鉄巨人と禿ネズミ
小惑星帯エリア・B4652宙域自治区小惑星「エベルナ」。
特殊諜報傭兵部隊司令部は、この歪な形をした小惑星にある。
着床ポートに着陸したオンボロ輸送機から、一番に降り立ったのはリュイ。建屋の方へ歩き出す彼を、マックス達傭兵部隊が追っていった。
「わー、ここも何にもねぇ。」
「コンポン、後ろつかえてんだからとっとと降りてよ!」
「わぁ!押さないでよ、シンディ!」
ルーキー達が昇降口から顔を出す。3人は地面に足を付けて一息ついた。
火星と違って空気に潤いがある。特殊強化スクリーンシールドで覆われた植民コロニーで人工的に調合される空気には、適度な湿度が与えられているのだ。
一方、グズグズと輸送機から出渋っているのはカルメンとビオラ。
エベルナの基地にはいい思い出がないのだという。
「あんまりここに来たくなかったのよね~・・・。」
「いっそ、輸送機から出ずにいようかしら?」
「往生際悪ぃぞ、とっととおりろー!」
昇降口で振り返ったナムが、立てこもろうと目論む2人に声を掛けた時だった。
「ぎゃあぁあーーーーー!!?」
輸送機の外でバケモノでも見たかのような絶叫が上がった!
ルーキー達の悲鳴だ!3人は身を翻して外へ飛び出した。
外へ降り立ったナムは、反射的にジャケットの背中に手を突っ込み棍棒を取り出そうとした。
いつも装備しているはずの棍棒が、ない!
焦ったが、すぐに思い出して舌打ちする。そういえば、コンポンに預けたままだ!
ルーキー達の悲鳴は尋常ではない。どんな敵が出たかはわからないが、こうなったら素手でやり合うしかないだろう。
拳を握りしめたナムの視界が、突然フッと暗くなる。
あれ?晴れてたはずなのに???
思わず見上げると、そこには巨大な黒い影。
強烈に、威圧的に光る双眸と目が合った!
「ぎゃあぁあーーーーー!!?」
ナムも盛大に悲鳴を上げた。
「申し訳ありません!統括司令副官殿っっっ!!」
カルメンが喚くナムを拳でどつき倒して黙らせた。
ビオラが半泣きでへたり込むルーキー達を立たせ、直立不動の姿勢を取らせる。
その様子を、ロディがこっそり昇降口の影から盗み見る。着陸後のチェックでコクピットに残っていたアイザックが、メーターをいじりながらつぶやいた。
「仕方ないんじゃない?『鉄巨人』に睨まれたんじゃさ~。」
恐怖で固まるルーキー達を、じっと見下ろす巨大な「女」。
エベルナ特殊諜報傭兵部隊統括司令付副官・シャーロット。
「鉄巨人」とあだ名される身丈の女は無表情のまま、重々しく口を開いた。
「全員、C棟1階の会議室に出頭しろ!」
低い、地を這うような声を聞いた途端、シンディが泣き出した。
「お~、シンディちゃん可哀想に~!」
突然甘ったれたおっさんの声がした。
驚いて顔を上げたシンディは、愛想笑いを浮かべるオヤジと目が合った。
「どーしておまいはそう愛想が無いんじゃい。」
小柄で瘦せ型、頭が禿げ上がった初老のオヤジがシンディの頭をヨシヨシと撫でる。
オヤジに叱られたシャーロットは黙って一礼し、踵を返して建屋の方へ去って行った。
呆気にとられるシンディに、オヤジは人なつっこく声を掛ける。
「俺を忘れたか?ほら、エメルヒのおじちゃん♪」
「・・・あ!?」
シンディとコンポンは同時に思い出し、困惑した顔を見わせた。
エベルナ特殊諜報傭兵部隊統括司令・エメルヒ。
13小隊から成る傭兵部隊の司令官にして、局長リュイの上官である男だ。
「リュイの隊はウチの小隊の中でも一番荒くれでな、心配しとったんだぞ。
親切にしてもらってるか?何か困った事はないか?ん?」
「いえ、大丈夫です。万事うまくいってますわ、統括司令。」
ルーキー達の代わりに答えたのは、ビオラだった。
エメルヒの笑顔がさらに大げさなものになる。
「おぉ!カルメンもビオラも元気そうだなぁ。また一段と女が上っとるぞ!
コレでまた13支局隊は美人しか入れないって噂が立つなぁ、おい。
お、昇降口にいるのは誰だ?おぉ、ロディか!
少し背が伸びたようだな。お前ももう15になるか、早いもんだなぁ、チビだったのによぉ。
・・・ところでおまい、大丈夫か?」
エメルヒはわざわざ屈み、ど突かれて地べたに沈むナムにも声を掛けてきた。
ナムは這いつくばったまま「どーも・・・」とだけ答えておいた。
ひょうきんで人当たりのいい禿オヤジである。
結構な肩書きを持ちながら威張らず親しげに接してくるし愛嬌がある。基地格納庫でのモカの話が間違いではないかと思えるくらいの好人物ぶりだ。
しかし姉貴分、兄貴分の様子からして油断できない人物であるのは間違いない。
エメルヒが現れるなりカルメンの笑顔が貼り付けたように固まった。ビオラは僅かに後ずさり、アイザックに至ってはコクピットから出てこようする気配もない。
推して知るには事足りる。見事に全員、この禿オヤジを嫌っていた。
それでもエメルヒは陽気に破顔し、楽しそうにナム達を見回した。
「いやいや、みんな久しぶりだ。本当によく来たなぁ。
・・・ところで、2人ほど姿がみえないんだが?」
「・・・あれ?」
全員、顔を見合わせた。
そういえば、いない。さっきまで確かにいたはずなのだが。
「モカちゃんとフェイ君、どした?」
「あの、局長と一緒に行っちゃいました。」
答えたのは昇降口から顔を出していたロディだ。
「局長は司令室に向かったんッスよね?一緒にご挨拶するつもりなんじゃ、ないッスかね?」
「そっか♪」
エメルヒはアッサリ引き下がった。
「ま、ゆっくりしてけ。健康診断なんて滅多に受けられんだろ?しっかり見てもらえよ♪」
「は?健康診断?」
意外な言葉に驚いたカルメンが聞き返したが、聞こえなかったようだ。
エメルヒは輸送機のコクピットを見上げて叫ぶ。
「おーいアイザックよぃ!俺のPC、調子が悪いんだ。ひとつ見てくれや!」
アイザックがコクピットのキャノピー越しに、こっちを見ずに敬礼した。
上官に対して無礼な態度だったが、エメルヒは特に気にはしなかった。
「じゃ、また後でな♪」
最後まで陽気に、親しげな態度を崩さないまま、エメルヒは建屋の方へ去って行った。
姿が見えなくなった途端、シンディが可愛く結い上げていた髪をふりほどいた。
汚い埃を払うように頭をはたく。
感受性が強い彼女には何か感じる所があったのだろう。




