禿ネズミと化けイタチ
司令室のデスク後ろ、壁一面のガラス壁からは、統括基地一帯が見渡せる。
眼下のグラウンドで起ったナム達の騒動も丸見えだった。ガラス壁際に立って一部始終を眺めていたエメルヒが、呆れた様に苦笑した。
「あの金髪の坊主が来ると、何かしら騒ぎが起きるな。面白いやっちゃ。」
「司令、モカは・・・」
「あぁ、急ぐこっちゃねぇよ。気にすんな。」
マックスが何か言おうとするのを遮り、エメルヒは改めてデスクに座り直す。
そしてニヤリ、と笑った。目にはまた、異様な光が宿っていた。
「そうだ、おまいら悪ぃんだけどもよ、ひとつ『仕事』してくれねぇか?
急に荒仕事が入ってきてな、困ってた所だ。
詳細はシャーロットから聞いてくれ。なぁに、おまいらの腕なら2,3日もありゃミッション・コンプリートだろうさ。無理を言うんだ、報酬は弾んでやるぜ?
諜報員のガキどの事ぁ心配すんな、この基地で休暇を楽しんでもらっとくさ。
・・・の ん び り と、な!」
リュイや傭兵達を追い払い、無防備になったモカと接触する。
人を小馬鹿にしたような見え透いた手口に、マックスは堪えきれずに顔をしかめる。
しかし、逆らえない。この男は統括指令なのだ。
こんな奴でも、部隊最高権力者。例えリュイでも命令に背く事は許されない。
「すまねぇな、リュイ。今人手が足らなくってよぉ。ま、頼んだぜ!」
その言葉を合図に、リュイは踵を返し歩き出した。
マックスも後を追う。足早に司令室の出入口扉を目指す2人の背中に、わざとらしい大声が投げつけられた。
「おっと、忘れるトコだったぜ!
ドクトル・タッカーが話があるって言ってたぞ、リュイよぃ!
『仕事』に行く前に一声かけとけや。お前もエーコちゃんの話は聞いときてぇだろ?
何たって彼女は、天下に名高い心臓外科医の権威だからな!あの若さで、大したもんだぜ!
わざわざ連邦政府軍に掛け合って、トーキョー大学病院に医者の派遣を要請してもらったのも、半分はお前のためだったんだぜ?ちったぁ、感謝してくれよ?
なぁ、リュイよぃ!」
マックスがリュイの微かな変化に気づけたのは、やはり副官として一番近くで彼を見てきたからだろう。
一瞬その目に閃いた感情は、殺意・・・。
一旦言葉を切ったエメルヒがポリポリと頭をかいた。
「もう半分は、前からお前が「機会があったら呼べ」って言ってたからなんだがな。
そりゃ、強制的に機会を作らんとあの親子は一生顔会わさねぇままになっちまうが、息子の方は嫌がっとるだろーに。
なぁお前、なんでそうリグナムばっかりいじり回すんだ?」
リュイが微かに口元を歪めた。これもマックスにしかわからなかった。
とうとう一度も口を開かないまま、リュイは司令室を辞した。
後を追うマックスは、扉を出た所で誰かとぶつかりそうになった。
「アイザックか、どうした?」
「エメちゃんにPCの具合を見てくれって言われてさ~。」
「・・・そうか。『仕事』だ。用が済んだらすぐ出るぞ。急げよ。」
「りょ!(了解)」
閉まったドアの向こうから、エメルヒの明るい声が聞こえてくる。
「おぉアイザックよぃ、すまんなぁ。
PCの動きが妙~に遅くなったんだ。一つ、直してくれや・・・。」
マックスは少し顔をしかめ、心の中で舌打ちした。
(禿ネズミと化けイタチ、いいコンビだぜ、けったくそ悪ぃ!)
心の中で悪態を付いてから、すでに随分先を行くリュイの後を追って歩き出した。
「おぉアイザックよぃ、すまんなぁ。
PCの動きが妙~に遅くなったんだ。一つ、直してくれや・・・。」
満面の笑顔でアイザックを迎えたエメルヒが、いきなり彼の前髪を掴み引きずり倒した!
倒れたアイザックの腹部を狙い、靴先を執拗にたたき込む。
体を丸めてガードしながらも、アイザックはまったく抵抗しなかった。
息切れし始めたエメルヒが身を屈め、再びアイザックの髪を掴んで持ち上げる。
「いいご身分になったモンだなぁ、えぇ?アイザックよぃ!
何の成果もなく手ぶらでノコノコご帰還たぁ、大したもんだ!」
「サーセン、盗聴機が全部、見っけられちゃったんで・・・。」
「ふざけんなタコ!!
てめぇ、小娘の素性も洗い出せねぇほどのクズだったのかよ!?あぁ?!」
アイザックの頭は床に叩きつけられ、ゴツッと鈍い音がした。
「すんませ~ん。・・・うぐ!」
頬に靴底がたたき込まれ、ぐりぐりと踏みにじられる。
彼は抵抗せず、ただ冷めた目で痛みにじっと耐えていた。
「まさか何か知ってて黙ってんじゃないだろうなぁ、えぇ、アイザックよぃ?!
てめぇ、いっちょ前にリュイが怖いのかよ?
くっ喋ったら殺すとか言われたか?そいつぁおっかねぇなぁ、おい!?
勘違いすんなよ、アイザックよぃ!てめぇは俺に生かされてんだ!
てめぇがどんな目に遭おうと知ったこっちゃねぇ、てめぇはあのバケモノが怖ぇとか言っていられる立場じゃねぇんだよ!!
俺のために働いて、俺が死ねっつったらとっとと死にゃぁいいんだ!
自分がそん程度の生きモンだっつーのを、忘れんじゃねぇ!!!」
「・・・は~い。」
踏みにじられてなお、アイザックは飄々とした態度を崩さなかった。
ささやかな抵抗だったのかもしれない。
「次はねぇぞ!」
エメルヒがもう一度アイザックの腹に蹴り上げた。
「とっとと行け、絶対にリュイから放れるなよ!
もしあいつが俺を裏切るようなマネしやがったら・・・ 殺 せ !!!」
「イエッサー・・・。」
アイザックはフラフラと立ち上がり、司令室を出た。
扉を後ろ手で締めると平然を装い歩き出す。
執拗に蹴られた腹部が酷く痛んだが、心配なのはそこじゃない。
踏みにじられた右の頬に手を当てた。やはり腫れ始めているようだ。
(顔は目立つから止めて欲しかったな。痣にでもなればメンバーが気にするだろう。
さて、どうすりゃ誤魔化せるか・・・。)
真剣に考え込んでいた彼は、廊下の途中で人とすれ違った事にまったく気付かなかった。
その人物が、スパイ・アイドル、ハルモニア・ピアーズだったのにも。
アイドル狂のアイザックにしては、非常に珍しい事だった。




