人成らざる者の雄叫び
死のような静寂が司令室を支配した。
エメルヒは必死で最善の策を思案していた。
(どうすりゃいい?おとなしくあの小娘を引き渡すか?
しかしそうすりゃ、この場は凌げるが連邦政府軍に仇なす事になる。
公安局が黙ってねぇぞ!目ぇ付けた奴の黒子の数まで調べ上げやがる連中だ、隠してたってあっという間にバレちまう!!
だが断りゃ、今聞いた話の口封じに殺される。その後で基地中ひっくり返してでも見つけ出して連れてくだろうさ。
今、基地内で暴れてやがるのはその為の手勢だろう。頭イカれてんぜ!
小娘1匹探すのに、いったい何個小隊連れてきやがったんだ!クソッタレ!!!)
「・・・そう警戒しないで下さい、ミスター。
どうか、私の気持ちもお察しいただけませんか?」
額に脂汗をにじませるエメルヒに、タークが表情を和らげて微笑んだ。
「気持ち、ですかぃ?」
察するどころか見当も付かず、思わず呆けて聞き返す。
タークが静かにソファから立ち上がった。
ブランデーのグラスを片手にマホガニー製のデスク後ろ、強化ガラス壁に歩み寄る。
壁の向こうは人工太陽が眩しく基地内をおおむね見渡せる。外の風景を眺めながら、タークは穏やかに話を続けた。
「私は家庭に恵まれなかった男です。
実の父たる者はハーレムを築いて欲望を満たすだけ。
母とは早くに死に別れた。まだ物心つかないうちに引き離されてね。
ずっと、1人きりで生きてきた・・・いえ、生き抜いてきたと言っていいでしょう。
『後宮』はまさに地獄でした。愛も夢も希望もない。幸福とはおよそかけ離れた場所でしたから。
そこで生を受けた『妹』も・・・おそらく女性に産まれた分、私よりも悲惨な半生だったはずだ。
あのローカルラジオで暴露された事が全て事実なら、『妹』はどんなに辛かっただろう。そう思うと居ても立ってもいられなかったのですよ。
『妹』は私のたった1人の肉親なのです。
一刻も早く会いたいと言うこの感情、ご理解いただけないでしょうか?」
(・・・嘘だな。)
エメルヒは即座に思った。
(そんな綺麗事、信じろっつぅのが無理ってもんだ。
愛?夢、希望だと?笑わせんな!人を見たら先ず疑って掛からなきゃこっちが寝首掻かれちまうご時世だぜ?血の繋がりなんざ関係ねぇや、腹の足しにもなりゃしねぇよ!
・・・じゃぁ、なんでこいつはここへ来た?
そこがはっきりしない。
『後宮』に眠る莫大な財宝のため?それを手に入れる為の鍵があの小娘の体に刻まれてるから?
そんなの手練れた手下があんなに大勢居るんだ、危険を冒してノコノコこんな所まで来なくたって、任せときゃいいじゃねぇかよ。
まだ、何かある。
独裁者の生死よりも、巨万の財宝よりも、もっと凄い「何か」が『後宮』に!
それこそがこいつの狙う 『独裁者の遺産』 に違ぇねぇ・・・!!!)
エメルヒの思惑をよそに、タークは淡々と話を続ける。
「家臣や部下達は私自らここまで来るのは危険だと進言してくれたのです。
しかしどうしても聞き入れられませんでした。
お恥ずかしい話ですが、我が国は非常に人材不足でしてね。軍事関係はやむを得ず傭兵部隊を雇い国の自衛に当たらせてます。
彼らの司令官たる男が曲者でして、信用できるかと聞かれればできるとは言い難い。
詳しく話したがらないのですが、どうも地球連邦政府に激しい恨みを持っているようなのです。
私がここまで足を運んだ要因の一つです。エベルナのように連邦政府加盟自治区に連れてくるには少々危険な男だ。目を離すといったい何をしでかすか・・・。」
突然、タークの話が途切れた。
話し終えたと感じるには不自然だった。自分の考えに気を取られていたエメルヒは我に返り、壁際に立つタークの方を見る。
外の景色を眺めるタークの手から、ブランデーのグラスが滑り落ちた。
琥珀色の液体をまき散らして、グラスは絨毯の上に落ち転がった。
品のいいスーツにシミができたがタークはまったく動かない。まるで石像にでもなったように、微動だにしなかった。
「・・・どうしました?ミスター・ターク?」
エメルヒが恐る恐る声を掛ける。
反応がない。不審に思ってソファから立ち上がり、傍らへ寄ってみた。
「ミスタ-・ターク?」
そぉっと顔をのぞき込む。
その途端、エメルヒは恐怖を感じて後ずさった。
タークの顔が変っている。
眉が大きくつり上がり、血走った目を割れんばかりに見開いて、口を大きく開けたままワナワナと震えている。
穏やかで紳士的だった彼の顔は、別人のようになっていた。
(どうしたってんだ?!外に何か見つけたのか!?)
エメルヒはガラス壁の外へ目を向け一点を凝視するタークの目線を追いかけた。
C棟を回り込むように走ってくる少年・少女の姿が見える。少年の方に見覚えがあった。
(あの悪趣味なTシャツはリグナム!
もう1人は・・・ひょっとして、モカちゃんか!!?)
エメルヒがそう認識した時だった!
「・・・お・・・おお・・・
おおぉぉおおぉぉぉーーーーー!!!」
突然、タークが絶叫した!
神経を逆撫でするような獣じみた雄叫びだった。
「ひぃぃ!?」
エメルヒは飛び上がり、身の危険を感じて後退した。
タークが両手をバシン!と強化ガラスに押し当てる。
彼は大きく仰け反ると、自分の額を力一杯、目の前の透明な壁に打ち付けた!
ガァン!ガァン!ガァン!ガァン!ガァン!!!
鈍い音を立ててガラスが軋む。
裂けた額から鮮血が吹き、仰け反るたびに飛び散った。
何度も何度も、自らの頭を強化ガラスに打ち付けるタークの正気が疑わしい。
エメルヒは戦き、なすすべも無くタークの奇行を見守った。
(割ろうとしてやがんのか?!
特殊強化ガラスだぞ?!機関銃や迫撃砲にも耐える強度だ、人間が割れる代物なんかじゃねぇ!)
「あああぁああぁぁぁあぁ!!!」
普通の人間が割れるものでは、あり得ない。
しかし、タークが再び咆えた瞬間。
その特殊強化ガラスの壁は、木っ端微塵に砕け散った。
お読みいただいた方、有難うございます。




