ゴルジェイという男① 小惑星21××YU5の英雄
結局、その日もアントニオ社長の「私邸」に泊まる事になった。
だだし、森の屋敷は 使用不可 で 立入禁止 。夜が明けきって働きに来た屋敷の使用人達が ズタボロになった厨房の様子に 目を丸くして驚いていた。彼らは当分他の場所で労働に勤しむ事になる。
ナム達はモカが泊まっていた ホテルに移動していた。
再び寝込む羽目になったモカには シンディとベアトリーチェが付いている。宇宙空港のシステム・ロックは 午前中の早いうちに解除され、そこから早速駆けつけてきたのだ。
もちろん、サマンサも公言通りに アントニオ社長を引ったてて。
ルドガーは狂喜乱舞して再会を喜んだが 当の社長は疲労困憊。一夜にしてやつれ果て 今にもぶっ倒れそうだった。
「チェルヴァーリア&シュウバイツの大惨事釈明緊急記者会見」及び「ラクドゥール少将隠匿に関わる諸々の後始末」を 不休不眠でやり遂げたのである。
しかも 殺意漲るサマンサに 厳しく監視されながら。生きた心地がしなかっただろう。そう思うと 憐れ だった。
「甘えないで!
寝てないからって何? とっとと5Eの報酬、寄こしなさい!」
「いや、姐さん鬼か?! 社長さん死ぬ! このままじゃコロッと死んじまうから!」
荒れ狂うサマンサを何とか宥め、ナム達はアントニオ社長の疲労回復を待った。
ルドガーの甲斐甲斐しい介抱もあり 社長はその日の内に何とか復活。「準備ができた」と連絡があり、ホテル最上階のスィートルームに呼び出されたのは、「私邸」のシールドスクリーンの空が薄紅に染まる頃だった。
ここが豪華なスィートルームでも 寛ぐ気にはとてもなれない。
それぞれソファや寝椅子に座るナム達は ガラス壁の前に佇むアントニオ社長を見守った。
彼の表情は固く暗い。しかし 夕暮れの空を眺める双眸は穏やかで、これから語る遠い昔を懐かしんでいるかの様にも見える。
ナムも少し緊張していた。マントルピース前の椅子に座り、ルドガーが給仕してくれたライトコーラを口にする。
心の整理がついたようである。
アントニオ社長がゆっくり振り向き、静かに おもむろに語り出す。
すべて包み隠さず話すと約束した MC:5Eの「報酬」を。
「 もうご存じの事でしょう。
私の生まれは リーベンゾル です。と、言っても 当時はまだそう呼ばれていませんでしたがね。
小惑星21××YU5。
恐ろしく何もない、歪でちっぽけな 小惑星 でした・・・。」
アントニオ社長は微笑んだ。
どこか悲し気な微笑だった。
地球連邦政府公式資料によると、小惑星21××YU5の植民が始まったのは150年前。
開拓のほとんどは 民間人 の手で行われた。地球から遠い外惑星エリアの小惑星開拓・植民コロニー事業は、物資輸送だけでも莫大な経済的負担がかかる。それゆえ、太陽公転周期約250年の 冥王星宙域にあるこの小惑星を 所有しようと名乗りを上げる国や企業がいなかったのだ。
開拓民の数は60名ほど。多くは生まれ故郷での迫害がら逃れ 新天地を求めてやってきた無戸籍者だったという。行き場も逃げ場もない彼らは命を削る様にして働き、太陽光届かぬ極寒の小惑星を テラ・フォーミングしていった。
何とか人が住める環境に整ったのが、今からおよそ50年前。過酷極まる小惑星の開拓は 一世紀に近くに及んでいる。
その分、開拓者達の子孫は己の血筋に 強い誇りを持って育った。
荒野しかなかったこの小惑星を見事切り開き住めるようにしたのは 我々の先祖達なのだ と。アントニオはそんな人々の末裔として生を受け、誇りを胸に成長した。
「家族は父母と兄が一人。祖父母と弟妹が いたようです。」
「いたようです、って? ちゃんと覚えてないの?」
「私が物心つく前に 亡くなったのでしょう。
あの頃の小惑星は テラ・フォーミングが成功したと言っても決して豊かではなかった。雑草や木の皮を煮込んで食べた記憶がありますよ。そんな食事に耐えられる幼児や老人は多くない。それはもう、貧しかった・・・。」
「・・・。」
口をはさんだフェイが 申し訳なさそうに俯いた。
そんな少年に優しく微笑み、アントニオ社長は話を続ける。
「苦労が祟ったのでしょう。母も私が十歳になる前に亡くなりました。
そして 父と兄は・・・殺されました。集落を襲った武装集団に 射殺されたのです。
当時は小惑星の至る所で紛争が起きていました。テラ・フォーミングが完了した途端、 大量に押し寄せてきた難民達の間でね。土地や僅かな食料を奪い合う 目も当てられない有様だった。
・・・人間は 愚かな生き物ですね・・・。」
欲しければ 奪う。弱い者から、力づくで。
守るために戦う。相手の事情を理解しようともせず、ただ憎むべき敵 とみなして。
人類が地球上で生きてきた時と同じ、最も愚かな歴史の反復だった。
「まだ幼かった私は逃げ惑う事しかできなかった。
傷つき苦しみ、飢えや渇き。特に 孤独 に耐えかねましたね。本当に 地獄 でしたよ。
すべてを諦めかけていた。そんな時、私は『彼』と出会ったのです。」
アントニオ社長はナム達を見回し苦笑した。
「皆さんが そんな顔 になるのは当然なのでしょう。
世間に知られている『彼』は 人類史上最悪の 独裁者 なのですから。」
ナムは仲間達の顔を見回した。
全員もれなく嫌悪の面持ち。苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「『彼』は小惑星の外からやってきました。」
アントニオ社長が話を続ける。
「歳はおそらく三十路過ぎ。外惑星エリアで暮らす無戸籍者から成る傭兵部隊を率いる 若く逞しい傭兵だった。
『彼』は私の集落を救った。村を蹂躙していた武装集団を殲滅しただけでなく、周囲の村や集落を次々と支配下に治めていったのです。
本当に素晴らしい人だった。カリスマ性というのでしょうか? 『彼』には人を惹きつける魅力があった。
リーダーとしても優れてましたよ。例え不利な戦況でも 彼が指揮を執ると必ず勝てた。多勢に無勢の絶望的な戦力差があっても 『彼』が居るだけで士気が上がり状況を変える事ができたのです。
私達は熱狂的に『彼』を支持した。
『彼』もまた 私達の期待を裏切らなかった。私達を守るため 身を挺して戦ってくれた。
『彼』は私達の命の恩人。まさに 英雄 でした。」
遠い目で宙を見つめる上司の姿に、ルドガーが露骨に顔をしかめた。
「貴方はその・・・『彼』と親しかった?」
カルメンが遠慮がちに尋ねる。
バカげてると思いつつも、畏怖を抱く 男 の名前は口にするのも憚られた。
「とても可愛がってもらいましたよ。
もっとも 『彼』にしてみれば多少迷惑だったかもしれません。随分しつこく纏わり付きましたからね。」
「えっと、右腕だったときいてますが・・・?」
「あぁ、そう思っていた時もありましたね。 特に『大戦』が始まる前は。」
アントニオは恥ずかし気に失笑した。
「30年ほど前の話です。
英雄 に憧れる子供の妄想ですよ。それでも若い頃は 酒場で深酒した時などに 調子に乗って話したりもしていましたが、いや、お恥ずかしい話です。」
「そ、そうでしたか・・・。」
「しかし 子供とは言え当時の私は 13,4歳。もう物事がよくわかる歳です。
我々のために戦う『彼』を 近くでずっと見続けてきました。ですから、皆さんがお求めになっている 情報 を正しい形でご提供できる。
いいですか? 正しい形 でですよ!
ここを是非ご理解いただきたい。私が語る『彼』こそが 真実 の姿なのです。」
「・・・。」
当惑するカルメンと目が合った。
ナムも 同じ心境だった。
「彼」が小惑星21××YU5を制圧するのにさほど時間はかからなかった。
この時すでに 地球連邦への事実上の宣戦布告・ 地球連邦政府軍 冥王星宙域駐屯基地の奇襲 は成功を収めており、飛ぶ鳥落とす勢いだったと言える。「彼」が率いる傭兵部隊は 師団 並みの規模があり、入隊志願者も後を絶たなかった。
瞬く間に膨れ上がっている「彼」の部隊勢力は ついに地球連邦政府軍の勢力を超える。多くの犠牲を出しながらも 冥王星宙域から地球連邦政府軍の駐屯基地を一掃する事に成功したのだ。
もともと「地球から遠い」という理由で 半ば放置されていた宙域である。この由々しき事態に 地球連邦政府 は、「彼」と傭兵部隊を 極めて危険な武装組織 と位置付けながらも 「状況を静観する」として捨て置いた。
この決定・措置は愚行だった。後に地球連邦政府は「彼」が小惑星21××YU5に 国 を興し 近隣の独立国に侵攻を開始した事で、太陽系中のあらゆる国から糾弾される。
しかし 「彼」がその凶行を起こす前。
小惑星21××YU5が「リーベンゾル」と名を変えるまでの、ほんの僅かな数年間。
意外にも 平穏 だったという。
アントニオ社長が言うには、だが。
「えぇ、間違いなく平穏でしたよ。リーベンゾル はね。」
ルドガーが用意した椅子に腰を下ろし、アントニオ社長が深く頷く。
「所々で集落同士の諍いはありましたが、それまでの暮らしを思えば些細なものです。大きな紛争は全くなかった。『彼』という指導者の下、安定した平和を保っていたのです。
我々はよく働き、共に笑い、時に酒を酌み交わして 生きる 事を楽しみました。
今でも時々夢を見る。本当に 素晴らしい日々でした・・・。」
「 ンな事ぁぶっちゃけ、どうでもいい!」
ナムは思わず立ち上がった。
ライトコーラはもう飲み干した。側のマントルピースの上に 空のグラスを叩きつけるようにして置く。
我慢の限界だった。社長の楽しい追憶にも、『彼』の英雄呼ばわりにも。
制止を求めるカルメン・ビオラの視線を 怒気で弾き返しながら、ナムは 静かに自分を見返す アントニオ社長に嚙みついた!
「冗談じゃ無ぇ、ふざけんな!
そんな お素晴らしい英雄様が! なんで『大戦』なんざ起こしたんだよ?!」
しかも、その男は モカ を 傷 つ け た 男である。
今も彼女は苦んでいる。そう思っただけでどす黒い怒りが 腹の底からこみ上げる。
この感情には行き場がない。怒りをぶつけるべき「彼」はとっくに死んだとされているのだ。
リーベンゾルのどこかにある悍ましい 後宮 、「遺産」が隠されている場所で・・・。
「何人死んだと思ってんだ?! あの『大戦』で!?
地球人類半分以下にしやがったってのに それでもアンタはあの野郎を・・・!!!」
「バカ、やめろ!」
「お止め、リグナム!」
慌てて駆け寄るカルメン・ビオラの手を乱暴に振り払い、ナムは強く責め立てる。
その時・・・。
「 女 で す。」
「・・・えっ?」
きっぱりとした口調に驚き、ナムは罵倒の言葉を飲み込む。
アントニオ社長が口を開いたのだ。非常に厳しい面持ちで。
「なぜ、『彼』が『大戦』を起こしたのか? それには ある女 が関わっています。
諜報員 と呼ばれる皆さんなら、私などよりよくご存じかもしれません。
聞いた事ありませんか?
ア レ キ サ ン ド ラ イ ト という、女の名を・・・。」
「 !!? 」
ナムの首に腕を回し、絞め落とそうとしていたビオラが ハッと息を呑み、固まった。




