笑顔とレーションと父ちゃんと
(迷った・・・。)
ナムは途方に暮れていた。
殺風景なコンクリート製の通路が延々と続くエベルナの地下で、見事に迷子になったのだ。
シャーロットが「わかりにくい」と言っていた地下通路通気口は割とすぐ見かった。
侵入防止用鉄格子と古風な換気扇を破壊して潜り込んだ。ビルの3階分くらい下降してやっとたどり着いた地下通路は、照明がなく真っ暗だった。
モカのウエストポーチに簡易ライトが入っていたのが有り難かった。明かりを付けて先ず見えたのは、延々と続く動く通路。
「マジであったよ、マネーカードのベルトコンベアー!」
「これでホントに運んでたんだろうね。
お金とか高級品とかの入ったコンテナみたいなの、たくさん。」
この動く通路がここから3km近く放れた宇宙ゲートまで続いてるかと思うと呆れて物も言えない。腹黒い奴の考えることは理解不能だ。
しかし動く通路の先が二股に分かれているとは思わなかったし、適当に選んだそのまた先が今度は三股や四又に別れているとも思わなかった。
あちこちに袋小路があり昇降口まで付いている。試しに一つ開けてみようとしたが、ロックされてて開かなかった。
「何が地下通路にシェルターだ。非常時に自分だけ逃げれるように作ったモンじゃねーか!
あの禿ネズミ、マジで根性腐ってんな!」
「よく知らない人から見たらただの面白いオジサンなんだけどね。」
毒を吐くナムの横でモカが小さく笑った。
(あ、笑った。)
口にしていたコンバット・レーションが、急に美味しくなった。
ついさっきまでマズいのを我慢して食べていたはずなのに。
2人は配管に並んで座り、モカが持っていたビスケット型レーションをかじっていた。
もうここがどこなのかさっぱりわからない。随分歩いたがシャーロットが言っていたシェルターは見つからなかったが、何かの機械管理室のような小部屋が見つかった。
ボイラーのような大型機械から無数の配管が出て枝分かれした通路へ引かれている。歩き疲れた足を休めるのには丁度いい場所だった。
「これ美味いな。
レーションなんてみんなマズいって思ってたけど、昨日のシチューより全然美味い!」
「ベース基地で食べるシチュー、すごく美味しいもんね。
私達の部隊って他よりずっと恵まれてると思うよ。リーチェさんのお陰だね。」
「そか、エーちゃん達は毎日あんなマズいメシ喰ってんのか。
ウチのメシ喰わしてやりたいな。カレーとかハンバーグとか。」
「そういえばナム君、逃げる時に使った煙幕装置って、ロディ君に作ってもらったんだよね。
なんでカレーだったの???」
「俺が好きだから。」
「・・・それだけ?」
「そんだけ。」
「あはは、なんかナム君らしい。」
取り留めなく続く他愛のない会話。それがとても新鮮に感じる。
こうして2人でゆっくり話す機会が今までほとんど無かったのだ。
モカの声が心地いい。優しい口調が温かい。
何より、よく笑ってくれる。
ナムは胸にわき出る不思議な感情に、少しだけ戸惑っていた。
ナムが火星基地に来た時には、モカはもうそこで傭兵達と暮らしていた。
以来、4年も経つ。なのに彼女についてなにも知らない。その事に改めて驚かされる。
「モカは局長室にいる事が多いもんな。局長に呼ばれたらほとんど一日中コキ使われて局長室から出られないし。
ミッション中もバックヤードで俺達サポートしてるから、一緒に行動する事なんてないもんな。
なんか、変な感じだな。基地で一緒に暮してんのに。」
そう言うと、モカはまた小さく笑った。
「そうだね。ナム君が来てもう4年になるんだね。
でもナム君、基地に来て2年くらいは大変だったでしょ?
今はそんな事ないけど、あの頃はちょっと怖かったよ。私、話しかけられなかった。」
「あ~、あの頃ね・・・随分荒れてましたね~、俺。」
苦笑するしかない。思い当たることが多すぎた。
「副長やテオさんに毎日ケンカ売ってたし、サム姐さんやリーチェ姐さんにも逆らって暴れたし。
カルメン姐さんとビオラ姐さんにも随分手ぇ焼かせたし、特に局長には反抗しまくって情け容赦なく鉄拳制裁・・・って、これは今も同じだな。」
「ロディ君が基地に来た頃からなんだか落ち着いたみたいだったね。
安心してたんだけど・・・。」
モカが言いにくそうに口ごもり、遠慮がちに聞いてきた。
「聞いていいかな? お父さん、大丈夫?」
コンバット・レーションを喉に詰まらせるところだった。
ガンバって飲み込み、モカの方へ向き直る。
「父ちゃん・・・いや、親父のこと、知ってんの?!」
「気に障ったらゴメン。
局長が教えてくれたの。バックヤードはメンバーの事何でも知ってろって。」
「いや、別に隠してるワケじゃないからいいんだけど・・・。
それって親父のこと、局長が知ってたって事?」
「うん。話聞いた時ビックリした。」
モカが目を伏せる。悪いことを聞いたと思ったようだ。
「あのね、局長ってあんな人だけどナム君のこと凄く心配してるんだよ?
私もよくナム君が暴走する前に気付いて連絡しろって、言ってるし・・・。」
(あの冷血漢!余計な事しやがって、覚えてろよ!!!)
余計な事を教えたリュイに、ムカついた。
ナムはうんざりした気分で頭の後ろを掻きむしった。
「薬がらみでよくキレるからね、俺。
そっか、ちょうどロディと出会った頃だったな。
母ちゃんからきいたんだ。親父が 薬物依存専門の病院 に入れたってさ。
やっと治療受けれるようになったんだ。
本当に安心した。親父、無戸籍だからな・・・。」
「そう、だったんだ・・・。」
小さくつぶやくモカの声は、哀しげだった。
楽しかった空気が一変した。しんみりと重たい沈黙が2人の間にわだかまる。
自然に顔が俯くのを感じ、慌てて陽気な言葉を探す。
この沈黙を打ち払う明るい話題が欲しかった。
しかし。
先に口を開いたのは、モカだった。
「ナム君の所為じゃ、ないよ?」
「えっ?」
強い口調に驚き顔を上げ、モカを見る。
自分を按じる真摯な瞳が真っ直ぐ見つめ返してきた。
「ナム君の所為でお父さんとお母さん、離婚したんじゃないよ?
お父さんが治療できなかったのも、ナム君の所為じゃない!」
(うっわ、ホントに全部知ってんだ!?)
ナムは何となく気恥ずかしくなって目を泳がせた。
地球連邦加盟国では無戸籍者が戸籍所有者と婚姻関係を結ぶと、相手の戸籍に入る事が許される。
法に触れることなく一定期間を過ごせば、仮に離婚しても独自に戸籍が持てる。再び無戸籍になる事なく、一市民として生きていけるのだ。
しかし法を犯した元・無戸籍者が、戸籍保有者と婚姻関係を解消した場合。
その者は全ての権利を奪われ無戸籍者《AS》に戻される。
例えばその者が薬物に手を出し検挙され、依存症に苦しみボロボロに成り果てていても、無戸籍者に門戸を開く病院などほとんど無いのが現状だった。
戸惑いが右手を頭の後ろに向かわせる。
ナムは頭を掻きながら、必死で動揺を押し隠した。
「母ちゃんもそう言ってたな。逆に謝られた。全部自分が悪ぃんだって。」
「ゴメンなさい。嫌なこと聞いちゃって。」
「いいよ謝らなくて。
親父は今、専門病院にいる。元気にしてんじゃないかな?便りが無いのが元気な証拠ってね。
母ちゃんもそう思ってくれりゃ、メールだ連絡だって文句言われずにすむんだけどな。」
「・・・エーコ先生、大丈夫かな。」
モカがふっと表情を曇らせる。
「こんなことになるなんて・・・。ナム君、ゴメンね。また巻き込んじゃった・・・。」
「何言ってんだよ、このくらいで。」
「片目の男の人、何者なんだろ?
狙いは私、だよね? きっとあのラジオ放送聞いて来たんだよね。」
「あんま考えない方がいいよ?」
「うん・・・。」
モカがまた目を伏せた。
その瞬間、コンバット・レーションの味が変った。
パサパサしてて味気ない。
「みんなも大丈夫かな?・・・テオさん・・・どうなっちゃったのかな・・・。」
沈んでいく声に胸が詰まる。
ナムは慌てて努めて陽気に声を張り上げた。
「大丈夫だろ?簡単にくたばる奴らじゃないし。
どいつもこいつも殺したって死なねぇよ。大丈夫だって!」
「そう・・・そだね。みんな強いもんね。」
「気にしすぎだって!ついでにモカはいっつも遠慮しすぎな?
仲間なんだから頼ろーぜ?ちょっとくらい図々しくってもいいからさ。
カルメン姐さん達みたいになったら困るけど。アイツらは限度をわきまえろってカンジだから。」
「うん・・・、ありがとう。」
モカが顔を上げ、ニッコリ笑う。
「これからはもうちょっとみんなに頼ってみるね。」
コンバット・レーションがまた美味しくなった。
(コロコロ味が変るレーションだな。)
不思議に思いながら、ナムは最後の一欠片を口に放り込んだ。
聞き慣れない物音を聞いたのはその時だった。
弾かれたように立ち上がる。
ナムは棍棒を握りしめ、モカもワイヤーソードを身構えた。
「ナム君!」
辺りを見回していたモカが何かに気付いた。
機械管理室の外で、動く通路が基地へ向かって動いている。
誰か来る!
しかしそれはおそらく、味方じゃない。




