それぞれの新しい旅立ち
卓上電話のコールがうるさい。そしてしつこい。
エベルナ諜報傭兵部隊の司令官・エメルヒ は、面倒くさそうに受話器を取った。
『貴様、どういうことだーっっっ!?』
取った途端、通話相手ががなり立ててきた。
「ありゃ、サンダースさん、ご無事で?」
あえて「補佐官」とは呼ばなかった。
この男はもう政府官僚なんかじゃないのだから。
『内密に、秘密裏にとあれだけ言ったじゃないかあぁぁ!』
「ヒミツはお守りしたはずですがねぇ。」
『どこがだ?!俺は補佐官を辞任させられたんだぞ!?』
「部下の話ではだ~れも テロの脅威に晒されてた なんて、気付いてないとの事ですが?」
受話器の向こうでサンダースが絶句した。
都市民を人質に脅されている。内密に、脅迫者を排除して欲しい。
自分が確かにそう言った事を、何とか思い出したようだ。
そしてマッシモ都市民300万人は何一つ知らないまま、今日という日を迎えている・・・。
『 た、確かに。ちゃんとヒミツは守られている。
・・・って、ちょっと待て!俺はどうなる!?』
「実際今どうなさってるんで?」
『自宅にいる!』
エメルヒはデスクのPCを確認した。
ミッション完遂報告のデータでは「拉致されていたオッサンは一応助けといた」となっている。実際は「椅子に縛られてたのを解放してやっといた」と言った所だろう。
『散々な目に遭って命からがら帰って来てみれば!
家中メチャクチャに荒らされてるし、
現金や貴金属が根こそぎ盗まれてるし、
しかも家の外に妙な奴らが集まって来てすっかり取り囲まれている!
いったいなにが起ってるんだ!?』
「あ~、もう動き出しましたか。公安局。」
『な、何だと!?』
「いえね、あれから別口の諜報依頼があったんですわ。」
エメルヒはデスクチェアの背にもたれてふんぞり返った。
「『とある衛星都市に、大マフィア・ネーロ・ファミリーと結託して悪事を働く官僚がいる。
処分を検討する為、早急に証拠を集めてもらいたい。』だそうで。
コレ、地球連邦政府お偉いさんのご依頼でねぇ。無碍にお断りしかねたワケですわ。
お宅包囲してんの、きっと 連邦政府軍特殊公安局 の 諜報員 でしょう。こちらが提出した証拠を元に、早速対応に動き出したってぇトコです。
いやいや、仕事が早いですな~♪」
ほんの僅かな沈黙後。
サンダースが声を荒げてさらに喚いた。
『き・・・貴様、俺を公安局に売ったな!!!』
「いぃえ?これ、ビジネスですよ。
ちなみにお宅を荒らしたの ネーロ の奴らでしょうな。
今回の件の 報復 として、マッシモから撤収する前にお宅の有り金、奪ったんでしょう。
やれやれ、エゲツねぇ連中だ。」
『どうしてくれる!?俺は破滅だ!!!』
「まぁ、ぶっちゃけ自業自得っちゅう奴ですな。」
『来週キューティーボンバーのライブがあるんだぞ!ファン感謝イベントの!
握手会だってあるんだぞぉおぉ!!!』
「・・・。」
マネーカード50枚の客だった。
そう思って我慢して話を聞いてやったが、堪忍袋の緒が切れた。
「知らんわ、ボケ!!!」
一言怒鳴って受話器を電話本体に叩きつけた。
「ったく、これだから官僚は!・・・あ、こいつもう官僚なんかじゃないか♪」
エメルヒはマホガニー製のデスクの向こうで佇む男に向き直った。
「話の途中で悪かったな。
いや~、良くやってくれた!今回のミッション、ボロ儲けだぜ!♪
連邦政府のお役人共、今のアホ官僚の事ちょこっと密告しただけで、みっともねぇくらい慌やがってよぉ!80枚だぜ、80枚!マネーカード即納で8,000万エン出してきやがった!♪
毎度ながらいい仕事してくれンぜ、お前らは♪ホント、いつも大助かりで・・・。
って、そういや、またあの 金髪の坊主 が暴れたそうじゃねぇか。
あいつは面白ぇ奴だが、時々派手に暴走しやがるな。特に薬が絡むと親の仇にでも会ったみてぇになりやがる・・・。」
エメルヒは途中で話を切った。
目の前にいる男の表情から、彼の心情を察したのだ。
「・・・わかってんよ、報酬だろ? 今回は稼ぎがいいからな、奮発するぜ♪
まったくよぉ、お前が引っ張る 13支局隊 は最高だよ!
こン次も頼んだぜ、なぁ、リュイよぃ!!!」
返事は、ない。
ナム達の 「局長」・リュイ は、無表情でエメルヒを見据えたまま。
MC:5Cの報酬として、エメルヒが机の上にばら撒いたマネーカードは、たったの10枚。彼はそれを無造作にわし掴み、踵を返して歩き出す。
そして扉を足で蹴り開け、退出の挨拶すらなく出て行った。
仮にも部隊と名が付く組織の中で、上官に対するモノとは思えない態度である。
しかしエメルヒは笑顔を崩さず、無礼な部下を見送った。
「愛想の無ぇ野郎だぜ、ったくよぉ。
ま、いいって事よ。アイツはウチの稼ぎ頭だ。
機嫌を損わねぇよう大事に飼っておくさぁね。
どうせ 逃げられやしねぇ んだし。・・・なぁ?」
エメルヒの笑みが変った。
人なつっこい陽気な笑みから、毒々しい嘲笑に。
彼が同意を求めたのは、部屋の隅に立っている 副官 。
非常に大柄なこの副官は、静かにその頭を下げた。
朝の通勤ラッシュが始まったマッシモ中央都市のビジネス街。
会社へ向かう人々が忙しなく行き交う中、フラットは地下鉄道ステーション入口の大型ビジョンを見上げた。
「『むやみに人を疑ったり責めたりしてはいけない。』
これが父の教えだった。
負の感情は必ず自分に返ってくる。たとえ貧しくても、心を律して正しく生ろ。
事あるごとにそう言い聞かされたよ。俺も、兄貴もな。」
「・・・立派な人だったんッスね。お父さん。」
同じく大型ビジョンを見上げるロディのつぶやきに、フラットは口を歪めて笑う。
「だからだろうな。
俺はサンダースが親父や兄貴の仇である 証拠 が欲しかった。
確実な証拠を手に入れてから殺りたかったんだ。」
「その証拠が、あの強面オヤジの金庫にあったのか。」
彼の歪な微笑を眺めていたナムもまた、大型ビジョンに目を向けた。
朝のニュース番組が 議事堂地下の爆破テロ事件 を報道している。
内容は事実と異なるが、本物のテロ事件を目論んでいた連中は滅んだのだ。いちいち訂正する必要もないだろう。
「なんだったんだ? 証拠 って。」
「こいつだ。」
フラットはコートのポケットから何かを取り出しナムに投げた。
「げっ!?」
「 これってまさか?! 」
片手で受け止められるサイズの小さな十字架。
ナムの手のひらでキラキラ輝く十字架は質感からして素材は純金。見事は宝石をあしらった非常に古風な物だった。
「20年前の動乱の最中に消えた 秘宝 だ。
兄貴が殺されたあの日、ガキだった俺が金持ちの家から盗んで裏路地に持って帰った。
西暦が3桁しかない時代の皇帝の物なんだってな。そんなご大層なモンとは知らなかった。
そいつは処分しといてくれ。俺にはもう必要ない。」
「な~るほど。あの強面オヤジ、ドサクサに紛れてお宝ネコババしとったんかい!」
「それを金庫に隠してたんッスね。うっわ~。」
大型ビジョンのニュースが変わった。
『サンダース連邦政府地方自治補佐官、辞任。』
議事堂地下爆破テロをうけて、都市中枢にテロ組織侵入を許した責任を取るのだという。
しかしネーロとコークス&イーブカンパニーに関しては、何も報道されなかった。
地球連邦政府は今回のスキャンダルを体よくもみ消したようだ。小悪党が罰せられ、根源の巨悪は逃げおおせる。いつの世にもある「理不尽で不可解な状況」だ。
「・・・うまいことやるもんだな。」
フラットが小さくつぶやいた。
空を見上げる彼の表情は、晴れやかで清々しい。
「顔つき、すっかり変ったぜ?もう復讐はいいって感じだな。」
茶化すようなナムの口調に、フラットは再び歪に笑う。
「鋼鉄の処女、義碗の巨人、下水道のハッカーと酒場のテオとか言う男、ロケットランチャーの女。
あんな凄腕の傭兵達に実力見せつけられた上、『あの男』にまで出くわした。
生きた心地がしなかったぞ!あれほど憎んでいた家族の仇が愚にも付かない小者に見えた程だ。
お前やカルメンとか言う女の言うとおりだ。
あの男に殺す価値などない。これっぽっちも、な!」
ロディが驚き目を剥いた。
「ウチの局長と知り合いだったんッスか?」
「奴が戦うその場に偶然、居合わせたんだ。
たった一人に2,30人の中隊がまたたく間に殲滅させられた。
とても人間とは思えなかった・・・奴は バケモノ だ!」
フラットは傍らのナムに目線を移し、得心したように頷いた。
「戦う時のお前に既視感を覚えた。
あれ程の男に鍛えられたのなら納得がいく。恐怖を感じたくらいよく似ていたぞ。」
「・・・気のせいじゃね?」
露骨に不機嫌になるナムに、隣でロディがこみ上げる笑いを噛み殺した。
「・・・ありがとう。」
フラットは傷ついた右手ではなく、左手を差し出した。
2人の見習い諜報員達と握手を交す彼の微笑は、まだ不器用に歪んでいる。
いつかそう遠くない日に、自然に笑える日が来るだろう。
彼の復讐は、マッシモに訪れた新しい朝に終わりを告げたのだから。
フラットはふと目線を反らした。
少し照れているようだ。再び口を開いた彼はいささか饒舌になっていた。
「それにしても、お前達にはすっかりしてやられたよ。
まさか諜報員だったとはな。その格好も実力を隠すための フェイク だったんだろう?
それなら 何かの悪い冗談のような馬鹿げてふざけたあり得ないぶっ飛んだ格好 も、多少は納得がいくというものだ!」
褒め言葉だと思われるフラットの言葉に、ナムが控えめに返事を返す。
しかしそれはフラットはもちろん、万人の理解を超えていた。
「へ? フェイクって、何 ???」
「・・・。」
フラットはただ絶句した。
傍らの舎弟が諦め果てた面持ちで、力無く首を横に振ている。
どうやらフェイクじゃないらしい。
そう理解するまでに、たっぷり10秒掛ってしまった。
(・・・マジっすか・・・??!)
フラットの顎が カックン と落ちた。
落ちて戻らない顎のまま、フラットは地下鉄道に乗って宇宙港へ向かい、衛星都市マッシモを去った。
その後サンダースが逮捕され、警察&連邦政府軍特殊公安局は「共犯者」として元ボディーガードの行方を捜した。
しかし、発見には至らず捜査はすぐに打ち切られたという。
人相が変るほどの衝撃も、時には何かの役に立つ。例えば、土星強制収容所行きをアッサリ免れてしまうとか。
別人のような面相で未来へ旅立つフラットは、ショッキングピンクの諜報員を決して忘れはしないだろう。




