局長は、そういう人
ナムはある日突然、リュイが引きずるようにして連れてきた男の子だった。とモカは話す。
当時まだ13歳だったナムに、リュイは自ら拳闘、特に棍棒での攻撃法を教え込み、毎日ボロボロになるまで厳しく鍛え抜いた。
その上達ぶりはめざましく、ナムは1年もすると見違えるように強くなった。
そんなナムを、エメルヒが目をつけリュイに引き渡すよう迫ったのだという。
「あの金髪の坊主は使えるぜ!今にきっとすげぇ傭兵になる。希に見る逸材だ!」
そう言って、ナムを品定めするエメルヒに、リュイは即刻拒否。激怒したエメルヒが責め立て、ある種の脅迫をほのめかしたりもしたが、リュイは全く引かなかった。
「あれはウチの諜報員だ。手を出すなら俺も立場を決めるが、覚悟はあるか!?」
以降、しばらく嫌がらせのようにリュイ一人に過酷なミッションの司令が続いた。
死にに行け、と言わんばかりの無謀なミッションを、リュイは黙って請負い全て完遂した。
その結果、エベルナ特殊諜報傭兵部隊は「過酷で無謀と言われるミッションでも高い成功率を誇る」と評価され、太陽系中の裏社会で広く知られるようになった。
この成果と莫大な成功報酬に狂喜乱舞のエメルヒは、ナムにこだわらなくなった。
ルーキー3人は目を丸くして驚いた。
ついさっき食堂で、局長がナムを容赦無く殴りつけてるのを見たばかりだ。
ナムに対して「恨みでもあるんじゃないか?」と疑いたくなるほど、常日頃から冷酷で残忍なのに・・・。
「そういう人なんだよ、局長は。」
モカは微笑む。
「みんなは今、局長に守られてここにいるの。
エメルヒが何か仕掛けてきても、絶対に局長が守ってくれるよ。」
部隊のバックヤードを担うモカは、リュイが幾つかの過酷なミッションと引き替えに3人を引き取った事を知っている。
しかし、そこまでは言わなくてもいい事だ。
青天の霹靂だ。
もちろん一度もそんな話聞いた事はない。
確かに一時期、リュイは単品のミッション続きで帰って来ない時があった。
しかしそんな事になっていたとは、露程も知らなかった。
禿ネズミに傭兵にされるところだった?それをあの冷血野郎が守ってくれた?
何だそりゃ!?マジっすか!!!
ナムは激しく動揺し、愕然と立ち尽くした。
スパーン!
いきなり後ろから頭を引っぱたかれた。
張り手はマルス郊外の渓谷でリュイに殴られた箇所に見事にヒット、声も出ないほどの激痛が襲う。
こんなマネするヤツは1人しかいない。
「何すんじゃい!暴力女!!」
ナムは振り向き、痛みを堪えて抗議した。
「・・・あたしもそうだったんだ。」
いつの間に来たのか、カルメンはナムの非難をサクッと無視し、遠い目をして語りだした。
「5年前だったかな。『大戦』で家族失ったか弱いあたしは人身売買の組織に捕まってね。
そこにビオラも捕まってたんだけど、あいつの事はどうでもいいとして、あたしみたいな薄倖の美少女は、格好の獲物だったんだろうな。局長に助けてもらわなかったら、今頃どうなってたか・・・。」
いや、知らねぇし。
5年前でもあんたきっとか弱くなんかねぇし。
自分で美少女ってマジな顔して言っちゃってるし。
「戦後の混乱で身内と生き別れたあたしを局長は手元に置いてくれて、銃器の扱いを教えてくれた。
才能があったあたしはあっという間に優秀なスナイパーとなった。ビオラは色気振りまくくらいしか出来ない無能な女になったけどね。
そんなあたしをエメルヒは欲しいと言ってきた。天才的な腕を持つ美人スナイパーを是非自分の配下に置いておきたいって言ってね。」
・・・この話、どこまで信じていいんだろう?
そんでもって、どこまで盛られていくんだろう・・・?
「もちろん局長は断固断ってくれた。愛人にされそうになったビオラの事も『ついでに』ね。
自分が外惑星エリアの激戦区で『仕事』するのを条件に・・・。」
カルメンの表情が引き締まった。はしばみ色の目に決意が宿る。
「あたしは局長に返しきれない恩がある。
『戦って死ね』と言われればいつでもそうする覚悟もある。でも局長は絶対にそんな事命じない。
何故か分かるか?」
「・・・知らねぇよ。」
「バーカ。」
カルメンは上着のポケットから何かを取り出し、ナムに投げつけた。
「あの人はあたしらに、傭兵に・・・人殺しなんかになって欲しくないんだよ。
だから『諜報員』なんだ。あたしも、お前もな。」
胸にあたって手元に落ち敵たのは、キッチンペーパーで雑にくるんだチキンハーブのサンドイッチ。
まだ仄かに暖かかった。
知らなかった真実。間一髪で回避できた本当の危機。
それを知って、ルーキー達は飲みかけのカフェ・オレを手にしたまま俯き呆然となった。
モカは落ち込む3人を痛ましそうに眺めていたが、急にニッコリ微笑んでウエストポーチから何かを取り出した。
「はい、お給料。今回の成功報酬だよ。」
「・・・・はぇ?」
手渡された封筒に、コンポンが妙な声を出した。
「え?なんか入ってるんですけど・・・マネーカード?!ええぇ???」
「マネーカードは1枚100万エンだけど、そのカードは満額じゃないよ。今回は難易度の低いミッションだから、額はちょっと少ないの。」
「で、でも僕たちミッション中、全然役に立ってなかったよ?!」
フェイが慌てて聞いた。
「これね、この部隊の方針なの。」
3人が軽くパニクる様子にクスクス笑いながら、モカは説明しはじめた。
依頼人から支払われるミッションの成功報酬は、先ずエメルヒがかなりの額を搾取した後、残金が局長へ支給される。
それを部隊の人数で割った額がメンバー達の「給料」となる。
これは年齢・実績・ミッション参加の有無は関係なく、副長マックスもルーキーの3人も同額。
傭兵部隊の大人達は全額支給されるが、カルメン以下諜報員部隊は少し違う。
年齢を考慮した金額が支給され、差額は基地の金庫に保管される。
自分の志を見つけ、部隊を離れて自立する未来のために「貯金」されているのだ。
「・・・姐さん、これ知っとった?」
ナムはカルメンに聞いてみたが、答えは彼女の表情ですぐにわかった。
一緒に格納庫入口付近の物陰に隠れてモカの話を立ち聞きしていたカルメンは、ポカンと口を開けたまま呆然としている。
「・・・いや、初耳・・・。」
カルメンが、掠れた声でつぶやいた。
フェイも、カルメンと同じ表情になっていた。
モカはフェイの目を見て優しく語りかける。
「フェイ君、局長はキミを諜報員にしようなんて思ってないんだよ。
なりたいものとか、やってみたい事が決まったら教えてね。局長はいつでもキミを送り出してくれるよ。
・・・局長はね、そういう人なんだよ。」
もう一度そう言って、モカは微笑んだ。
自分達は「夢」が持てる。3人に元気が戻ってきた。
しかも、お給料をもらえた。ルーキー達は封筒の中身を見ながらはしゃぎだした。
「もう大丈夫だな。」
ナムが安心して振り返ると、カルメンがピアスの通信機で何か話していた。
「え?は、はい、分かりました。」
カルメンは物陰から出た。
「モカ、伝令!マックスさんから。局長の出頭命令!」
「わー、盗聴されたー!」
モカは苦笑した。
「今の話、全部局長から口止めされてたの。
おかしいなぁ、盗聴盗撮機カウンターには何も引っかからなかったのに。」
ナムは焦った。恐る恐る自分のカウンターを見ると、見事に1個引っかかった。
(・・・すんません、俺が原因っす・・・。)
思わず頭を抱えた。
「モカさん、殴られちゃうの?」
シンディが心配そうにモカにすがった。
モカはニッコリ微笑み返す。
「いつもの事だよ、心配しないで。
お皿とカップ、キッチンに返しといてくれる?じゃぁ、おやすみ!」
モカは立ち上がり、足早に格納庫を出た。
格納庫の出口で決まり悪そうに突っ立ってるナムを見つけ驚いて立ち止まったが、
「・・・特にナム君には『絶対言うな』って、言われてたんだけどな。」
と、いたずらっぽく笑い、基地建屋へと走り出す。
これからぶん殴られるかもしれないのに、その足取りは軽やかだった。




