第九話 主人公に名前をつけよう!
「主人公」の名前が決まりました。
Rは主人公の後を追うのが先か、王女様をヒロイン属性にするのが先かで一瞬迷ったが、即断して主人公の後を追った。さほど広くはないが、しっかりした作りの階段を登り、主人公は二階の南に面した客間を宛がわれた。Rも開いた扉からするっと中に入った。兵士が敬礼して部屋を出て扉を閉めると、主人公はゆっくりと衣服を身に付けた。仕立ての良い貴族用の服だが、主人公の身体にはしっくり来ないようで、彼はしきりに肩を揺すった。
(R、それって四頭身用の服だろう……。衣服がうまく共有出来ないというのは、勇者とモブキャラでスタイルが違うことによる欠点のひとつだな)
(そうだねえ、うーん……、どうしようか)
Rが考えている間に、主人公はさっきまで自分の手首を縛っていた麻縄が床に放置されていることに気づき、それを解して縒り合わせ、いい感じの太さの紐をつくってそれを器用に全身にくるくると巻き付けた。紐はファッショナブルな革製の装飾具のように、主人公の身体に衣服をフィットさせた。
「これでよし、と」
(あ、ひとり言だ! Mさん、この主人公ひとり言をいう人だよ!)
(あ、ああ……)
前の世界での映画やアニメ、お芝居などでは、登場人物がひとり言で、状況の説明を行うことがあったが、この主人公は、誰に説明を聞かせたいのだろうとMは思った。
(それ、もしかして、女神である私に対してかな?)
(そうかもな。考えを読んでみてはどうかな?)
(うーん、それはちょっと悪趣味だからやめておくよ)
(いや……、こうやって姿を消して部屋の中に入り込むのも、充分悪趣味だが……)
(まあね) Rはテヘ、と舌を出した。
主人公は、軽く背伸びをして窓辺に近づき、それを開けた。遠くにはさきほど主人公を取り囲んでいた、女達の姿が小さく見えた。彼女達が歓声を上げた。
「あ、きゃあああ!!」
「無事だったんですねええ、よかったああ!」
「町にも遊びに来てください、サービスしますよおおお!!」
主人公が手を振った。女達はその姿を見て今日の所は安心し、それぞれの家に帰って行った。
(うーん……)Rが考えている。
(どうした?)
(主人公の名前、どうしようか。早く決めてあげないと、モブキャラ達も不便そうだよね)
(なるほど……、名前は大事だな)
(うん……)
Rはしばらく考えた。
(自分のペットにする予定だから、ポチとかシロとかでもいいけど、キンパツだからキンタロウ? あ、日本人の名前は変かな? でも突然変異で金髪になってしまった日本人、っていう設定にしてもいいかも。あれ? でも日本という国も、なくなっちゃったんだね。じゃあ、どんな名前でもOKだよね。あ、縄で縛られていたからシバール君、とかどうかな。ねえMさん?)
(ま、まあ、いいんじゃないかな、うん……)
主人公は、ふう、とため息をついてベッドの端に座り、手を膝の上で組み合わせた。
「みな、僕の名前を呼んでくれなかったな……。それはそうだ。僕自身、自分の名前を知らないのだから。僕の名前は誰も知らないアンノゥン(未知)……。そうだ、僕は今日からアンノと名乗ろう。僕は未知の人、アンノだ!」
アンノは右手をすっと上げた。ピッという電子音とともに、そこにステータスが表示された。「アンノ レベル1 勇者」、と書かれていた。
(ひゅううう!! アンノ君、かっこいいいいい!!)
ギュワワワーーーン……。どこからともなく音楽が鳴り始めた。エッジの効いたドラムとエレキギターの音が、心地よく世界を包み込む。ヴォーカルはさわやかな男性の声だ。朝焼けの空のもと、アンノが白いドレスと帽子の美少女とともに、草原をかけている。まだ出会っていない、多くの仲間たちとの食事のシーンが挿入され、やがてダンジョンで遭遇するはずのライバル達も、走馬灯のように通り過ぎる。やがて高い崖の上にたどり着いたアンノと少女は、手をつないで海の上の太陽を眺める。BGMが終わり、エンディングも終わった。
(エンディング!! だと??)
(うん、この世界はアニメの世界、という設定にしたんだよ)
(また設定をいじったのか!!)
やれやれ、と言って頭をふったMではあったが、流されたエンディングムービーがちょっとだけかっこいいと思ってしまったのは、出来ればRには知られたくないな、と思った。




