耐え難き自責の末に
敵将の言葉に反応したのは 彼の部下 だった。
地下の隠し部屋に 一番最初に踏み込んできた縮毛の男が 大きく目を剥き息を呑む。
「エベルナ13支局隊?! じゃ、例の娘の・・・!?」
「ここにゃ居ねぇよ、生憎な!!!」
カッとなって怒鳴ってしまった。
思わず立ち上がろうとしたナムの肩を カルメンが掴んで強引に座らせる。
今 相手を無駄に怒らせてはマズい。激しく非難するカルメンの目配せに ナムは軽く舌打ちした。
「 少将! ラクドゥール殿、我々がわかりますか?! 」
敵将の背後で銃を構える 若い兵士が廃人に呼びかける。
答えは、無い。
涎を垂らして唸るだけの廃人に、若い兵士は絶望した。項垂れかけた顔を上げ、彼はにじむ涙を振り払うと ナムを睨んで銃口を向ける。
「手を放せ、その人から離れろ!」
危害を加えたと思われたようだ。冗談ではない。ナムはカウンターで怒鳴り返した。
「捕まえてないと 自分の頭 壁に打ち付けちまうんだよ!
おいアンタら、傷薬とか持ってないのか? 応急治療のキットは?」
意外な事に敵将が応じた。
サバイバルジャケットの胸ポケットから小さなポーチを取り出すと、ナムに向かって放り投げる。
止血と消毒を兼ねた液剤が入っていた。末期の苦痛を和らげる 最後の手段・モルヒネ(麻薬系の鎮痛剤)も。
こんな物はいらない。ナムはモルヒネのアンプルをポーチごと壁に叩きつけた。
「おい、この男は本当にラクドゥールなのか? もしそうなら、なぜここに?」
「・・・。」
カルメンが問い掛けたが 敵将は答えない。
代わりに、縮毛の男が銃を突き付け聞いてきた。
「お前らこそなぜここにいる? 」
「アントニオ社長のお招きだ。請け負っていた仕事が完了してね。報酬を貰いに来た。」
「仕事?内容は?」
「黙秘する。諜報員が簡単にミッションをバラすわけにはいかない、理解して欲しい。」
縮毛の男は困ったように顔をしかめ、廃人を見据えたまま動こうとしない敵将に歩み寄る。
「先ずは 少将を運び出しましょう。」
僅かに眉を顰め、敵将が頷く。
「・・・立て。」
彼は低い声でポツリと、カルメンではなく ナム に命じた。
廃人少将の割れた額を応急処置した後、隠し部屋からエントランス・ホールへと連れ出された。
途中、厨房の前を通ったが惨憺たる有様だった。
屋敷の使用人達は全員通い。急な宿泊だったお陰で 夜間勤務の調整が付かず、屋敷にはナム達以外誰もいないと聞いている。
それがせめてもの幸いだった。こんな凄惨な修羅場なんかに一般人が居合わせたなら 被害は甚大だっただろう。
間接照明のみ灯されたホールは薄く暗く寒々しい。両手を後頭部の状態で隅に並ばされたカルメン達とは別に、ナムは背中に担いだ廃人を ホールの中央に敷かれたマットに下ろすよう命じられた。
( 枯れ木みたいだな・・・。)
横たわる男を見下ろしながら やるせない思いを噛み締めた。
ふと脳裏を 父 の顔が過ぎる。
今は思い出したくない。強く首を振って打ち消した。
「どうしてこんな・・・あんまりだ・・・!」
ナムの隣に佇んでいた若い兵士が 膝から崩れ落ち、嗚咽を噛み締め項垂れる。
本気で嘆き悲しんでいる。その姿に驚いた。この廃人が本当に ラクドゥール少将 ならば、同情・憐憫はもちろん悲嘆にくれてやる価値などないはず。
懐疑心に勝てない。ナムは兵士に話かけた。
「アンタら、人違いしてないか?
ラクドゥール少将ってのは『大戦』で戦死したってきいているぜ? アーバイン合衆国の戦線で、イピゲネイアって都市があった小惑星が吹っ飛んだ時に。
でも 実は生きててオコーネル国で匿われてるって話じゃん。酷ぇよな。部下の兵士や都市民は全滅だったってのに、自分だけ生き延びて。
あぁ、そう言えば もともとラクドゥールいた第4053歩兵部隊って旅団、無戸籍の傭兵集めた集団だったんだって? そんな連中、見捨ててもちっとも胸が痛まないってか?
ったく、人でなしにもほどがあるよな、『大戦』時の将校さんって奴は・・・!」
ガ ッ ッ ッ!!!
突然、乱暴に胸倉を掴まれ 喉元にナイフを突きつけられた!
若い兵士が鬼の形相で ナムを睨みつけ激高する! 涙を散らす血走った目が 本物の憤怒だと証明している。どうやら嘘偽りなく「ラクドゥール」を敬愛してるらしい。
「黙れ貴様! それ以上言うとただじゃおかんぞ!」
「ちょ、落ち着けって! 俺はただ、今 世間で言われてる事言っただけで!
それに、この枯れ木みたいなオッサンがラクドゥールなワケないだろ?! 本物はオコーネルの王宮で、悠々自適にお過ごし遊ばされてるはずなんだから!」
「喧しい! 貴様に何がわかる?!
『大戦』の後 この方がどんなに苦しんできたか! どんなにご自分を責めてきたか・・・!!!」
ゴ ッ !!!
鈍い打撃音が鳴り響き、若い兵士が吹っ飛んだ。
敵将の男が兵士の横面を殴り飛ばしたのである。「ひっ?!」と新人達が縮み上がり、カルメン・ビオラも身を竦めた。それくらい容赦ない一撃だった。ナムは襟が引きちぎれた胸元を見下ろし、ぎこちなく苦笑した。
「まぁ、ほっとくと聞かれたくねぇ事まで話しちまってただろうけどさ。拳で制止ってのはないんじゃない?」
「・・・。」
答えは無い。敵将は踵を返し ナム達から離れて行った。
(何かがおかしい。)
ナムは敵将の背中を見据え 考えた。
アイザックの話では ラクドゥール少将は 「正真正銘の外道」。なのに 必死で助けようとしている。
ジョボレットの強固なセキュリティ・システムをかいくぐり アントニオ社長の私邸コロニーに侵入した。
10機を超える機械兵が守る少将の監禁場所へも 決死の覚悟で攻め込んできた。
そもそも、居場所を探り出すのも相当骨を折ったはず。オコーネル国で丁重に匿われているはずの男である。所在の把握を含めれば、彼らのオペレーションは数週間どころか 数か月、もしかしたら数年前から始動していた事になる。
なぜ探し出してまで救おうとするのか?
しかも、血も涙もない諜報暗殺集団・特殊公安局部隊ともあろう者達が、廃人になるまで落ちぶれた少将に 敬意を払う素振りまで見せて・・・。
(・・・まさか・・・。)
自分の中で行き着いた答えに、ナムは激しく戦慄した。
この答えが正しければ少将の無惨な有様も説明が付く。しかも それを裏付けするかのように、床に倒れ込んだ若い兵士の声が耳に届く。
「違う・・・。
この人は 何 も 悪 く な い ん だ ・・・!!!」
その言葉が、胸を強く締め付ける。
彼らは イピゲネイア消滅の真実 を知っているのだろう。
おそらくナムやアイザック、エメルヒの極秘ファイルで情報を得た者達よりも はるかに悲惨な真実を。
「なぁ、アンタ。」
ナムは敵将の背中に問いかけた。
「この人・・・ 知 ら な か っ た のか?」
「・・・。」
またしても答えはない。
敵将は振り返ろうともしなかった。
「ボタンを押せ。」
大戦当時、アーバイン合衆国での戦線で軍事作戦を展開していた 地球連邦政府軍第4053歩兵部隊 を率いていたラクドゥール少将は、軍上層部から下った その命令 に従っただけだったのだろう。
それが 都市・イピゲネイアがある小惑星を爆破する KH弾の起爆スイッチ だとは知らないままに。
命令遂行直後に小惑星は消滅し、地球連邦・リーベンゾル両軍及びイピゲネイアの全都市民が1人残らず 死者 となった。この大惨事は後にリーベンゾル侵攻軍の玉砕自爆だと偽装され、地球連邦加盟国の民衆に広く公表されている。
混乱の中、ラクドゥール少将がどのようにしてオコーネル国に向かったのかはわからない。しかし 地球連邦政府高官との癒着が強いオコーネル王家、その血筋である少将が 安全に戦線離脱できるよう かなり以前から根回しされていたと思われる。
最初から彼一人だけ生き延びるよう シナリオができていたのである。その事実と 起きてしまった惨劇に、ラクドゥール少将はどれだけ衝撃を受けただろう?
さぞや 凄まじかったに違いない。
ましてや、彼が「正真正銘の外道」ではなく・・・。
「 脱 走 して助けに来るほど・・・いい人だったんだな・・・。」
敵将の足が 止まった。
「アンタらは 地球連邦政府軍の諜報機関・特殊公安局部隊だ。
でも ここに来たのは軍の命令なんかじゃないんだろ? なんでラクドゥール少将がここに居るのかは知らねぇけど、廃人になった将校一人救出するのに部隊を動かすほど軍も暇じゃないはずだ。
アンタら、この人を助け出すために抜けて来たんだろ? 銃殺刑覚悟の上で!」
それほど、少将は高潔で素晴らしい人格者だったのだ。
正視できない惨い真実、知らなかったですむはずはない 途方もなく莫大な罪業。
ラクドゥール少将の今の姿は、それらから逃避した結果なのだろう。
「悪かったよ。人でなしとか言って・・・。」
ナムは廃人少将に頭を下げた。
「・・・。」
立ち止まった敵将が首を巡らせ、肩越しに振り向いた。
しばしナムを見据えていた彼は、やがておもむろに口を開き 思いがけない事を聞いてきた。
「 お前、身内に 薬物中毒者 がいるな?」
「 !!? 」
父の顔 が再び脳裏を掠めた。
両手が自然と拳を握る。自分でもわかるほど目が吊り上がった目で 敵将の顔を睨みつけた。
「だったら何だよ! ほっとけよ!」
「そうか。悪かった。」
( あ、あれ???)
意外にもすんなり謝られた。
肩透かしを喰らって怒気が抜けた。呆気に取られて固まるナムに 敵将が微笑し静かに語る。
「『大戦』後は多くの兵士が 酒 や 薬 に溺れた。特に 激戦区 から生還した者達がな。
お前の身内が戦場を知る者なら、いつかその弱さを 許 し て や れ。
あの 地獄 を経験して 正気でいられる強い奴など そういるものでは ない ・・・。」
「・・・。」
返す言葉が見つからない。
再び歩き始めた敵将の背中を、ナムは無言で見据えていた。
・・・ その時!
「 !?! 伏せろ!!!」
鋭い人声に敵将がその場に屈み込む。
カルメン・ビオラも俊敏に動いた。新人達とロディ・ルドガーを抱え 飛び込むように床に伏せる。
叫ぶと同時に体が動いた。ナムは横たわる廃人少将の胸ぐらを掴み、引っ張り起こして投げ飛ばした!
その僅か一瞬後、2本の赤い閃光が空を切った。
一筋は敵将の頭上を掠め カルメン達が立っていた場所の壁に大きな穴を穿った。
もう一筋は・・・。
「 きゃぁーーーっ ナムさーーーん!!!」
シンディの悲鳴が轟き渡る。
電磁銃の 狙撃 だった。
廃人少将の代わりに撃たれた ナムはマットの上に倒れ込んだ。




