交差点の鬼と菊の花
「飛鳥ちゃん、ちょっといい?」
店長に呼ばれて頼まれた仕事は、”お供え用の花を、横断歩道の横の花瓶に入れてくる”というものだった。2月も中旬になると、たまに暖かい日もあるけど、普通に朝は冷え込む。
「店長、外にお供えしたとしても、夜には、花は凍りますよ。」
「毎月、祥月命日には、買いにいらっしゃるお客さんが、風邪をこじらせて入院。代わりにいってくれないかって頼まれたんです。」
場所は、小学校・中学校に幼稚園まで側にある交差点だった。橋は高い位置にあり、橋を抜けると一旦下り、また登り坂になって、一番上が交差点になってる。ちょうど谷のようになってるのだ。その大きな道は右に自然と曲がっている。そこに3方向にいく道があって、私はたまに通る時は、気を付けて運転してる。要注意地点だ。
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近くの小学校の駐車場にいれた。ちょうど低学年の下校時間らしく、何人か、楽しそうにおしゃべりしながら、歩いていた。
「あそこな、”交差点の鬼”がいるんだって。姉ちゃんに聞いた。昔、あそこで事故にあって死んだ人が、”じょうぶつ”っしないで、鬼になったって。」
「ええ!やだ~。僕、剣道の道場に行くとき、あそこの横断歩道をいつも通るのに。そういえばさ、先生もあそこは気を付けてって、言ってた」
「死んだのは、おじいさんだって。透けた姿を見た人がいるって」
小学生男子3人は、ワイワイいいながらも、少し怖がってる。言ってあげようか?鬼なんかいない。幽霊は怖くないって。
ただ、”透けてる人を見た”は気になるね。市内で死亡事故のニュースがきかないから、その昔、事故にあった人の霊かしら。
横断歩道の標識の下には、花入れの缶がおいてあった。とりのぞいたのか、前の花はなかった。私は、手持ちの水を入れ(気持ちぬるめにしておいた)お供えの花を入れた。
菊が中心だけど、普段は使わない、”アナスタシア”という大輪の菊を一本用意した。
この花は、もう売れ残りで店のサービスで店長がくれた。
せっかくの花も次の日まで持たないんだから、ちょっと可哀想。毎月、冬にもかかわらずお供えするのは、よっぽど悲惨な事故だったのだろうか。
花を入れて、腰をあげるとそこには、初老らしき男性の姿が見えた。体が殆ど透けてるので、もう長い間、ここにとどまっていたのだろう。聞こえるかどうか微妙だけど、一応、説得してみよう。
「あのう、もしもし?毎月、花も供えてもらってるのだし、そろそろ天に昇ってはいかがでしょう?いわゆる成仏です。このままだと、あなたの魂は消えてしまいますよ。」
私の言葉に、<そうですよ。もう十分、子供たちの安全を見守ったじゃないですか>との菊の精の声が聞こえる。和服姿の女性だった。
「いいんじゃよ、ワシは。好きでここにいるんじゃ。ここで見守ってるだけで幸せだからの」
年寄りって死んでも頑固なのかしら。まったく。
「あのね、子供たちが、”交差点には鬼がいる”なんて言ってます。怖がられてるんですよ。」
「何?交差点の鬼とな?ははは。そりゃいい。これで子どもたちは緊張してここを通るだろう。事故も防ぐことができる。我が意をえたりじゃ」
「ああもう。消えたらどうしようもないじゃない。死んで見守るより生きて守ったほうがいいのに。」
私の言葉にアナスタシアの精霊が、おじいさんを説得にかかった。
<もう十分でござろう。鬼の噂は噂だけでよい。この子の言う通り、生まれ変り、また子供の見守りをしたほうがいいではないか。我らとともに行こう>
”それもそうかのう”と、ちょっと心がぐらついたスキに、菊の精霊たちは、おじいさんの手を引き、背中を押して、天に昇ってしまった。アナスタシア、グッジョブ!
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花屋に帰ると、中年男性のお客さんが来ていた。
「ああ、今日は代わりにお供えに行ってくれてありがとうございます。ヘンな依頼ですみません。入院してる母から、絶対にしてくれって、念をおされましてね。」
「いえ、商売ですし。あの一つ聞いてもいいでしょうか?」
そこで昔起きた事故の事がわかった。
15年前、この男性の息子さんが小学生に入ったころ、おじいさんが、あの交差点に立って、見守ってたそうな。その時は信号機もなく小さな事故も起きていて、父母のあいだからは、信号設置の要望を出してる矢先、大きな事故が起きてしまった。
対向車がはみ出してきて、それを避けようとしたけど、結局、衝突。相手方のスピードがでていたせいで、ぶつけられた車は歩道に乗り上た。ちょうどその子がいた所に、おじいさんが体を張って助けてくれたそうだ。
「私は本当に感謝してもしきれないというか、申し訳ない気分でした。母も毎月、花をかかさず供えてたそうで。」
そうか15年、おじいさんの熱意もあったけど、きっと菊の精霊がおじいさんに、命をあげてたのかもしれない。さっき見た時、雰囲気が精霊に近かったきがしたし。
「もう、とっくに天国についてると思いますよ。ウチの花は特別ですからね。でも、交差点の鬼の噂を生かしたいなら、これからもたまに、花を供えるといいかもしれません」
”飛鳥ちゃん、なにかあったの”という店長には、後で説明するとして、私の言葉に首をかしげながらも、店を出ていく男性に、私は、「ありがとうございました」と頭をさげた。
あなたのお母様が供えた花達のおかげで、魂が一つ天に帰って行きました。
水曜日深夜(木曜日午前1時代)に更新。週一のペースです。
基本、一話完結です。




