注射といびりと母ちゃんと
2人の姉貴分はエメルヒが立ち去った途端、顔に貼り付けた愛想笑いをかなぐり捨てた。
くちゃくちゃになったシンディの髪を手ぐしで直すビオラの表情は、不安げで暗い。
「ねぇ、禿ネズミの奴、健康診断って言った?」
「言ったわね。何それ?聞いてないな。何の裏があるんだろう・・・?」
カルメンも渋面を作る。エメルヒに対する嫌悪感が丸出しだった。
「とにかく、鉄巨人・・・。
い、いや、シャーロット副司令殿が言ったC棟1階の会議室に行ってみよう。
おらリグナム!いつまで這いつくばってんだとっとと立て!」
「誰の所為だよ、この野蛮女!」
ナムは立ち上がって服の砂埃を叩いた。
何となく、辺りを見回してみる。
本当にモカの姿が見当たらない。いつの間に消えたかもわからない。
凄い逃げ足だ。
C棟は統括司令室があるメイン司令塔の裏手にある。
射撃訓練施設がある鉄筋コンクリート建てのA棟、頑丈な鋼鉄壁製の武器・弾薬庫B棟と違い、教科学習設備や会議室などがあるこじんまりとした2階建ての建屋だ。
本当に健康診断が行われているようで、列を作って順番を待つ他支局隊の隊員達の間を縫うように、白衣の医師や看護師が忙しく走り回っている。
その様子を興味深げに眺めていたコンポンが、何かを見つけて急に顔色を変えた。
「ぅわ、アレって、注射!?」
「そうみたいだな。苦手なのか?」
「好きな奴いないだろ!?俺帰る!!」
「逃がすか!予防接種はちゃんと受けろ!!」
ナムは逃げだそうとしたコンポンの襟首をひっ捕まえた。
それでも往生際悪く暴れるコンポンに、ヘッドロックを掛けた時。
後ろから声を掛けられた。
少し高圧的な、相手をからかうような口調だった。
「あ~ら、懐かしい。
誰かさんも注射の時はそんな風に暴れて、随分手を焼いたもんだわ。
それが今じゃ手を焼く方か。ご立派になったモンだわね。」
突然、メンバー達の前に白衣の女が現れた。
歳は30代半ば、緑色の目に銀縁眼鏡を掛け、ダークブロンドの髪をヘアクリップで後ろにひっつめた、少々キツイ顔立ちの女。出で立ちからして医者らしい。
「・・・ナムさん?」
コンポンが不審げに声を掛ける。
自分の頭をロックしたまま、ナムが固まってしまったのだ。
「なぁなぁ、ナムさん、どしたの?」
首をよじってナムを見上げたコンポンは、その様子に目を丸くして驚いた。
目を剥いて白衣の凝視するナムの顔は、みるみる青くなっていった。
エベルナ統括基地の中心にあるメイン司令塔は、特殊加工された外壁が輝く白亜の塔である。
懐具合の豊かなクライアントだけを招く塔なだけあって、内装も豪華で凝っている。
ただし、本当に目の肥えた者が訪れたならばすぐにわかる。
この塔は、金持ちに憧れた貧乏人が造った塔なんだ、と。
塔内の至る所に飾られた絵画や彫刻、オブジェやアンティークの調度品は、全て一流。なのに、どこかひけらかしているようで厭らしい。
無駄に広いエメルヒの司令室も独特の雰囲気で充満していた。
一面丸ごとガラス壁の前に据え置かれた、マホガニー製のバカでかいデスク。そこに戻ってきたエメルヒは革張りのチェアに腰を下ろし、火星から呼び寄せた「部下」達と向き合った。
「おまいの仏頂面はシャーロットといい勝負だなぁ、リュイ。」
「・・・。」
リュイは答えない。
見下ろすように上官を見る彼の目は、冷え切っていた。
「マックス、元気そうだな。腕の調子はどうだ?」
「はぁ、ありがとうございます、司令。」
リュイの後ろに控えるマックスの返事も歯切れが悪い。
そんな2人の態度にもエメルヒは気したそぶりは見せなかった。
その代わり別の非難を口にする。
「おい、おまいら。
カルメン達は今日の用件知らんかったぞ?ちゃんと説明してないのかよ?」
「用件?これからお聞きするのでは?」
眉をつり上げるマックスに、エメルヒが禿げた頭に手を当てて「ヤレヤレ」と首を振る。
「マックスにも言ってねぇのか?!
か~!意地が悪ぃなぁ、リュイよぃ!
感動のご対面にも心の準備ってぇやつがいるだろぉ?!
おまい、何でそうリグナムばっかりいびるんじゃい!?」
責められてもリュイは無言を貫いた。
さっぱり話が見えないマックスが、2人の上官を交互に眺めて首を傾げる。
「司令、何のこってす?」
「いや、それがな・・・。」
呆れ顔のエメルヒが説明しようと口を開いた時だった。
デスク後ろの壁、分厚い強化ガラスをつんざくほどの、大絶叫が轟いた!
「あーーーっっっ!!!
母ちゃん、なんでここにーーーーー!!??」
「・・・な?」
「なるほど。」
エメルヒとマックスはうなずき合い、一緒に佇むリュイを見た。
(・・・まぁた笑ってやがる。性悪が!)
マックスは心の中で悪態ついた。




