第1話 魔王城、最後の六十時間
漆黒の空を、雷鳴が切り裂く。
魔王城は燃えていた。
黒い塔は崩れ、赤い炎が夜空を焦がす。
玉座の間では、世界最強と恐れられた魔王と、歴代最高の勇者パーティが激突していた。
「はあああああっ!」
勇者の聖剣が黄金の軌跡を描く。
魔王は巨大な黒剣で受け止めた。
衝突した瞬間、衝撃波だけで玉座が粉々に砕け散る。
「まだ終わらぬか、人間。」
低く響く魔王の声。
全身は傷だらけだった。
黒い血が床を染める。
しかし、その黄金の瞳だけは一切死んでいない。
「終わるのはお前だ!」
勇者の後ろから賢者が叫ぶ。
「隕星魔法――メテオ・ブレイク!」
天井を突き破り、巨大な火球が降り注ぐ。
轟音。
爆炎。
魔王城そのものが揺れた。
土煙の中から現れた魔王は、なお立っていた。
「見事だ。」
右腕が吹き飛び、左肩も砕けている。
それでも笑っている。
「だが、この程度では我は倒れぬ。」
「だったら!」
聖女が祈りを捧げる。
「勇者様!」
神々しい光が勇者を包む。
身体能力が限界を超えて跳ね上がる。
勇者は一瞬で距離を詰めた。
剣と剣。
魔法と魔法。
拳と拳。
六十時間。
休むことなく続いた死闘。
勇者は何度も倒れた。
戦士は肋骨を折られた。
賢者は魔力が尽き、血を吐いた。
聖女も回復魔法を使い続け、立つことすら困難になっていた。
それでも誰一人諦めない。
世界を守るため。
仲間を守るため。
魔王もまた退かなかった。
その瞳には、世界征服の野望とも、破壊への執念とも違う、どこか焦りにも似た色が宿っていた。
(まだ……死ねぬ。)
誰にも聞こえないほど小さく呟く。
(あと少しだけ……。)
勇者はその呟きを聞き逃した。
「終わりだああああぁぁっ!」
聖剣が神々しく輝く。
歴代勇者だけが使える秘奥義。
「天聖斬。」
世界が白く染まった。
光は一直線に魔王を貫き、玉座の間を真っ二つに切り裂く。
静寂。
やがて、魔王の黒剣が床へ落ちた。
カラン……
乾いた音が響く。
魔王は膝をつく。
「……見事だ。」
勇者は剣を構えたまま動かない。
魔王はゆっくりと勇者を見上げ、かすかに笑った。
「人間……。」
その笑みは、不思議なほど穏やかだった。
「……頼む。」
「何?」
勇者が聞き返した瞬間。
魔王の身体は黒い粒子となって崩れ始めた。
風に溶けるように。
静かに。
まるで最初から存在しなかったかのように。
六十時間に及ぶ激戦は、ついに終わった。
「……勝った。」
戦士がその場に倒れ込む。
賢者は大の字になり、天井を見上げた。
聖女は涙を流しながら祈る。
勇者だけは、最後の言葉が胸に引っかかっていた。
――頼む。
何を?
何を頼みたかった?
だが、その答えを知る者は、もうこの世にはいなかった。
燃え盛る玉座の奥。
誰もまだ、その部屋のさらに奥に、小さな隠し部屋があることを知らない。
そこで、一人の赤子が。
「おぎゃあああっ!」
力強く泣いていた。




