?)
平静を装いしらばっくれる。ナムは振り返って肩をすくめてみせた。
「デートに誘ったけど、さっきフラれた。なんか怒って帰っちゃった。」
「そうか。・・・まぁ、そうだろうな。」
「どういう意味っすか?」
気分を害したナムの問いかけに答えはない。
サムソンはナムが着ている悪趣味なTシャツを眺め回し、ニヒルに口元を歪めた。
そして、後ろに控える部下達を振り返り、厳しい口調で指示を出す。
「ロナルドとオハムは娘を捜せ。
時間が無い、深追いはするな。見つけたら・・・やり方は任せる。」
「?! おい!!!」
最後の一言が妙に神経を逆撫でた。
嫌な予感がする。超絶に!!
「やり方って何だよ!お前らあの娘に何する気だ!?」
サムソンにくってかかると武装兵達が銃口を一斉に突きつけていた。全員の目が我々の前でサムソンに楯突くと命はない、と告げている。
それを察するのと同時に、ナムはある事に気がついた。
「1人足らないじゃん。無線で命令してた指揮官、どーしたよ?」
「知らない方がいい。」
サムソンが顎をしゃくってナムの背後を指した。
「昇れ。その昇降口は開いている。」
昇降口の扉はまるで外からこじ開けたようにゆがんでいた。
押し上げるタイプの昇降口扉を開け、顔を出す。
ナムは驚いて目を丸くした。
目の前に大きな渓谷が横たわっている。しかも火星にあるような風が削り取った造形のものではなく、人工的に造り上げたものだ。
今いるのは切り立った崖の上。昇降口から這い出て崖っぷちからのぞき込むと、遙か下にゴツゴツと岩が転がる崖底が見え、うち捨てられた重機が幾つか点在していた。
「採掘場跡地?エベルナにそんな物あるなんて聞いたことねぇぞ。」
「だろうな。我々も意外だった。」
続いて上がってきたサムソンがナムと並んで下を見下ろす。
「エベルナの植民コロニーは規模に比べて居住区域が少ない。その理由がここにある。
本来人が住む街を築くべき場所から良質な鉱石が取れるとわかった時、エベルナ地方自治区高官はその事実を隠蔽し採掘した鉱石を正規の流通ルートを介さず売りさばいた。
小惑星自体が破壊されるギリギリまで採掘し尽くすと、この場所を手つかずの荒野ごと売却した。
買ったヤツはエベルナ高官に恩を売り、同時に弱みを掴んだ。
今ではそいつがエベルナで好き勝手やっている。そんな所だ。」
(・・・あの禿ネズミのやりそうなこった。)
ナムはゲンナリと採掘場を見やった。
「一つ提案がある。」
昇降口から上がってきた武装兵達を背後に従え、サムソンがナムに聞いてきた。
その問いかけは、今起こっているいろんな状況を丸無視した、非常に意外なものだった。
「お前、俺の部隊にこないか?」
「・・・は?」
一瞬、意味がわからず聞き返した。
呆気にとられるナムに対し、サムソンは本気のようだった。
「まだ若いが十分な訓練を受けてるようだ。お前は見所がある。どうだ?」
(何言ってんだ?こいつ。)
ふざけているとしか思えない。ナムは苛立ちを覚えた。
考えがさっぱり読めないが、そんな事よりさっきから焦燥感で胃が痛い。
こいつらは戦闘訓練を積んだプロだ。そんなヤツらが2人もモカを捜しに行った。
モカが危ない。今すぐにでも機械制御室に戻りたかった。
「えっと、その前に俺の質問お答えいただけますかね?
アンタ、あの娘どうする気だ?!やり方は任せるっつったな?!どういう事だ!?」
「・・・お前、分かりやすいな。」
語尾を荒げるナムに、サムソンが薄く微笑した。
後ろの武装兵達も口元を綻ばせる。中には銃口を下ろして破顔する者もいた。
性根から悪党ではなさそうだが、そんな事は関係ない。彼らの失笑はむしろ神経を逆撫でた。
「ふざけんな、答えろよ!!」
ナムが思わず咆えた瞬間。
サムソンの目の色が変った。
殺気を帯びた冷たい光が消え、代わりに現れたのは幾分人間らしい感情。
やるせないほど深い 憐れみの念 が、色が濃く浮かび上がったのだ。
「覚えておけ。
世の中には 死んだ方が幸せ な者もいるって事をな・・・。」
「・・・なん、だと・・・?」
絶句するナムに、サムソンは言葉をつなぐ。
「あの娘が馬鹿馬鹿しいラジオで言ってた『性奴隷の娘』なのだろう?
間も無くここは小惑星ごと消滅する。
しかし、それより先にあの『バケモノ』に見つかれば・・・。
・・・あの娘には深く同情している。
終わらせてやるなら一刻でも早い方がせめてもの 慈悲 だ!」
愕然となったナムの鼻先に、サムソンが抜いた銃口が突きつけられた。
セーフティは最初から解除されている。しかも手を伸ばせばふれあえるほどの至近距離、たった一発で頭が粉砕する威力の銃だ。
「時間が無い。
俺の提案に対する答えが『NO』なら、そいつを持ってそこから飛べ!」
ナムは手の中のKH時限弾を見やった。
表示は『00:30:21』。確かにもう時間が無い!
「おい、マジかよ!?
さっき小惑星がぶっ壊れる寸前まで掘った場所だっつったな?!そんな所でKH弾なんて使ったらどうなるか、アンタわかってんのか!?」
言うまでもない。サムソンはわかっている。
たった今、彼の口からエベルナ小惑星の消滅を告げられたばかりだ。
しかし、そんなマネをすればこの小惑星で暮す人々と一緒に彼らが守るべき主・リーベンゾル・タークも死ぬ。
自分達だってタイム・リミットまでに脱出できる保証はない。それなのに・・・!?
「時間が無いと言っただろう?さっさと決めろ!」
サムソンの指がトリガーに掛かった!




