悟君の家出
今回は多忙な敦神父の視点です。
さすがの私も疲れました。A市の教会の信者さんが亡くなり、通夜・葬儀をすませた後、教会の会計と事務の仕事。いつも教会の事務をボランティアで手伝ってくれた副会長が、病院に入院中で、教会では、だいぶ書類がたまってた。
夕方、少しバテ気味の私を、飛鳥ちゃんと亘、淳一君が、出迎えてくれたのですが、悟君もいました。もう4時なのでコンビニのバイトへ向かう時間です。
「おや?今日は花屋のほうにいたんですか。5時スタートのシフトでしたよね」
「。。すみません。敦神父さん。今日はいろいろあって、教会の留守番が出来ませんでした。」
今日は6月にしては寒かったので、教会にはいられなかったのでしょうかね。司祭室のヒーターは遠慮なく使うように言ったんですが、遠慮したんでしょうか。
悟君は、ペコリと頭を下げると、急いで出て行った。冷たい空気が店に入ると、疲れでけだるかった私は、かえってシャキっとなった。
「兄さん。お帰りなさい。上に夕食の準備できてるから、さきに食べて早く休んだ方がいい。ひどい顔色です。ちなみに、、今日の夕食は悟君が真心をもって作ったそう。味は保障できないですけどね」
「亘、それは働かせすぎです。これから深夜まで勤務ですよ」
家に居づらいという彼のために、教会で休憩出来るようにしてる。それにしても、ここの三条教会も、事務や会計を手伝ってくれる人が、いなくなった。教会内で成り手を探してるけど、見つからない。1日5時間、週末はお休み。パート待遇で、何かあった時は、超過勤務(そのぶんの給料は出ない)じゃ、誰もやらないですね。
教会というところは、つくづく、自分にも周りにもボランティアで働く事を、当たり前と思ってるところが、駄目な所です。
「兄さん、一応言っておきます。悟は昨夜、父親と大喧嘩して家出中です。当分ここで寝泊まりすることになりました。」
”はい?”と聞き返す私の顔が、余程、間が抜けてたのだろう。淳一君に大笑いされた。
「ほら、神父さん。悟は、母親とは、ぎりぎり上手くやってるらしいけど、父親は、頭ごなしに怒鳴りつけるだけなんだってさ。悟もいろいろ悩んでるみたいだぜ。将来の事で」
ああ、そうでしたね。悟君は、虚無の穴に落ちてる最中でした。「伝道の書」の冒頭、そのまま。”空の空はまた空なり”
「何かキッカケがあったんでしょうかねぇ。淳一君、何か知ってます?」
「さあ、なんでも可愛がってくれたおばあさんが認知症になったのが、なんとかと、言ってたけど、俺はあまり深入りしたくないし。気持ちもわからなくもないけどさ。遅い厨二病?かな」
私も気にはしていたんです。最初に会った時、悟君は無表情で、それが感情を隠すための演技とわかった時、少し様子を見る事にしました。それでよかったのでしょうか?。
「ああもう、兄さんは気にしなくていい。とりあえず、自宅のほうには連絡させたから。母親が今日、慌てて飛んできて平謝りだったよ。ま、着替えと少し持ってくる所とかは、悟よりなんだろうな。それより、もう休んでください。向こうでは働き詰めだったはずです。あそこも事務の副会長がいないんじゃ、書類仕事が溜まってたでしょうから」
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忙しくても、ポカっとヒマな時間が出来る事もあるもんです。今日は一日、三条教会で書類仕事と、外回りの点検。庭の整備(草取りとか)。管区長からメールきてる。内容は亘を”こちらの修道会に勧誘してくれ” これで10通目でしょうか。不幸の手紙のようなもんです。
昼は花屋に帰って、悟君制作の特製ランチ。朝の味噌汁の残りに、目玉焼き。千切りというより百切りキャベツ、ミニトマト。朝食のようですが、まあいいでしょう。質素が私のいる修道会のモットーですからね。
「おいしいですよ。悟君。君は料理の才能があるかもしれない。」
弟におだてられて、少しはにかんで笑う彼は、悩みなど感じられないのだけど...
「悟君、私としては君に花屋で働いて、料理をまで作ってもらい、とても助かってます。君の気が済むまで、ここにいていいから。」
おや、亘らしくない言葉ですね。もっと厳しくいくかと思ったが。
「ありがとうございます。僕は僕が本当は何がしたいかを、見極めるのにもう少し時間がほしいんです。ただ、これ以上はご迷惑はかけられませんので、今、アパートを探してる所です。結構、高くって。地方でも3万の部屋って殆どないですね。」
「迷惑どころか、君のおかげでとても助かってます。あ、もしや大盃牡丹花王に何かお説教されましたか?」
たいはいぼたんかおう???
「はい。とても優雅ないでたちなのに、カッチリと諭されました。やっぱり王様は違います。
”頭の中でけじゃなく、実際に行動してみなさい、見聞を広めなさい”と。」
誰にを言われたのかはわからないけど、”実際の行動、見聞を広める” なら私にもお手伝いできそうです。
夜に、亘に聞いてみたら、”大盃牡丹花王”。ウィンドーにかざってある牡丹の種類が、大盃。牡丹は花の王様なので、尊称をつけたそうな。
私にはわからない世界です。花の精霊は。
次の日、ダメモトで、その大盃牡丹に 亘がイタリアでどんな目にあったのか、そっと聞いて見ました。亘が還俗願いを出したと聞いた時からの、最大の疑問です。もちろん、花は何も答えてくれませんでしたが。
水曜日深夜(木曜日午前1時ごろ) 基本、一話完結 週一ペースです。
更新時間が大変遅くなり、申し訳ありませんでした。




