天国と地獄の狭間
アサシンライフルを構えた武装兵達が現れた。
動く通路を走り回る音が物々しい。その数7,8人と言ったところか。
ナム達がいる機械制御室の前を行ったり来たりしている。なかなか通り過ぎてくれない。非常に困った状況だ!
「・・・居たか!?」
「いや、見当たらない。本当にこっちへ来てるのか?」
「『大佐』はそうおっしゃってる。よく捜せ!」
武装兵達はナム達がいる機械制御室の前を行ったり来たりしている。
誰かを捜しているようだ。なかなか通り過ぎてくれそうにない。
モカが小声で聞いてきた。
「私達の事、捜してるのかな?」
「・・・うん・・・。」
「『大佐』って、誰だろう?あの片目の男の人、かな?」
「・・・うん・・・。」
「どうしよう、このままじゃ出られないね。早くどっか行ってくれないかなぁ。」
「・・・うん・・・。」
真剣にこの状況を危惧するモカとは対照的に、ナムは上の空だった。
脳内で唱える円周率は、100桁超えたら最初から。
それでもう、15回目の暗唱に突入していていた。
ナムは今、武装兵達の襲来とは別個の修羅場の真っ只中にいる。
地下通路の機械制御室には身を隠す所などほとんど無い。突然の敵襲で慌てたモカに押される形で潜り込んだのは、大きな配管が垂直に並列する僅かな隙間。
当然ながら、メチャクチャ狭い。2人は正面からピッタリと抱き合う形になった。
(・・・うおぉお?!
さ、3.1415926535 8979323846 2643383279・・・!!!)
しかし、健康優良思春期男子の努力は限界点に近づきつつあった。
ナムより頭一つ小さいモカは、胸元に寄り添い恥じらっている。
彼女の髪からコンディショナーの優しい香りが立ち上り、絶えず鼻孔をくすぐった。
胸板には柔らかく押し潰れる二つの感触。それがあのシャワー室の光景を脳裏に思い起こさせる。
これだけでもう、充分ヤバイ。とんでもなく、ヤバいのに・・・。
(・・・おみ足、当たってるんですけどー!!!※ご想像にお任せします。
た、耐えろ!耐えるんだ俺!・・・って、忍耐でどーにかなるモンじゃねーよ!
ナニこれ、天国?!それとも地獄!?誰でもいいから、何とかしてくれこの状況ーーー!!!)
1人密かに色欲と戦うナムを救ったのは、意外な事にモカだった。
「入って来た・・・!」
胸元で聞こえた小さな声に、ようやくハッと我に返る。
そして、気が付いた。モカが震えている事に。
(・・・俺の、どアホンダラ!!!)
やり場がなくて無駄にホールドアップしていた両手を下ろし、モカの肩にそっと置く。
手のひらにすっぽり収まる小さな肩だ。大丈夫だと伝えるために、両手にゆっくり力を込める。
機械制御室に入ってきたのは2人。
その内1人はこの小隊の指揮官のようだった。
武装兵達の話し声が聞こえる。ナムはモカの頭越しに外の様子を伺った。
1人が無線に対応している。しきりに檄を飛ばしている様子にこいつが指揮官だと推測する。
ライフルを構えたもう1人の武装兵がナム達が潜む配管側までやって来た。
横目でインカムマイクと話し込む指揮官を警戒しながら、足下を走る配管の裏にそっと手を差し入れる。
指揮官からは見えないように置かれた物は、隠れるナムには丸見えだった。
(げっ!?)
思わず漏れそうになった声をゴクリ、飲み込んだ。
全身からドッと汗が吹き出した。
嫌な感じに震えも来た。落ち着くために深く息を吸おうとするが、肺が上手く機能しない。
「どうしたの?」
異常に気付いたモカが小声で聞いてきた。
ナムは冷静を装い、できるだけ低い声で目の前にある最悪な状況をささやいた。
「KH時限弾、仕込みやがった!しかも、もう動いてる・・・!」
時限弾は手のひらサイズでコロンとしたカプセル状。
赤く点滅するデジタル表示は、『00:56:18』。下一桁が刻一刻と減っていくのまでよく見える。
「リ、リミットが1時間切ってる!?おいマジか?!」
「そんな、どうしよう!?」
腕の中で、モカの体が固まった。
援軍は多分望めない。
A棟の修羅場に残してきたカルメン達がそう簡単にやられはしない。無事なら助けに来てくれるだろうが、通信機や発信器がない以上、すぐには合流できないだろう。
KH時限弾は小さい物でも統括基地を吹っ飛ばすほどの威力がある。しかもKH線汚染付き。洒落にならない、本気でヤバい!
何よりも、このままではモカが危ない。先ず一番に、モカが命を落としてしまう・・・!
ナムはモカの肩から手を放し、改めて棍棒を握りしめた。
「俺が行く。
モカはここに居てくれ。片づいたら迎えに来る。」
「え?で、でもナム君!?」
「大丈夫だから。な?・・・でさ、ちょっと 般若 取ってくんない?」
「ハンニャ?」
「バックルの般若。捻ったら取れるから。」
了解してくれたらしい。胸元のモカが狭さに苦労しながらモソモソ動く。
「あ、いや、もちょっと上・・・かな。」
「え?あっ・・・!ゴ。ゴメン!!」
慌てたモカがあたふたと般若のバックルを取り外した時だった。
「うきょきょきょきょきょきょきょーーー!!!」
「きゃああぁぁーーーーーっっっ!!?」
焦ったついでに良からぬトラップが発動するスイッチを押したらしい。
般若は不気味に哄笑し、モカの悲鳴と共鳴した。
「どわああぁ!!?」
さすがにカレーも納豆も匂わなかったが威力は充分、武装兵達が飛び上がって絶叫する。
(般若使わなくてもモカの悲鳴で事足りたな。)
ナムは痛む耳を押さえながら配管の隙間から飛び出した!
「これ、も~らい!♪」
素早く拾い上げたKH時限弾をひけらかす。武装兵達の顔色が変った。
1人は青く、1人は赤く。
「・・・貴様、どうして!?ソレは使わないと言っただろう?!」
顔を真っ赤にした指揮官が銃口を向けた。
ナムにではなく、部下に。
部下は蒼白な顔に引きつった微笑を浮かべて後ずさる。
様子がおかしい。しかし部下の武装兵にそれ以上後ろに下がられたらモカが危ない。
「仲間割れっすか?じゃこれ、いらないよな。捨てて来よ~っと!」
ナムは踵を返すと機械室から走り出た。
「待て!」
武装兵達が追ってくる気配がする。
指揮官が無線で応援を呼ぶ声も聞こえた。
これでいい。あとは小隊全員で追っかけて来てくれれば上出来だ。
「さてと。これ、どうしよう???」
動く通路を全速力で走りながら、ナムは手の中で時を刻むカプセルを見下ろした。
タイマー表示は『00:49:32』。
時間が、ない。




