水の都
「川に…囲まれている」
「すっごいですねぇ、緑も豊で…砂漠村と正反対ですぅ」
「川は村をぐるっと囲うように出来ています。
更にそこから中心街に向かって、放射状にいく筋もの細い川が
繋がっています。山脈から流れ出てくる豊かな水が川になり、
それを誘導して作られた人工的な川です。
ここの村民の移動と輸送手段は、主に船になってますね」
「人工的に作られた村なんですね。
橋ごとに大きな門があるのは?セオドア様」
「敵襲を事前に防ぐためです。
そのお陰で魔獣の来襲も最小限にできました。
ここは、それを想定して実験的に作られたんです。
そして、上手くいったのでそのまま発展させました」
「防御に重きを置いたんだ?」
「ええ、そういう設計の元作られた村です。
なので、衛兵が一番少ないのですよ。傭兵も魔獣討伐が必要な時しか
雇いません。ただ、成功した村形成ではありますが、
誘導できる大量の水が必要なので、他の土地では実現が難しいのです」
「なるほど〜」
圧巻の景色。川がキラキラして美しい村。水の都って感じ。
私の世界で言うダムみたいな、水流を調整する水門もあちこちにあり、
空撮したら、きっと綺麗な街並みを見れるだろう。
私たち一行以外は、馬や馬車を使っている人は確かに少ない。
荷物を運んでいる人も、手押し車を押して勿論徒歩だった。
船の移動手段があるから歩きで事足りるのだ。
何だか私たちの馬車が、道を占拠してしまい申し訳ない気持ちになる。
中心街に着くと、大きなお城がそびえ立っていて領主が出迎えてくれた。
そのお城も川に囲まれ、湖に浮かんでいるような美しさ。
そして、1階の真ん中部分はトンネルになっていて川が流れ、
直接船でお城に出入りできる仕組みになっている。
「ようこそ、いらしゃいました。お待ちしておりました。
領主を務めております。アスリエ・ブランシャルと申します」
この方も王族の遠縁だそうだ。
薄い金髪に碧眼の垂れ目。やはり面差しが国王陛下に似てる。
王族は先祖代々、この金髪碧眼が美しいとこだわりがあり、
その外見を持つ人達ばかり娶っていたお陰で、金髪碧眼の遺伝子が強いらしい。
じゃあ私ダメじゃんと思ったが、もう今はそんな時代ではないそうだ。
この村は船移動のせいか、みんな軽装だ。
麻の布地でストンとしたワンピースの下に、
足首が見える少し緩いレギンスを履いて、素足にサンダルだった。
各自思い思いの服飾を着けて個性を出している。
マフラーというか、大きめの派手なスカーフや、
この土地でよく採掘される鉱石、真っ青なカイト石を
アクセサリーに取り入れている人が多い。見かけはトルコ石っぽい。
ここではお城に招かれて、そのまま宿泊になる。
久しぶりの大きな部屋で、やはり宿とは作りが違うなぁと感心していたら、
コンコンとノックされる。
荷物を隣の部屋に置きにいった、エリカさんかな?
特に今日はお世話は必要ないのに…と考えながら、
返事をしてドアを開けると、ステラ様とセオドア様だった。
「あれ?どうしたんですか?二人揃って…あっ、説教ですか?」
「はははっ、違いますよ。まあ、言いたいことはありますけど、
少しお邪魔しても?」
「はい。どうぞ」
話というのは、明日の土地浄化の件と、
次の村でこの遠征は終わりなので、その後のスケジュールの事だった。
そして、どうやら、ゆっくりは出来なそうだった。
仕方ないとはいえ、また登城して報告義務があるらしい。
それに私も同行するようにと。
そして、王家主催で遠征祝賀会が開かれるので出席すること。
その前に、公式の表彰式があって、遠征の褒賞と飛竜撃ち落とした件で
また勲章を授与されるそうだ。もう、いらないよぉ。
「嫌そうな顔してますが、臣下として出席していただきますからね?
サトミ様?」
「はぁーい、セオドア様、分かってまーす」
隣で資料を見ていたステラ様が、それをこちらに向ける。
覗き込むと、この村の地図だった。恐らく今回の浄化地だろう。
その場所を指差しながらステラ様は口を開く。
「明日の浄化の場所です。見てお分かりだと思いますが、
今回は川なんです」
「…川?」
「ええ、川の中に巨大な魔魚が出現して、それを討伐したんですが、
その部分だけ瘴気が残ってしまい、川の水が真っ黒に汚染されました。
他に流れ出ないよう、その部分だけ今現在水門を閉めているのです。
ですが、船が通れない為、輸送に利用出来ず困っているそうです」
「そうなんですね。分かりました。治癒が必要な人は?」
「一人だけですね。その魔魚を討伐した騎士です。
右腕を中心に上半身に、瘴気に浴びてしまったそうです」
「分かりました」
「魔力出力量も大分調整可能になってきましたね。
出力の出口も太くなりましたし、体にも魔力が馴染んできている。
これなら体にも無理な負担は、掛からなくなっているでしょう。
サトミ様は物覚えがいいので教え甲斐があります」
「ステラ様のお陰ですよ」
「またまたご謙遜を。
ああ、もし、お疲れでなければ、これから記録魔法の保存をしますか?」
「はい、お願いします」
川か…やったことないけど、いつものやり方で有効なのかな。
水魔法も使った方がいいだろうか。
消え始めている、前の世界の記憶を残しておく為の
記録魔法を施して貰いながら私は考えていた。
瘴気って本当に厄介だ。
土に瘴気の汚れが残って消えないのは分かっていたけど、水にも残るのか…
騎士団員は、魔獣討伐に慣れているけど、
魔獣に噛まれたり、引っ掻かれたりしても怪我だけですむが、
魔獣にとどめを刺し損ねて傷を負わせると、その傷口から瘴気が噴き出し、
返り血のように浴びて、瘴気の毒素に犯されてしまうのだ。
特に魔力なしの人は抵抗力がなく、魔力有りの人より早く進行する。
そう考えると、一撃で絶命させる北の騎士団員は本当に優秀なんだ。
怪我はあったものの、今まで瘴気にやられた人いなかったもの。
聖女がいない時は、瘴気に犯されながら、治癒を施して進行を遅らせ、
そして、座して死を待つしかなかった不治の病だったそうだ。
一人の魔力に依存する危険性、異世界人の聖女の人権侵害を問題視し、
人為的に召喚しない選択をしたガレリアは、この不治の病を恐れた
一部の貴族から、聖女召喚すべきと声も上がっていたという。
そして、私が予想外にこの世界に現れた。
日本風に言うと、まさに棚から牡丹餅の存在なのだ。
* * * * * * *
「本当に…真っ黒ですね」
綺麗な景色の中の川にそぐわない、一角の真っ暗な川の水。
墨を流し込んだような黒い水。
「これは、酷いですね…」
「なんだ、この濃い瘴気は」
ステラ様とレイさんも眉をしかめる。
みんな近寄りたくないという感じだった。
川だけでなく、周辺の花々も枯れ、堰き止めている水門も黒く染まっていた。
私が近づくとユラリと黒い水面が動く。
これ…微量だけど…まだ水中に居る?早く浄化した方がいいかも。
「浄化します。少し光りますので、皆さん後ろに下がってください」
ギリギリと弓を構えて水面に向ける。
バシャバシャと水面が暴れ出し、細くて長い黒い蛇が飛び出してきた。
みんなの悲鳴が上がる中、冷静にその蛇に向かって矢を放つ。
ギェエエエエエエッ‼︎
「なっ、ま、まだ居たのか⁉︎」
光り輝いてボロボロ崩れて、黒い煙になって消えた蛇。
すぐに次の矢を引き水面に向かって放つ。
真っ直ぐ水中に矢が吸い込まれ、しばらく何もなかったが、
パアッと水底から輝き出し、円を描くように黒色は消滅していき、
そのまま上空へ光の柱が突き抜けて行く。
後は、いつもの金色のキラキラが雪のように舞い落ちてくる。
わああああっ!
歓声が上がり、川は美しさを取り戻し、花々は咲き誇り、水門も元に戻った。
少し予想外で焦ったけど、上手くいって良かった。
「大丈夫でしたか?サトミさん」
「はい。ステラ様。なんか気配は感じていたので」
「なんて事だ…私とレイ副団長でも探知できませんでした…
まだ居たなんて…申し訳ありません」
「俺も探知できなかった。
低級で死にかけだったんだ。なんとか生き延びていたが、
サトミさんの気配を察知して、最後の抵抗だったんだろう」
「大丈夫です。結果上手く行きましたもの。
少し可哀想でしたけど容赦しませんでした」
「はははっ、流石です」
「聖女様、ありがとうございます!これで水門を開けます」
「では、怪我している騎士の方の所への案内をお願いできますか?」
* * * * * * *
お城の一室に案内されると、ローブ姿でフードを深く被った男性が
ソファに座っていた。こちらを認識してスッと立ち上がり礼を取る。
その立ち振る舞いで騎士だと分かる。
「こちら今回治癒していただく、騎士のブルー・バルダです。
ブルー、こちらは聖女サトミ様です」
「初めまして、よろしくお願いいたします。聖女様」
「こちらこそ、よろしくお願いします。
早速治癒してよろしいでしょうか?」
「はい、フードを取ると少しお見苦しいですが…失礼します」
明るい金髪のような茶髪と青い瞳の男性。
右腕から瘴気を浴びたと聞いていたが、右側の半分以上の顔が黒く変色していた。
せっかくの整った顔が台無しだ…。
「では、始めます。もし、お辛かったらお声がけください」
「はい、お願いします」
肩に触れて、神聖力を流す。
フワッと金色の光に包まれ、騎士の髪を揺らしてキラキラ舞う。
彼は目を瞬かせて、私を羨望の眼差しで見ていた。
「消えました。お体は大丈夫ですか?」
「は、はいっ!痛みが消えました!ありがとうございます!」
「お顔も綺麗に消えました。村の皆を守った名誉の負傷です。
勇敢なブルー騎士に敬意を」
「は、はいっ、勿体無いお言葉ありがとうございます。光栄です。
あ、…あの…」
「はい?何か」
「図々しいお願いとは思いますが、お顔は拝見できませんか?」
「あ、…それは…」
「申し訳ありません。聖女様は素顔を不特定多数に晒すのは、
彼女の私生活安全確保の為、国王陛下の命で許されていないのです」
「そうなん、ですね…失礼いたしました…」
すかさず、セオドア様が助け舟を出す。
何だろう…やっぱり弱っている時に、優しくされたり、助けられたりすると、
入院患者さんが、看護師さんを好きになるのと同じ現象なのだろうか。
「あの、せめてお礼をさせていただけないですか?
腕もそうなんですが顔があんな風になって、本当に絶望していたのです」
「ではブルー、村の観光案内でも差し上げたらどうだろう?」
「そ、そうですね、領主様。あの私がご案内させていただいて
よろしいでしょうか?」
「ええ、それ位なら構いませんよ。いいですか?サトミ様」
「はい、ではよろしくお願いします」
「はいっ!」
まあ、感謝の気持ちなのだから素直に受け取ろう。
なんかグレンさんが治癒終わった後、いつもより強く手を握られたけど、
やっぱ嫉妬してるのかな。
* * * * * * *
浄化も治癒も終わった後日、
私とエリカさん、護衛としてのグレンさん、
そして、案内役のブルーさんとで村の観光に出かけた。
セオドア様とステラ様は領主様と話があり、彼らは別日に観光するらしい。
早速この村の移動手段の船に乗り、村をぐるっと回って見せてもらった。
船は魔石を動力に動いており、一定の速度でゆっくり進んで行く。
良く整備された村で何処も絵画のように美しい。
気持ちいい風に吹かれながら、私は橋の下を通るたびに橋の上から
手を振ってくれる人たちに振り返したりして、乗船観光を楽しんでいた。
時々乗合いの船だと思って、村の人が乗せてくれと手を上げるが、
その度にブルー様が聖女様の観光案内中だからと断ってくれていた。
そして彼の顔を見て皆驚き、治って良かったねぇと彼を労い、
治癒と水路の件で、私に対しても感謝してくれた。
そして、何かしらプレゼントしてくれて、船の中はそれでいっぱいになった。
「美しい村ですねぇ」
「うん。緑も水も豊かで気候もいいし、凄く恵まれているね」
人工的に作られた村だけど、ちゃんと自然に馴染んでいる。
農作物や畜産、工房、住居、市場、食堂など、みんな区間分けされていて、
暮らしやすい環境のおかげなのか、子供も多く活気がある。
ちょうど学校の前を通った時に、沢山の子供たちが手を振ってくれた。
「そろそろ、お昼にしましょうか?サトミ様、何か苦手な食材はありますか?」
「いいえ、特にないです。基本何でも食べます」
「そうですか。では、沢山の具材が食べられるピザなんてどうでしょうか?」
「えっ、ピザ?丸くて薄い生地の上に素材が沢山のってるのですか?」
「ええ、そうです。凄いですね、サトミ様ご存知なのですか?」
「はい、大好きです」
「それは良かった。では、一番評判のいい店にご案内します」
嬉しい、この世界にもあるんだ。
カロリー高いから、時々ご褒美に食べていた私の大好物である。
騎士食堂でもメニューで出したかったんだけど、生地作れなくて断念したんだ。
グレンさんは護衛という立場で同行した為、あまり会話に参加してこなかった。
常に周りに気を配り警戒して、護衛に徹してくれていた。
私は少し寂しくて、彼の手をそっと握ると、優しく大丈夫だよと笑ってくれた。
「あの…お二人は親しいのですね」
「はい、婚約してます」
「そう、なんですね。それは…おめでとうございます」
「ありがとうございます」
この騎士は、多分私に対して好感を持っている。
でもそれは助けてくれた女性への感謝と羨望を履き違えた
思い違いみたいなものだ。
これ以上、私とグレンさんの関係に踏み込んで来るのは、やめて欲しかった。
だから、私ははっきりと言った。
少し寂しそうな顔をしたブルー騎士には申し訳なかったけど、
私はグレンさんだけでいいのだ。
* * * * * * *
「どうしました?ステラ師団長。観光行かないんですか?」
「え?ああ、はい。今行きます」
「それ、サトミ様の記憶魔石の保存してるケースですよね?」
「ええ、プライベートな事なので、なるべく触れない様にしていたんですが…
仕舞う時に少し見えてしまって…」
「そうですか。それで、なぜそんな顔をしているんですか?」
「見えたのが、あまりいい記憶ではなかったのです…
サトミさんの国は平和だと聞いていたので、彼女の家庭環境に…
驚いてしまって…」
「家庭環境?」
「…彼女は深く他人を思いやるのに、その反面、なぜ自分を大事にしないのか、
少し、分かった気がします」
「………それ以上、踏み込まない方がよろしいのでは?」
「そうですね。過去のことは変えられません。でも、心の傷として残り続け、
今の彼女の人格形成に、影響を与えているのも事実です」
「何らかのキッカケがあれば、魔力暴走する可能性があるっていう事ですか?」
「いいえ、それは大丈夫でしょう。心配しているのは逆の方です」
「逆とは?」
「そうなった時、彼女は迷わず “自死” を選ぶでしょう」
「は?なぜです?」
「償い、あるいは、戒め、ですかね…」
「……………」
「さ、観光行きましょうか?」
「何か気になる言い方して、止めるの酷くないですか?」
「サトミさんから許可が出たら、お話ししますよ。さ、行きましょう」




