禿ネズミの裏の顔
「私ね、コーヒー入れるの得意なんだ。おいしいでしょ?」
モカがニッコリ微笑んだ。
リーチェが3人の為に作った特製サンドイッチ(甘い厚焼卵にデミグラスソース、ハーブソルトでグリルしたチキン、ガーリックオイルで揚げ焼きした白身魚を、それぞれ新鮮なレタス、濃厚なチーズと一緒に焼きたてのパンに挟んだ超・極旨セット)は、あっという間に子供達のお腹の中に収まった。
お腹が満たされすっかり落ちついた3人は、モカに見守られながらカフェ・オレを啜っている。
「コーヒーに何かいれちゃダメなんじゃなかったの?」
「バレなきゃ大丈夫だよ。
盗聴されてる心配はないよ、さっき盗聴盗撮機カウンター見て確認したから。」
ミルクの風味と優しい甘さがお腹と心に暖かい。確かにこのカフェ・オレはサンドイッチと同じくらい美味しかった。
しかし、ルーキー達の表情は晴れない。3人とも突然現れたモカに戸惑いを隠せずにいた。
「なんで、ダメなの?」
フェイがオズオズとモカに聞いた。
「僕、スパイなんてやりたくないよ。エメルヒのおじちゃんのとこ、帰りたい。」
「俺も行けるんならあのオッチャンのとこがいいなぁ。」
コンポンも頷いた。
「死にたくねーもん。やっぱりさ。」
「アタシも、帰る。」
シンディはまた泣きそうになった。
「あんな怖い思いはもうしたくない、おじさんのところがいい!
おじさん、養護院で1人ぼっちだったアタシを引き取ってくれたもん。とっても優しかったわ。」
モカは静かに3人を見回した。
そしてゆっくりと首を、横に振る。
「あのね、エメルヒはそんな優しい人じゃないんだよ。
・・・あの人は、君たちを『傭兵』にするつもりだったんだよ・・・。」
モカらしい控えめな口調だったにも関わらず、その一言は子供達の胸に強い衝撃を与えた。
しばらくの間その場で動く物は、マグカップからくゆるカフェ・オレの湯気だけになった。
太陽系全土を巻き込む「大戦」の最中、星の数ほど結成された傭兵諜報部隊の中でひときわ功績を上げてきた部隊がある。
『エベルナ特殊諜報傭兵部隊』。
先の「大戦」で名をはせた敏腕な諜報員、強靱な傭兵が数多く在籍し、過酷で無謀と言われるミッションでも高い成功率を誇るこの部隊を率いるのが、司令・エメルヒである。
差別されがちなASでありながら地球連邦政府官僚や独立国家高官達からも信頼が厚く、指揮官としての評価も高い彼は、「慈善家」としても有名だ。
身寄りのない子供達を保護し、衣食住を与え、学業を修めさせる。彼の活動は様々な方面から賞賛の声が上がっている。
ルーキー3人にとっても、エメルヒは自分達の境遇を同情して引きとってくれた、温厚でにこやかな優しい「おじさん」だった。
「確かに彼のところにいれば、一通り勉強は教えてもらえるよ。
でもね、ホントに教えられるのは『戦う術』。人を殺す方法なんだよ。
武器の取り扱い、戦場での駆け引き、人を欺き情報を手に入れる手段。そんな事ばかり教え込まれて、成人しないうちにテロ組織やフリーの傭兵チームに売却されちゃうんだよ。」
モカは厳しい目で3人を見つめながら、静かに話し聞かせた。
人身売買である。
まだ社会性や常識の観念が薄く、心身ともに未熟で柔軟な子供は洗脳が容易い。
幼い内から軍事訓練を受けた子供達は従順な「兵士」として裏社会で高く取り引きされる。
特にエメルヒ本人に才能を見込まれた者は、徹底した教育を受け施される事になる。
彼の「手駒」として。
弱みを握り脅し服従させ、ひたすら彼の為に戦場で命を削る傭兵、「殺人マシーン」にされるのだ。
「・・・シンディは空手やってたんだよね。
実力あるって聞いてるよ。チャンと鍛えたらかなり強くなれるって。」
「・・・。」
シンディは絶句し、怯えたように目を見開いてモカを見つめた。
「コン君(コンポンってちょっと言いにくいから、これでいいよね?)、
キミみたいに強い子、あんまりいないよ。今までの生活って・・・たった1人で貧民街で暮すって、すごく辛かったはずだよ。・・・頑張って生きてきたんだよね。」
コンポンは一瞬、目を丸くして驚いたような表情を見せた。
その表情は次第に歪んでいき、やがて彼は小さい子供のように肩を震わせて泣き始める。
いつも明るく元気な少年が初めて見せた、子供らしい弱さだった。
「ゴメンね。でもコン君ような子は傭兵に向いてるの。
頼る人が居なくて辛抱強い子は、どんなに酷い所へ連れてっても逃げ出せないし、耐えられる。
エメルヒのところに行ったら、きっと外惑星エリアのならず者に売り飛ばされちゃうよ。」
「・・・僕は?」
フェイが青ざめた顔を向けてきた。
「僕なんて、格闘技とか何にも出来ないし取り柄なんか全然ないよ?
なのに、なんでエメルヒのおじちゃんは僕に連絡先を・・・。」
フェイは急に言葉を切った。
青かった顔からさらに血の気が引き、真っ白になる。マグカップを持つ手がガタガタ震え、冷たい汗が全身を伝った。
「うん・・・。
でも、フェイ君は頭いいよ? 取り柄がないなんて、そんな事ないよ。」
モカは痛ましそうにフェイを見つめた。
エメルヒが狙ったのはフェイの才能ではない。その血族から貰う報酬なのだ。
「連絡しちゃダメだよ。これからもずっと、絶対に。」
フェイは呆然と手元のマグカップに目を落とした。
「みんな、運が良かったんだよ。
エメルヒはあんな人でも副官はとてもいい人なの。その人がみんなの事を局長教えてくれた。
だから局長はみんなを助けられたんだよ。」
エメルヒの裏の顔をよく知る者が極めて高潔な人物であったのが救いだった。
その副官は3人の行く末を按じて、リュイに救済を依頼したのだ。
「局長さんって、エメルヒのおじさんには敵わないんじゃなかったの?」
「逆だよ。エメルヒが局長には勝てないの。」
シンディの質問にモカは苦笑した。「見栄っ張りだね、あの人。」
これは正しくもあり間違いでもあった・・・。
そんなこったろうと思ったぜ。あの禿ネズミ、芯から腐ってやがる!!
格納庫の入口で、ナムは激しい憤りを覚えた。
モカの話を心ならずも隠れて立ち聞く形になってしまったが、そのお陰でようやく解せた。
突然やって来たルーキー達、彼らがエメルヒを「優しい」と言った事。
ずっと不思議に思っていたけど、裏にこんな事情があったなんて!
思わず拳を握りしめたナムの耳に、再び語り出したモカの声が聞こえてきた。
「・・・例えば、ナム君。」
「え?」
いきなり自分の名前が出てきてナムは驚いた。
「ナム君もね、傭兵にされるところだったんだよ。」
ナムが聞いている事など知らないモカは、驚くべき事を語り出した。




