紫陽花と留守番
悟君、教会でお留守番の話しです。
日曜日,コンビニのバイトは、頼んで夜間にしてもらった。敦神父から三条教会の留守番を頼まれたから。なんでもこの地区全体の勉強会があるとかで、他の教会の信者もすべてA市に集まるそうだ。他の市の教会はすべてお休み。
今日一日、敦神父さんに三条教会の留守を頼まれた。
”電話も少ないでしょうし、一日ノンビリしてください。たまに間違えて来る信者さんもいるかもしれません”って言われた。どっちにしても、僕は家出中でこの近くのバイト先の花屋に居候してるので、問題なかった。そうなる一日のはずだった。
9時に教会へいってすぐ、ここの信者さんの住田さんという人が来た。花の係らしく、僕も時たま、彼女が花を活けてる時、会って挨拶してる。勉強会にはいかないんだ。
「こんにちは。悟君。留守番、ご苦労様。今日はね、玄関に置く花を活けにきたのよ」
彼女は、三条教会で細々した仕事をしてくれる。ポスターを張り替えたり、スリッパを整頓したりと、日曜しか人の来ない教会でもそれなりに仕事はあるよう。
「あは、悟君、勉強会は?って顔ね。前に踏み台から落ちた時、腰を痛めたみたいなの。長時間、椅子に座ると痛くなるの。だから今回はね」
寂しげな顔を、少しだけゆがませてる。
「作業は中腰ですけど、大丈夫ですか?」
「大丈夫よこのくらい。それに花といっても、少しだけだし。」
そういって、玄関にある小さい花瓶に、紫陽花と薄紫のマーガレット?を手早く活けて行った。一つだけ知らない花があったので、じっと見てみた。これは店で入荷した事はない。うん。
「ああこの花ね。オオアマドコロっていうのよ。野の花だけど綺麗だから。腰が痛いせいで、庭の花が少なくてね。店長さんから小ぶりの紫陽花を一本、ミヤコワスレを3本わけてもらったの。」
マーガレットじゃないんだ。そういえば、ミヤコワスレは花が少し小さい。オオアマドコロって花は、茎が長く紫陽花を覆ってる。茎からは、サクランボのように二つペアの白い2㎝の、円柱状の花がゆれていた。綺麗というよりは、かわいらしい花だ。
住田さんは、後、お御堂の花の水を取り替え、傷んだ花を取り除いて帰って行った。見送る僕の後ろから、ため息が聞こえた。僕以外に人はいないはずだから、きっと花の精霊だろう。(なんの花かはしらないけれど)
<ウチらってさ、自分じゃ自覚ないけど、花言葉っつうの?あれがいい言葉じゃないってか、ひどい言葉ばっかりみたい。傷つくよね。せっかく綺麗に咲いて、周りを癒そうとおもってんのにさ>
そんな愚痴を言って、僕に同意を求めて来た。服は洗いさらしのジーンズに、水色のシャツ、紫陽花の精霊だろう。普通の女子高校生みたいだけど、髪の毛まで水色だった。
「えっと、君は紫陽花の精霊?紫陽花の花言葉って、どんなのだっけ?」
僕は普段は販売にかかわらないので、花言葉とかも覚えていない。実際、花の名前を覚えるだけで手いっぱいだし。
<へ~花屋の人なのに、知らないんだ。>
「僕は、ただのバイトで・・・」
<私たち紫陽花はさ、色が変わるじゃん。だからかな。移り気とか無常とか。色が青いから冷酷とか、そんなんばっか。ちょっとひどくない?>
僕は考えてしまった。でも、母の日が近づいた時、カーネーションと紫陽花の鉢が売れたはずだ。仕入れ数が桁違いに多かったから。そんなひどい花言葉を持つ花をあえて贈るって、おかしい。
信者らしい中年男性がやってきて、教会の静かな様子にポカンとした顔をしてる。で、僕は、紫陽花の精霊を、”後で調べてみる”となだめ、男性に今日のA市での勉強会の事を説明した。
「やれやれ、たまに教会に来てみるとこうだ。連絡が来ないのはなぜだ?」
「あの...僕はただの留守番で...」
「大きな行事のある時は、連絡網で回す事になってるんだが。まったく」
そう言いながら慌てて、出て行った。車が走り去るのが聞こえたんで多分A市の勉強会にむかったのだろう。
<たまに、じゃなくしょっちゅう来れば、教会の行事とかわかるじゃん。>
「働いてる人は忙しいんだ。日曜日が休みとも限らないし、休みの日が決まってない職業もあるんだ」
僕もコンビニだけのバイトだけど、休みは不定期だ。急に休む人が出たとかで呼び出される事もよくある。
今日の事を知らない信者さんが、又、来るかもしれない。午前中は寝ててもいいかなと思ってたけど。また来客のようだ。今度はうちの母さんくらいの年の女性が4人、玄関に立っている。
「こんにちは、N市から巡礼に来ました。ミサは10時からですよね?」
説明すると、ちょっと残念そうにしてたけど、お御堂でお祈りだけして帰っていった。特段、観光になるような教会でもないようだけど、巡礼ってあるんだ。教会巡りなのかな。四国のお遍路さんは、確かお寺でハンコをおしてもらうんだっけ。教会はないのだろうか。
<ね、調べてくれるって本当?目いっぱいお仕事してるんだから、少しはいい言葉が欲しいわ>
巡礼4人組が帰り、僕は司祭室のソファに座ってスマホで検索してみた。そこ紫陽花の精霊が肩に手をかけて、スマホの画面をのぞき込んでる。結果、確かに 移り気 という花言葉が最初に出て来る。
<やんなっちゃう。こんなふうに思われてるのなら、さっさと天に帰るほうがまし。>
「そうぼやかない。僕も少し不思議に思ってたから、検索ワードを変えて調べなおしてみる」
花に関するサイトは多い。ただ画像から育て方・歴史などなど。情報が多すぎるのも絞り込むのが難しいものなんだな。
僕が悪戦苦闘してると、玄関に又、お客様だ。慌てて部屋からでると、玄関に背広姿の中年と若い男性の二人が立っていた。
「こんにちは、警察のものですが、山田神父さんはいらっしゃいますか?」
びっくりした。えっと確か山田神父さんって、敦神父さんが来る前の神父さんだ。何かやっちゃったのだろうか?山田神父さんとかは。
”どうしたんですか”と聞きたい。でも、僕はこの教会の事を何もしらない。ヘタに話しをされてもきっとわからないだろうし。
山田神父さんは東京へ異動になった事、後任の敦神父さんは、夕方にならないと戻らない事を、伝えようとした時、ここの信徒会長さんがやってきた。
「どうもご無沙汰してます」
「こちらこそ、その節はお世話になりました。あれからどうなりましたか?」
警察の人と知り合いなんだ。会長さん。3人で司祭室で話す事になったようだ。
「悟、お茶、入れてくれるか?すまんな」
「いえ・・」
会長さんに言われ台所で湯を沸かしてると、紫陽花の精霊がトコトコとやってきた。
<なんか、この教会、面倒事に巻き込まれたみたい。火事がどうの、詐欺がどうのと、ヤバイ言葉が出て来たし、出て来ちゃった。ね、で再検索の結果は?>
「ごめん、お茶だしてから。慣れてなくて」
”お茶を入れて”って言われた時は、正直困ったものだった。店長、敦神父と3人で朝食を食べた後の事。僕は食事の後は何も飲まない。勉強中に、よく母がコーヒーを入れて持って来てくれたけど。
お茶の葉を湯飲みに入れて、お湯を注いだものを出したら、二人に大笑いされた。中国式だねとか。急須に葉を入れて、お湯をそそぐ。そんな事を僕は知らなかった。いつも”入れてもらうばかり”だったから。コーヒーもお茶も。お坊ちゃまなんだな。
<すっごい不器用ね。悟って。それに、いいように使われる性格とみた>。
「はいはい、僕は不器用です。世間知らずでパシリ体質です」
<ちょっと、そこまでは言ってないって>
無事にお茶をだせた。”つまづいて、お茶をお客様にかける”なんて事もなかった。すこし安心。警察の人がきてる間は、遠慮して玄関ホールのイスに座ってた。なんだかすごく古いイス。一応、一人がけのソファだけど、ほころびを修繕した箇所があった。貧乏教会って敦神父さんが言ってたものな。
<ここ、陽が当たらなくて涼しくて快適。いい感じで風が入ってくる>
「それって、日当たりが悪く、ボロで隙間風が入るって事だね」
さてともう一度検索のやり直しをしはじめた所、また、宅急便のお兄さんがきた。
「代引きのお荷物です。6540円になります」
「代引きって?」
「料金を、荷物と引き換えに払っていただくシステムです。昨夜連絡したはずなのですが。」
......聞いてないよ。敦神父さん。今、1000円ちょっとしか持ってきてない。
「すみません、お財布忘れちゃって、15分で持ってきますから、ここで待っていてもらえますか?」
「それはその...」
宅急便のお兄さん、僕よりも少し年上、なんだか急に不機嫌な顔になった。忙しいだよね。
「代引きですね。おいくらですか?」
会長さんが、司祭室から出てきて代金を払ってくれた。
「神父さんから何も聞いてなくて、お金ないので。」
<悟は貧乏なんだ。1000円なら、紫陽花2本がせいぜいね>
”うるさいな”と文句を言いそうになって、すんでで止めた。会長さんには見えないんだ。あぶないあぶない。
「神父さんには、警察の説明を後で伝えるから。そん時に建て替えたお金ももらうから心配ないから。敦神父は読書家だな。部屋の本の数がすごい。悟も留守番係の時は読んでみるといいぞ」
会長は、僕の背中を軽くたたくき出ていった。
<確かにすごい本の数ね。それで調べるより本の中から探したほうがいいんじゃない?>
「いいから、僕のやりやすいようにさせて」
検索始めると、丁度、事務室の電話が鳴った。あっと留守設定してないはずだ。鍵はえっとどこだっけ。たしか裏玄関の植木鉢の下だったかな。
僕は急いで鍵を持って事務室を開け電話を取ると、{FAXです」と電話が無表情に伝える。
ピロロロと紙が電話機から出て来た。事務室にはPCもあるのに、メールをつかえよ。
がっくりきた。今日はよっぽど運の悪い日なんだ。司祭室にもどって気を取り直し調べなおす。すると、花言葉とその理由や由来を書いたサイトを見つけた。
「ほら、いい言葉がたくさん出て来た。忍耐強い愛、一家団欒、家族の結びつき、だってさ。ああわかった。だから家族の要になる母親に贈るんだ。すごいね。」
謎が解けた。紫陽花の精霊の不機嫌そうな顔が、やっと笑顔になった。
<いや~。それは初めて聞いたわ。仲間にも知らせたから。>
「すみませ~ん。高台町町内会のものなんですけど。」
また、お客さんだ。僕と精霊は顔を見合わせて、”今日って、そういうめぐり合わせの日”と、
言いながら、何度目かの”神父の不在”を伝えた。
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最近、忙しくて更新が遅いです。申し訳ないです。




