そして、何事もなく
耳に装着した通信機が鳴った。
洒落たデザインのイヤーカフ型超高性能通信機。ナムが「天才」と賞賛したロディ作の逸品である。
「・・・はい?」
そっと指を添えスイッチに触れると、男の声が聞こえてきた。
『サマンサ?』
律儀に本名で呼んできた。だから、彼女も男の名前をキチンと呼んだ。
『Hi,テオヴァルト。』
『なんだ、お前がそっちに行ったのか?』
「いけない?私だってもっとハードなトコロに行きたかったわよ?」
サマンサは髪をかき上げながら応答する。
『暴走機関車になった坊主ン所は?』
「 リュイ が行ったわ。」
『 局長 が? ってお前、局長を名前で呼び捨てにすんなっていつも言ってるだろ?』
「別にいいでしょ?あの人、気にはしないわよ。
で? 貴方はどこにいるの、テオ?」
『お前んとこよりショボい所だよ。しかももう済んだ。』
「あらお気の毒。でも貴方、『ラプラス』のアジトに乗込んだんでしょ?
腐っても武装したテロリストの集団よ。そう手薄だとは思えないけど?」
『15人くらいしかいなかった。しかも全員雑魚だ。
手応えも歯ごたえもありゃしねぇ。』
「貴方にかかっちゃ敵さんの方がお気の毒ね。」
『そっちは?』
「これからよ。」
『グッドラック。敵さんの方にな。』
「・・・それはどうも。」
サマンサは通信を切った。
役目を終えたイヤーカフに、髪を下ろして撫で付ける。
優雅に振り向きニッコリ微笑む。目が覚めるように美しい気品溢れる微笑だった。
「ごめんなさいね、邪魔が入っちゃって。」
親しげに声を掛けてくる彼女と対峙する男達の表情は暗くて固い。
ショットガンや機関銃で武装しているにもかかわらず、すっかり怯えてきっていた。
ここはマッシモ中央都市の地下鉄、線路上。
時刻はまだ夜明け前。その日の始発列車が走行するまで、あと30分ほど間がある時間。
高層ビルが建ち並ぶビジネス街へと向かう路線で、テロリスト達は 死に神 に出くわした。
武装組織「ラプラス」には、「大戦」経験者が多数いる。仮にもあの戦火をくぐり生き抜いてきた猛者ならば、知らない者など一人も居ない。
その 死に神 と出会ってしまった。ただそれだけで 敗北 を悟り、戦いた。
「さっきの会話、聞いてたでしょ?
私はもっと腕の立つ方々とお会いしたかったの。
朝の通勤ラッシュ時間を狙って地下鉄に乗る一般市民を皆殺し。そんなクズ共、何人始末したって運動にもなりゃしない!だからとってもイライラしてるの。
ごめんなさいネ、貴方達。
ちょっと 八つ当たり しちゃうかもね♡」
死に神の笑顔が変った。陽気から、妖艶に。
殺気漲る冷たい微笑。それに気圧され後退る猛々しく武装した男達。
機関銃を肩から提げたスキンヘッドの大男が、あまりの恐怖につぶやいた。
「ア、鋼鉄の処女・・・!!!」
サマンサの美貌から笑顔が消えた。
その哀れなスキンヘッドは一番最初に「八つ当たり」された。
同じ頃、マッシモ宇宙港。
衛星都市コロニーの玄関口であるこの場所は、毎日5万人の人々が利用する。
地球連邦政府軍の駐屯基地と隣接する「軍港」でもあり、有事があれば真っ先に護衛部隊が駆けつける事になっていた。
「でも役に立つとは思えないよね~。
自分達の宇宙港にこ~んな物騒なモン取っつけられて、ちっとも気が付かないンだもん。」
ブツブツぼやくアイザックが 小さな機器 を弄ぶ。
遠隔操作起爆式の カプセル型中性子爆弾 。全部で5個も仕掛けてあった。
どれもあまり目立たない場所にひっそり取付けられていた。
この種の爆弾は片手に収まるほど小ぶりな物でも威力は絶大。例え1つでも爆発すれば宇宙港は 壊滅 する。
最後の一つは業務員用の通用通路、ゴミ箱の中に押し込んであった。
その起爆装置を破壊する。未曾有の危機は回避された。
「ま、これはマッシモ市民皆殺し作戦失敗時の、テロリストちゃん達の最後の手段ってヤツだったんだろ~ね。5個も破裂させちゃったら自分達だって死んじゃうし。
せっかく『大戦』生き延びたってのに、無粋だねぇ。
・・・あ、もうこんな時間か。」
アイザックは腕時計に目を落としてつぶやいた。
「早朝情報番組『おはようキャピキャピ』の時間だ!
キューティーボンバーちゃんがMCやってるンだよね♡ 悪いケド、ここで見てっていい?」
そう聞かれたのは数名の男女。全員後手に縛られ、作業員通路の床に転がされている。
主に「ラプラス」の武装兵だが、航空機の客室乗務員さんや宇宙港の警備員さんも混じっている。
どうやら爆弾処理作業の邪魔する者は全員、分け隔てなくふん縛ったようだ。
怯えて震える彼らは全員、同じ思いを抱いて泣いた。
(そんなモン見てないで、とっとと帰ってください・・・。(涙))
彼らの涙をサクッと無視。
アイザックはイソイソと、背中のバックパックからタブレット端末を取り出した。
早速画面を立ち上げる。陽気でチャラけた音楽と共に『おはようキャピキャピ』が始まった。
不気味なオタクはタブレット画面を眺めながら、異様に高いテンションで「貴方にキュルッピン」を歌い始めた。
「聞いてねぇ!こんなの聞いてねぇよぉ!!」
武装した男達が必死の形相で逃げ惑う。
ここはマッシモ中枢・地方自治議会議事堂、地下3階の駐車場。
彼らは武装組織「ラプラス」の精鋭隊。全員猛者ばかりである。
不真面目な警備員は買収し、真面目で実直な警備員は速やかに抹殺して議事堂地下に侵入したのは30人。
ビジネス街の地下鉄や宇宙港で戦う同志達と同様に、議事堂に登庁してきた議員達を襲撃する予定だった。
しかし。
「どうしたどうした!こンだけ人数揃えてきやがったくせに腰抜けばっかりか?!
さぁ遠慮はいらねぇぞ!どこからでもかかってこい!!!」
背後から 巨人 が迫ってくる。
ギラつく義腕をひけらかし、なぜか楽しげに笑いながら。
義腕の巨人・マックスの待ち伏せを喰らったのだ。
こんな事態は想定の埒外、確かに誰にも聞かされてない話だった。
武装兵の1人が決死の覚悟でマシンガンを乱射した。
義腕に当たり弾は跳弾、明後日の方向へ消えて行く。
「なんだ味気ねぇな。
てめぇらもプロなら拳で来い、拳で!ふははははーーー!!!」
「ひぃーーーっっっ!!!」
巨人の高笑いが恐怖を煽る。
逃げ惑う彼らは為す術もなく、次々と倒されていった。
(拳で勝てる相手じゃねぇだろ、ふざけんな!!!)
何とか支柱の陰に逃げ延び隠れた武装兵が、心の中で毒づいた。
義腕の巨人 。
鋼鉄の処女同様に、先の「大戦」で名を挙げた猛者の中の猛者である。
2m超の巨体と機械義手。破壊と殺戮を楽しむ残忍さで知られた 傭兵 で、大戦終結後は行方不明。さすがに戦死したと思われていた。
なのに、いったいなぜここに!?
武装兵はこのあり得ない不運を呪った。
先の「大戦」後の混乱時、「金星開放自由同盟・ラプラス」は資金難で苦しむあまり大マフィア・ネーロ・ファミリーと結託した。
地球連邦政府補佐官の秘書として潜り込んだネーロのスパイ・トルーマン。
彼は資金を提供してくれたのだが、いざマッシモで戦う姿勢を示すと資金提供の停止を武器に沈黙する事を強いてきた。
これではネーロの子飼いでないか!?
「ラプラス」は鬱屈した不満を募らせていた。
そんな彼らの心情を見事に逆撫でしたのが、サンダースだった。
『私もお前達が欲しているMPクリスタルを融通できる。
どうだ、ネーロだけでなく私とも取引きしないかね?』
連邦政府官僚のMPクリスタル密売。腐り果てた愚行である。
押さえ込まれた怒りがとうとう、爆発した。
テロを予告してサンダースを脅し、金とMPクリスタルを要求した。
要求を呑もうが呑むまいが、武装蜂起は起こす手筈だった。裏路地の酒場でトルーマン抹殺を謀った行為はネーロ・ファミリーとの決別を意味している。
「ラプラス」は崇高な理念の実現のために戦いを挑む。
地球連邦とそれに属する者達に粛正を!!
衛星都市マッシモの民を血祭りに上げ、太陽系中に「ラプラス」の名を知らしめる!!!・・・はず、だった。
ほんの数分前までは。
武装兵はわななく手先を必死に動かし、ライフルに弾丸を充填した。
ここからなら後頭部を狙って撃てる。仲間を蹴散らし進撃していく義腕の巨人に銃口をむける。
汗がにじんで震える指を引き金に掛けた時だった。
「ウチの亭主の邪魔すんなっつっただろーが!クソボケが!!!」
ドスのきいた女の声と、ニコチンたっぷりのタバコの香り。
武装兵の顔から血の気が引いた。彼はぎこちなく振り返る。
先ず見えたのは、たわわな 巨乳 。
そして、凶暴な笑顔 と 対装甲車弾装填バスーカ の 砲口 が目に飛び込んできた。
「おいおいリーチェ。マイ・ハニー♡」
進撃の足を止め、マックスがステキな笑顔で振り返る。
「ここで バスーカ ぶっ放すのは、まずいだろ?」
しかし猛り狂った妻の耳に、夫の進言は届かなかった。
『マッシモ地方自治議会議事堂
地下3階駐車場 で 爆破テロ発生!!!』
このニュースは『おはようキャピキャピ』の放送中、エンドロールが流れる終了間際に「速報」で都市民に伝えられた。
幸運にも武装兵達は倒壊した議事堂地下から救出された。
しかし不幸な事に、彼らは1人残らずマッシモの警察に捕まった。
「金星開放自由同盟・ラプラス」は、やってもいない破壊行為の犯人にされ、壊滅した。
そんな事態や事情など、目覚めたばかりのマッシモ都市民が知るよしもない。
彼らは大事件に驚きつつも 日常 を送る準備を始める。
衛星都市マッシモは、今日もごくありふれた 平和な一日 をスタートさせたのである。




