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〈連載中〉飛竜落とし姫は振り向かない ~戦う聖女は騎士団所属~  作者: 米野雪子


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覚悟と祈り





「マジで強いな、北の騎士団と飛竜落とし姫は…」


「次から次へと来る魔獣の群れをあっという間に蹴散らしちまう。

 なあ、これで何度目だ?」


「さっきのが第四波だ。今までで一番デカイ光の柱だったな。

 飛行型魔獣が、全部落ちてきてビビったわ。

 段階踏む毎に魔獣も増えるし、神聖力もそれに対応するし、

 スゲー根比べだな。どんだけ強いんだよ、我が国の聖女様は」


「俺らは神聖力から逃れて、瀕死状態のザコ魔獣の始末するだけだから、

 楽だけどよ…彼らはずっと戦い通しだろ?大丈夫なのかね」


「つーか、あれ位出来ないと、北の辺境騎士団は勤まらないって事か…」


「俺らじゃ無理だなぁ…しかし、本当にスゲーよ神聖力ってのは。

 国がリスクを犯してまで召喚したがる訳だ」


「もう禁止されてるんだろ?人権侵害とかで…」


「彼女のこの活躍で、また召喚する方向になるかもな。

 一部の貴族は復活を望んでいるらしいし」


「でもよぉ、いきなり知らない世界に連れて来られるって、やっぱ残酷じゃね?

 もし、自分だったら耐えられるか?

 家族や知り合いから引き離されて、一人ぼっちなんだぜ?

 過去には、病んで自殺した聖女もいたらしいし…

 それに、誘拐しておいて、縁もゆかりも無い別世界を救えって、

 あまりにも勝手すぎるだろ」


「あの飛竜落とし姫も…そうなんだよな。隣国の召喚らしいが…」


「ああ、そう考えると、彼女は良くやってくれてるよ」


「最強騎士団と最強聖女で無敵じゃん。とか、

 呑気に考えてる場合じゃなかった…。

 それに、彼らは強いからって死なない訳じゃない。

 今も命懸けで戦ってるんだ。俺らもピシッとしないと…」


「おっ、瀕死の魔獣が落ちてきたぞ。トドメさせっ」


「おうっ!」



北の辺境騎士団の討伐を固唾を呑んでただ見守るしか出来ない。

自分たちの不甲斐なさを実感しながら、取りこぼされた瀕死の魔獣に、

黙々とトドメをさし続けるしかない、王宮騎士団員達だった。




* * * * * * *




私は、野営テントに戻って来ていた。

外では騎士団が、生き残った魔獣の始末に追われている。


今は討伐に集中しなきゃなのに…どうしても引っかかる。


レガリア国王と魔術師が私に向けた、あの感情と目。

顔見知りに向ける、懐かしむような…揺れる瞳。

そして、私を見て “キヌ様” と言った魔術師の言葉。


隣国に肖像画か何かがあって、

私とキヌさんは、外見が似ているのかもしれない。


でも、リンドゥーテとかいう大将は、私を見ても何の反応も示さなかった。

レガリアの王宮に連れて行かれた時に謁見の間にいた、魔術師や王族もだ。

この辺の差が、よく分からない。


歴史書で読んだレガリア王子が国を出て行った年齢は21歳。


ガレリア国への執拗な恨みと攻撃。

何度も行われた稀人の召喚。

魔力持ちの人間を材料にした魔道具の研究と開発。

魔獣と混じり合った人外の体質。

人前に決して姿を表さない、年若い国王。

初代聖女キヌさんを知っていて慕っている、あるいは憎んでいる。


いくら、プロパガンダ教育をしていたとしても、

まるで当事者のように感情移入して、恨みを抱いてここまで引き継ぐだろうか…


そこまで、洗脳されるもの?



まさか…………国王は、代替わりしていない?


   ──人間が、400年以上も生きる事が、

               可能なのだろうか───。



   人前に姿を見せなかったのは、

   変化のない外見を 怪しまれないようにする為だった?



   あの青年はキヌさんを愛しながらも、結ばれぬまま国を出て行った、


   レガリア王子 ─── 本人なのでは?


   彼は “憎悪” だけを糧にして、400年以上生き長らえて───




「可愛い顔に傷つけやがって、あの野郎…」



手当てしてくれているトウジさんの呟きで、

思考の海から意識が戻る。



「こんな擦り傷、すぐ治るよ」


「ステラ師団長に治癒して貰うか?」


「魔力は戦闘に優先して欲しいから、

 こんな小さな傷の為に、無駄に消費させられない」


「考え方が漢なんだよよなぁ…」


「トウジさんこそ、疲れてない?大丈夫?」


「ああ、俺は全然。国の端っこまで行くような任務でもないし、

 まだ転移可能距離は、余裕がある」



すると、野営テントの出入り口のカーテンがバサリと翻り、

騎士が駆け込んできた。



「痛ってー、油断した。傷薬と包帯どこ?」


「こっちだぜ。薬と包帯はそこ」


「ああ、ありがと。

 あれ?サトミさん怪我したの?」


「大丈夫。大したことない擦り傷。それより腕やられたの?」


「ああ。後ろから来やがってさぁ…クッソ…」


「座って、手当てするから。

 利き腕を怪我してるから、自分じゃ上手くできないでしょ?」


「ありがとう。すぐ戻りたいから、助かるよ」



今の所、怪我人はいるものの、重傷者は出ていなかった。

それだけが救いだ。


元凶は、あと二人…。


早く見つけ出さないと…長期戦になるのは避けたい。

そのうちみんな疲弊して、傷者率が上がってしまう。




* * * * * * *




『魔術師も、やられたか…』


「申し訳ありません…助けようにも、あっという間でした…」


『今まで、こんな私に仕えてくれて…お前たちには感謝している』


「……レガリア国王?」


『私は、ここで死ぬだろう。お前は好きにするがいい。逃げても構わん』


「最後まで共に戦います」


『勝てぬかもしれん』


「構いません。

 しかし、あの稀人の魔力量は何なのですか…それにあの外見…」


『ああ、ふっ……あの女。

 まさかあんなに強いとはな。魔力暴走を画策したのに…

 それどころか、ガレリア側に保護され聖女として敵になるとは… 

 あの外見も相まって、流石の私も動揺して、冷静さを欠いてしまった。

 別人と分かっているのに、心が反応してしまい攻撃が困難だ。

 召喚しておいて何だが、とんだ誤算だった』


「私が最後の魔獣の大群を放ちます。

 どうぞ、レガリア国王は…どこか遠くへ退避を…」


『私は、ここにいる。逃げても寿命が迫っている』


「体の入れ替えはしないのですか?そうすれば、まだ…」


『新しい体に移ると過去の記憶を失ってしまう。キヌを忘れたくないのだ。

 魔獣の生命力と魔力、稀人アキの膨大な暗黒力…様々な物を取込み、

 継ぎ接ぎ修繕をして、無理やり身体を保ったのはその為だ。

 今や生身で存在し記憶を共有しているのは、私と死んだ魔術師と、

 護衛騎士のお前だけ。おかげで魔獣と変わらぬ体質になってしまった。

 だが、もう我々のこの身体も、魂も、限界なのだ。

 オリオやリンドゥーテ、他の王族は、元の身体が持たずに、

 やむを得ず入れ替えをしたが、副作用で過去の記憶を無くした。

 プロパガンダ教育のおかげで忠誠心はあるが、もはや別人格だ』


「ですが…生きていれば、まだ機会はあります。

 それに今は多少安定に問題はありますが、記憶魔石がありますゆえ、

 記憶の継続は可能なはずです」


『もういいのだ。キヌの居ない世界で生き続けるのは、もう耐えられない。

 そして、暗黒力の核である私が死ねば、契約で縛っているレガリア国民と、

 魔術師達、奴隷契約している稀人たちは、解放されて自由になる。

 私が死んで喜ぶものは沢山いる』


「…国王……」


『最後にキヌに瓜二つの稀人…

 最強聖女が召喚されてきたのは、偶然ではなかったのかもしれん。

 この不毛な戦いを…まるで彼女が終わらせに来たみたいではないか』


「そういう運命だったと、おっしゃりたいのですか?」


『そうだ。そして、悪いのは全て私だ』


「貴方様は悪くありません‼︎

 元はといえば、ガレリア王子のせいではないですか‼︎

 レガリア様の暗殺を画策し、王家までもそれに協力してっ…

 だから、生き延びる為に逃げるしかなかった。

 あの王子は、次期国王として聖女の魔力を欲しただけで、

 キヌ様を愛してなどいなかったのですよ⁉︎ 」


『何もかも、もう遅い…過ぎた過去だ。私は間に合わなかったのだ。

 私は、ただの負け犬の…情けない男だ』


「時代が悪かったのです…

 出会った時期が今なら、お二人の未来は違っていました」


『そうだな…お前は優しいな…』


「……っ、…魔獣は、レガリア国王が万が一必要な時の為に、

 十分の一を残します。

 他は3回に分けて全て放ちます。どうぞ、ご無事で…」



別れの挨拶のように深々と礼をして、

護衛騎士は転移で姿を消した。



大きく息を吐き、レガリア国王は瞼を閉じる。



己れにもっと強い魔力があれば、キヌを守れた。

こんな国…すぐに滅せた。



君と離れてから、国境付近での偶然の再会。

堪らず連れ去って、濃密で幸せな逢瀬を過ごした。

そして、キヌを取り戻しに来たガレリアに軍事侵攻され、

情けない事に私を殺さないのを条件に、

彼女はガレリアに連れ戻された。



その時に言ったキヌの言葉。



“ 私に何かあったら、あの国を滅ぼして ”



それが、最後の約束だった。




ああ…なぜ、私は、こんなにも弱いのだ。


双子でありながら、なぜ、私は魔力なしで生まれてきたのだ。




* * * * * * *




「サトミさん、怪我をしたと聞きました」


「ステラ様、大丈夫です。擦り傷ですから」


「ああ、女性が顔に怪我をするなんて…いけませんよ。

 落ち着いたら治癒します。それより、魔力は大丈夫ですか?

 ずっと立て続けで神聖力を使っているでしょう?鑑定するのでお手を…」


「はい。多分まだ大丈夫だと…」


「……うん…割と消費してますね…何度か大量に使いましたから。

 あと1回で、やめておいた方が安全です」


「え?でも、それじゃあ、足りないんじゃ…」



そして、瘴気の気配がした。

私とステラ様で同時に顔を見合わせる。

外から、レイさんの報告の声が響き渡った。



「グレン団長! 第五波、まもなく来ます‼︎ 」


「トウジさん、転移お願い」


「おう、俺も魔力感じ取ったから転移先は任せなっ!」


「サトミさん、いいですか?神聖力を使うのは、後1回です!」


「はいっ!」




* * * * * * *




「朝露の精霊…だと?」


「どうしたのですか?陛下」


「ヴァニティーナの手紙に、朝露の精霊と友人になったと…」


「は?」


「私も最初は、僻地で暇を持て余して創作小説でも書いているのかと

 思ったのだが、どうも本当らしい。

 そして、初代聖女と双子の王子に何があったのか、詳細に書かれている。

 朝露の精霊は、聖女キヌ殿の神聖力に惹かれ、興味本位で彼らの周りを

 ウロウロしていて知り得たと…好奇心旺盛な精霊のようだな」


「それで、何と書いてあったのですか?」


「最初に聖女キヌ殿と出会ったのは、ガレリア王子ではなく、

 レガリア王子だったそうだ。親しくなり、愛し合ったのもレガリア王子。

 …とある」


「間違えているのかもしれません。双子でしたし…」


「ガレリアが兄で魔力持ち、レガリアが弟で魔力なし。

 王位継承権は、当然兄の方にある。

 双子の兄弟でありながら、この権力差は歴然だ。

 あの時代の貴族は選民思想だったし、王家内でも扱いは兄優先だったろう。

 そして、次期国王として兄のガレリアは、神の力の神聖力を求めた。

 愛し合っている二人を引き裂こうと、何度も邪魔な弟レガリアの暗殺を

 画策し、キヌ殿が王子を守る為に逃したとある…」



まるで、遠い昔の悲恋物語のような内容に、

唖然として宰相も眉を潜めた。



「そんなっ、それでは、文献と真逆ではないですかっ…」


「精霊は嘘をつかぬ。

 どうも隣国だけではなく、我が国の文献も都合よく書き換えて

 おったようだな…さて、続きだが…」




バタバタバタバタ…バタンッ‼︎




「失礼いたします‼︎ 父上!」


「どうした、ウィルアルド。結界のある地下室から出てはいかん。

 まだ終わっていないのだぞ?」


「申し訳ありませんっ!

 ですがっ、火急でお知らせしたいのです!

 セラデュードが先ほど、昼寝の途中で突然飛び起きてっ、

 大泣きしたのですっ…それで、…そ、そのっ…」


「落ち着け、予知夢か?」


「はい、あの…サトミ様が…」


「サトミ殿がどうした?」



「 “死んでしまう” と…」



肩を揺らした国王陛下の手から、

ヴァニティーナの手紙がバサリと滑り落ちた。




* * * * * * *




レガリアの側近の護衛騎士は転移して、

タイミングを見計っていた。


風使いが邪魔だ。

北の団長に近づくのは難しいが、あのガキだけなら…


アレンに狙いを定め、もう一度転移した。



そして転移した先で、アレンがまさに大剣で体を貫かれている場面に、

サトミとトウジは遭遇したのだ。



最初、何が起こっているのか理解できなかった。

そして背中を冷たい汗が伝う。



「こっの、野郎っ‼︎ 」



着地すると同時にトウジが大剣を振るうが、

相手は素早く後退して、一瞬で転移して姿を消した。

アレンは地面に膝を付いて、その場に跪いている。



「アレンくん!」


「くそっ、逃した。あいつ多分レガリアの側近の護衛騎士だ。

 姫さん、少し気配を追ってくる!」


「う、うんっ。気を付けて‼︎ 」


「…ガッ、ハァッ…ゲホゲホッ……うぁ、痛ってぇ~…ゲッホッ…」


「アレンくん、アレンくんっ⁉︎ 大丈夫なの?」


「はぁ~~息止まったぁ…あはははははっ、

 急に現れてさ、反応遅れて見事に刺されちゃった。

 サトミさんの身代わり魔石のお陰で助かったよ、へへっ…」


「…っ、……」


「え?サトミさん?……どうしたの?俺は大丈夫だって…」


「…うん、…分かって、る…」


「………………」



私はアレンくんにしがみ付いて、両腕で強く抱え込んだ。

アレンくんも遠慮がちに、私を慰めるように背中を撫でる。


手が…震えている。


身代わり魔石があったから彼は助かったが、

本当は一度死んだのだ。



「待ちやがれっ!コソコソしやがって‼︎ 」


「ふん、裏切り者が。私に勝てると思っているのか?」


「やってみなけりゃ、わかんねーよ」


「だったら、これも止めてみろ」



護衛騎士は、マントを翻し騎士服の前を開いた。

体の真ん中に黒い空洞があり、そこに目を奪われる。

そして瞬く間に、黒い霧を纏いながら大量の魔獣がそこから放出された。   

風と熱と瘴気を纏って、雪崩のように次々躍り出てくる。



「なんっ…‼︎」



トウジは、風魔法で正面から襲いくる魔獣を弾くが、

あまりの数に対応できなくなる。



「チッ…卑怯者がっ、物量戦かよ‼︎ 」



トウジは転移し、一度サトミの元へ戻った。

助かったとはいえ、即死する致命傷を受けたアレンを一時的に休ませる為、

野営テントへ運んで待機させ、代わりの身代わり魔石を手渡した。


そして、第五波を収める為にサトミは神聖力を放った。



“ 神聖力を使うのは、後1回です ”



ステラ様の言葉が頭を過ぎる。

これが最後じゃ、足りない…

レガリアの護衛騎士を取り逃してしまった。


そして、第五波の魔獣の始末が終わらぬうちに、

瘴気を探知した、レイが声を上げようとしたのも間に合わず、

第六波の魔獣の群れが押し寄せてきたのだ。 




* * * * * * *




「…クソッ、団長すみません、遅れました。第六波来ます!」


「落ち着け、大丈夫だ。

 畳み掛けて来ているということは、向こうも余裕がない証拠。

 もう少しの辛抱だ。

 怪我人は後方に下がり、手当てが必要な者は野営テントへ退避!

 他は元の配置に戻れ!  

 レイ、王宮騎士団に増援の伝令鳥を頼む」


「はいっ!」



回を追うごとに多くなる、魔獣の群れ。

あとどれ位、彼らは魔獣を保有しているのか…


真っ黒に染まる空を茫然と見上げる。



ドクン…



大きく鼓動する心臓。

ああ…私の魔力、持つだろうか…

もう一度、神聖力で浄化できるだろうか。



「トウジさん…魔獣の一番固まっている場所へ転移できる?」


「ああ、行くぞっ」



まだ、大丈夫。


まだ、魔力は枯渇していない。


お願い、持って…お願い…



そして、転移した近くにいる、第10騎士団の新人部隊が、

苦戦しているのが目に入った。



「トウジさん、あそこの新人騎士達が苦戦してるから参戦してあげて!」


「だけど、姫さんが無防備になるだろ?」


「大丈夫、そんなに離れてないし、

 私は神聖力を打ち込むだけだから。お願い…」


「…分かった。姫さんの周りも警戒しながら手伝ってくるよ」



私は祈るように、

神聖力の矢を空と大地に打ち込んだ。


こんなに膨大な神聖力を6回も連続で使ったのは初めてだった。

だから、加減がわかっていなかった。



そして──ステラ様の鑑定は、正しかったのだ。



大きな光の柱を見届けた後、

グラリと視界が歪んで、すぐ目の前に地面が迫って来ていた。

私は咄嗟に片膝と手をつき、倒れる寸前だったのだ。




嘘…これ………


目眩と視力低下…魔力切れの…


そんな、まだ…まだ神聖力が必要なのにっ‼︎




「流石に最強の聖女も、あれだけ連続して魔力を消費してしまえば、

 そろそろ限界なのでしょう?

 可哀想に…苦しそうですね。顔色が真っ青ですよ」


───…誰?


「ああ、あなたは本当にキヌ様に似ている。

 ここまで守り抜いた、あなたの献身に敬意を表します。 

 あなたに恨みはありませんが、長年の目的を果たす為に、

 我々も死に物狂いなのです。

 申し訳ありませんが、レガリア国王の為に、ここで死んでください」


────敵?


ぼやけてる視界の中で、大剣を振り上げている人物を認識する。

私は長剣を引き抜き、刃を受け止めた。



ガッキィンッ‼︎



「ほう、やりますね、剣術も嗜むのですか…」


「姫さん‼︎」


「チッ…まあいい。これで最後です。さようなら、聖女サトミ殿」



────再び大量の瘴気の気配がした。



「やめてっ‼︎」


「姫さん、伏せろ!

 グレン団長!第七波くるぞっ‼︎」



恐ろしいほどの大量の瘴気が溢れて、それだけで窒息しそうだった。


圧倒的な魔獣の多勢に無勢。




第七波────────




もう、もう、やめて……やめて‼︎




トウジが周辺の魔獣を風で遠ざけ、サトミを守っているが、

ぼやけた視界に、黒い物が空と大地をみるみる埋め尽くしていく。

土煙を上げ、重い足音を響かせながら蹂躙して行く魔獣の群れ。

その光景に声も出せずに、指先から冷えていくのを感じながら、

サトミは絶望していた。


レガリア護衛騎士は、その前で不適な笑顔で声を上げて笑っている。

そして、満足げな顔から一転、苦しげな声を上げ、

首をおさえて体を硬直させる。



「やっと捕まえたぞ…元凶」


「ぐっ……ははははっ、これはこれは光栄です。

 北の最強騎士、グレン団長ではないですか」


「アレンが世話になったな」


「ああ、さっきの風魔法のガキですか。彼は残念でしたね」


「そうだな、残念ながら彼は無傷で生きている」


「何を戯けた事を…確かに胴体を貫いた手応えがありましたが?」


「サトミが皆に持たせている、死を一度だけ肩代わりする魔石のおかげだ」


「なん、だとっ、そんなっ…そんな物をっ…クソッ‼︎」


「彼だけじゃない。我々全員所持している」


「……っ、…ふっ、はははははっ、…こんな話をしている暇があるのですか?

 ほら、魔獣が他の地域にもどんどん進行してますよ。

 そして頼みの綱の聖女はもう魔力が枯渇している。

 早く討伐しないと危ないのでは?」


「ああ、そうだな。

 では、お前を先に始末しよう。せいぜい苦しめ」


「……っ、‼︎…」



グレンは、念動力(サイコキネシス)で、護衛騎士の首をギリギリと締めていく。

涼しげなアイスシルバーの瞳の奥は、烈火のごとく激昂していた。



「ガッハッ……私はっ、もう目的は果たした!心残りなどないっ!

 いくら精鋭部隊でも、あの量の魔獣を騎士だけで討伐するのは不可能だっ、

 あの汚らわしい王家と共に、無様にっ、生き汚く、最後まで足掻くがいいっ‼︎

 レガリア王子とキヌ様の無念を思い知り、憎悪と怨嗟の声を聞くがいい‼︎

 …グガァッ、ガアアアアアアッ…─ッ、……─…」


「我々は必ず勝つ。地獄で指を咥えて見ていろ、負け犬風情が」



…ギチギチギチ…ゴキッ‼︎  ………ドサリッ…バサッ……



鈍い音と共に、ドサリと地面に落ちる護衛騎士の体。

私のぼやけている視界に、トウジさんが手を当てて遮ってくれる。



「見るな、姫さん」


「大丈夫…殆ど見えてない。彼は…死んだの?」


「ああ、グレン団長が始末した」



これで元凶は、あと一人。あのレガリア国王。


何だろう…魔獣を討伐した時と全然違う。

爽快感も喜びもない。

敵意を向けている相手が、人間だからだろうか。


やればやるほど、心に重い鈍痛が広がり痛みが深くなる。

体が浮遊しているような、割り切れない不快感。


彼らに、私は何の恨みもない。

攻撃してこなければ、殺したくなどない。


でも、やめてくれないのなら──そうするしかない。


私が、父親を手に掛けた時のように。


ああ、視界がグラついて…気持ち…悪い…



「団長、姫さんは魔力切れだ」


「分かった。サトミを野営テントへ。ここは魔獣だらけで危ない」


「ああ、分かった」



意識が朦朧としたまま、トウジさんに抱き抱えられ、

私は野営テントに連れて行かれた。



「サトミさん!」


「ステラ様…」


「あなたって人は…やはり言うことを聞きませんでしたね」


「…すみません」


「気持ち悪いでしょう?すぐ眠らせます」


「いいえ!大丈夫です。みんなが戦っているのにっ、私だけ嫌ですっ…」


「辛くはないですか?」


「はい…大丈夫です。だから、このままにしておいてください」


「……分かりました。ですが、安静にしておいてください。

 目もあまり見えていないのでしょう?」


「はい…」


「トウジさん、サトミさんの側についててください。

 この方が、また無理をしないように、しっかり見張って……」


「おい、怪我人だ!手当て頼む‼︎ 」


「お、ナンバー3じゃん。俺がやる、こっちだ!」



野営テントに何人か負傷者が運び込まれて来た。

この声は、サイラスさんだ。

そして、そっと肩に触れる大きな手。



「サトミちゃん、大丈夫か?」


「うん、…ごめんなさい。私、もう神聖力が…」


「気にすんな。後は俺たちに任せな。ここまで良くやってくれた。

 これだけの規模で、死者が一人もいないんだぜ?

 それより、ひでぇ顔色してるぞ。ゆっくりしてな」


「うん…」


「では、私は行きます。サトミさん安静にしてくださいよ?」


「俺も戻る。赤頭、サトミちゃんしっかり守れよ⁉︎」


「わーてるよ!」


「ステラ様、サイラスさん、気をつけて!」


「おう、任せとけ!」



こんな最終局面で、神聖力が枯渇するなんて…

相手の戦略通りになってしまった。


魔獣の咆哮、騎士団の怒号。

野営テントにいると様々な音が聞こえてきて、落ち着かない。


まだ死者は出ていないが…これがずっと続けば…


この瘴気の量…離れていても具合が悪くなってくる。

感じる量からして、北の辺境だけじゃなく、

他の地域にも魔獣が散らばって行ってるはず…


バサリと音がして、誰かが野営テントに入ってくる。



「サトミ、大丈夫か?」


「グレンさん!」


「目が…見えていないな?」


「ぼやけてるだけ。遠いところから参戦してもいい?

 魔力がなくても、弓矢や長剣で応戦できるからっ…」


「駄目だ、休んでいろサトミ」


「だけどっ…」


「サトミ‼︎ 」


「…っ、‼︎…」


「怒鳴って…すまない。

 だが、君はもう休め。これ以上は命に関わるだろう?」


「…………」


「信じてくれ。俺は死なないし、俺たちは必ず勝つ。

 死者もなく、ここまで戦えたのは君のおかげだ。ありがとう」


「…う…ん……」



一緒に戦えないのが悔しくて、私は拳を握りしめて俯いた。


グラグラする視界の中で、グレンさんが両手で私の頬を包み込む。

剣ダコが出来ているゴツゴツした温かくて大きな掌。


顔が自然に上を向き、アイスシルバーの瞳と目があっている気がした。

そして顔が近づき、震える私の唇に優しい口付けを落とす。


私は、フッと肩の力が抜けて、

グレンさんに縋り付くように抱きついた。



「必ず生きて帰る。だから、待っていてくれ」


「……う、ん…」


「豊穣祭、一緒に行く約束だろ?」


「ふふっ、うん…」



ずっと命がけで魔獣と戦って来た、

愛しい人の逞しくて大きな体の感触と体温を感じながら、

長い腕で包み込むように強く抱きしめられる。

私を安心させる為か、何度も優しく背中を撫でてくれている。



そして、グレンは優しく微笑んで、マントを翻し、

野営テントを後にした。




* * * * * * *




「…姫さん、本気で言ってる?」


「私の神聖力が枯渇して使えなかったから、

 魔獣が国内全土に広がって行っているでしょ?

 伝令鳥じゃ間に合わないし、トウジさんの転移の方が早いもの。

 王宮と東西南の辺境騎士団に、魔獣が向かってるって知らせて。

 あとこっちでやっていた、魔獣の効率的な始末の仕方も伝えて、

 少しでも被害を最小限にしたいの」


「だけど…俺は姫さんの護衛を任されている」


「私に忠誠を誓ったのなら従って。あなたにしか頼めないの。

 私は動けないし、ここにいる。トウジさんが護衛する必要はない」


「…俺は、そろそろ転移の魔力が限界に近づいてる。

 ここから離れて伝達に飛んだら、多分すぐ姫さんの元に戻れねぇ…」


「うん、馬で帰る事になるから、転移より時間がかかっちゃうね」


「なあ、姫さん」


「うん」


「また、会えるよな?」


「うん、勿論」


「………………」


「トウジさん?」



彼の表情は見えないが、いつもと違う軽薄な雰囲気ではなかった。

不安そうにしているのが伝わってくる。

腕を掴んで引き寄せて力強く抱きしめ、背中を優しくパンパンと叩く。



「死ぬなよ」


「うん。トウジさんも気をつけて。伝達、お願いね」


「ああ、じゃあ…行ってくる」



私は笑顔で見送った。

彼は勘が鋭い。

この時、止められない私の決意を感じ取っていたのだろう。




私がやらなくては───。




腰にぶら下げている巾着から、

水晶玉を取り出して、手で包み込む。



お願い…力を貸して…



返事をするようにキラリと光り、水晶は私の手に吸収され消えて無くなる。

それと同時に身体中が温かくなり、魔力が戻ってくる感覚がした。

そして、視界もクリアになる。



これで…まだ戦える。


でも多分、これが最後だ。



私は野営テントから足を踏み出して、真っ黒な空を見上げた。

そして、大きく息を吸い愛馬の名を呼ぶ。




「ユキ!来い‼︎ 」



「………ブルルルルッ…ヒーンッ…」




白い愛馬が嘶き応え、グレーの鬣を靡かせて真っ直ぐ走ってくる。

私を信頼して従ってくれる、

この真っ白な美しい生き物の健気な姿に胸が熱くなる。


私は弓と矢を持って、走り寄ってきた愛馬のユキの首を優しく撫でて、

ユキの鼻先に口付けを落とし、白い愛馬に跨った。


そして、戦闘中の騎士団員達を避けながら、

中央陣営を目指し走り出した。


魔獣に囲まれて抗戦している騎士団員たち。

空と大地を埋め尽さんばかりの魔獣。



ああ…もう…これは…



いくら魔力が復活したからといって…

全てを捌き切れるだろうか。



「ユキ、危険な目に合わせてごめんね。

 私を降したら、すぐ逃げるのよ?いいわね?」



ブルルッと少しこちらを顔を傾けて、返事をする。

それは、イエスなのかノーなのか…


まるでスローモーションのように、

周りの景色が、通り過ぎていく。




私がやらなくては───。




ユキの真っ白い首が躍動し、グレーの鬣が美しく靡いている。


自分の心臓の音と、ユキの息遣いと、土を蹴る蹄の音しか、

私には聞こえない。




ドクン、ドクン…




陣営の中央が───見えてきた。



ああ…みんな…もう…疲弊している。

あんなに強い北の辺境の騎士団が…こんな…

こんな状態になるなんて……


サイラスさんが、魔獣に囲まれて苦戦しているのが目に入る。

長剣を引き抜き、馬上から周りの魔獣を薙ぎ払う。


私の方に顔を向けたサイラスさんに、

少しだけ微笑んで頷き、そのまま馬を走らせ突き進む。




「なん…で、ここに居るんだ……サトミちゃん!おいっ‼︎ 」




なんだ…あの表情は…どこかで、見たことある。


死を……覚悟した戦士の顔だ。




「赤頭はどこだ⁉︎ おいっ!」


「サイラス補佐、どうしたんですか?」


「アレン、サトミちゃんが、向こうに…中央に向かって行った」


「え…中央って、一番魔獣がいる場所じゃ…」


「あの顔は…死ぬつもりだ…」


「…っ、…そんっ…」


「くそっ、トウジは何処に行きやがった!

 サトミちゃんを守るように言っただろうがっ‼︎ 」









 怖  い









決心したはずなのに…

後悔したくないから、覚悟は出来ていたはずなのに…






私がやらなくては、いけないんだ───。





着いた…ここが中央だ。一番過酷な魔獣の密集地。



向こうで、グレンさんが戦っている。

気丈にしているが、彼の顔にも疲れが見えている。



「ユキ、ありがとう。ここでいい。さ、おいき」



私が降りて手綱を離すと、ブルルルルッと首を振り、

くるりと体を旋回して戻ってくる。

そして、その場で足を畳んでプイッと何処かを向いて座ってしまった。


私が何をするのか、分かっているのか…

最後まで共にしてくれる覚悟のようだった。



「…側に、いてくれるの?」


「ブフゥッ!ブルルッ‼︎ 」


「ありが、とう…」



目を閉じて深呼吸して、矢を引き弓を構える。

ギィィ…と、聞き慣れた弓の鳴らす音。




私がやらなくては───。




空を仰ぎ見て私は祈る。


お願い。この世界の神様。




あなたがこの世界に私を呼んだでしょう?


だから、一度くらい力を貸してよ。




私は、どうなってもいい…


この命をもって、前の世界の罪を償うから。





明日が来て、朝をみんなが生きて迎えられるように。




みんなを  あの人を  守って





魔獣達で覆い尽くされ、黒く染まった空と大地。

この数は、いくら精鋭部隊でも討伐は不可能に近い…




でも…みんな戦ってる…


死が頭をよぎる状況にも関わらず、諦めていない。


その高潔さを、勇敢さを、どうして無視できようか。


だから、私も戦う。





最 後 ま で





「サトミ⁉︎ …なぜ、ここにいる? テントに戻れ!

 何やってる⁉︎ サトミッ!」




グレンさんが、私に気付いて声を荒げる。




ごめん。

ごめんね、グレンさん…

でも、やらなきゃいけないの。



私は、彼と目を合わせて微笑んだ。



私の覚悟を感じ取ったのか、アイスシルバーの美しい目を見開いて、

マントを翻して、こちらに走ってくる。






これは、私がやらなきゃいけないの。


罪を───償わなきゃいけないの。






そして、


全ての魔力を込めて、


空に向け、矢を放った──────








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