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巽日記、  作者: 庚午澪
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3/34

下着の洗濯/伸びるティーシャツ

 実家に帰った羽衣は、道中梅雨の不安定な雨に降られて全身濡れてしまった。

「お帰り。傘持ってけって言ったろ……って、羽衣姉か。ずぶ濡れじゃん」

 梅雨時期だから折りたたみ傘でも持ってくよう、朝注意した兄が帰って来たと涼火は思い、玄関までやってきたが予想が外れた。

「大丈夫だと思ったのにな~」

 そう零して困り顔を浮かべる。

 俯いた拍子に濡れた前髪が垂れ、手櫛で横へ流して妹の涼火と違い優しい目元を出す。

「大概思ったは失敗するんだけど。はい、とりあえずタオル」

「ありがと」

 手に持っていたタオルを、全身雨に濡れた姉の羽衣に渡す。

 洋服はもれなく肌に張りつき、長くキレイな髪の先からも雫をしたたらせている。

「シャワー浴びよっと」

 そう呟き、着替えを持って浴室に向かう。

 入れ違いに玄関の扉が再び開き、今度は全身ずぶ濡れになった朝月が帰宅した。

 兄の姿にジト目を送った涼火は低い声で呟く。

「傘~」

「悪かったよ。涼火ちゃんが正しかったで……はふぇっ、くしゅっ!」

 くしゃみをした彼は、スクールバッグを上がり框に投げだす。

 濡れた靴下を脱いで手に下げ、真っ直ぐに浴室へ足を運ぶ。

「あ、兄貴。今羽衣姉が……!」

 言いかけるが、兄の行動の方が早くて止める暇もなかった。

 脱衣所の引き戸を開けると、当然ながら一糸まとわぬ姉がいて。

「ごめん!」

 咄嗟に閉めた朝月。

 だったが、向こうから引き戸が開けられようとして抵抗するも、隙間から滑らかな腕が伸ばされた。

「一緒にーー」

「入らない!!」

 姉の言葉を断ち切る様に叫び、女性らしくキレイな羽衣の腕を押し戻し、顔を朱から青色に変えて扉を押さえつける。

「一緒にシャワー浴びようよ? 洗いっこしない?」

「しないっ!」

「後ろでも前でも、お姉ちゃんのおっぱいで洗ってあげるよ?」

「洗ってくれなくていい!」

 開けようとする姉に対抗して、髪から水滴を垂らしながら、必死に押さえ込んで抵抗した。

「早くお風呂入らないと風邪ひいちゃうよ」

「だったら、姉さん早くシャワー浴びて!」

 心配する声と怒鳴り声。

 既視感というかいつものやり取りに、涼火は半眼になりながら朝月の頭にタオルをかぶせる。

「羽衣姉、諦めろ。母さんに言うぞ」

「……」

 親に報告するという一言で、ガタガタしていた扉が大人しくなる。

「兄貴。とりあえず部屋で着替えて来たら? カフェオレでいい?」

「うん。そうする。ありがとう」

 朝月は妹の提案に頷くと、タオルで頭を拭きながら自分の部屋に向かう。

 彼は大人っぽくなるために飲み物をコーヒーにしてみたものの、苦くて飲めず、身長を伸ばすためと理由をつけて牛乳を入れたカフェオレを飲むようにしていた。

 妹的には無理して飲んでいる姿が、逆に子供っぽく見えてしまっていると感じる。

 それに牛乳や麦茶、野菜ジュースを飲んでいる方がずっと朝月らしい。

 やかんに水を入れて火にかけ、マグカップを取り出してインスタントコーヒーの粉末をスプーンで入れる。

 お湯が沸くのを待っていると、リビングにシャワーから上がった姉の声が聞こえた。

「あぁ、あたしの身体から、あーくんと同じシャンプーの匂いがする」

 自身の身体を抱きかかえた変態発言を聞き流し、とりあえず着替えるために部屋に引っ込んだ兄に声をかける。

 リビングの扉から上半身だけ乗り出し、廊下から大きな声で呼ぶ。

「兄貴ー、羽衣姉が出たぞー。リビングで羽衣姉足止めしとくから、先にシャワー浴びなよー!」

 呼びかけにすぐ返事があり、濡れた制服などを持った朝月は脱衣所に駆け込んだ。

 ちゃんとお風呂に行ったのを確認して振り向くと、目についた姉の姿に呆れた眼差しを送る。

「羽衣姉、それ……」

 タオルとドライヤーを手にした彼女は、特に胸がキツそうなティーシャツに着替えていた。

 シャワーを浴びて血色が良くなり艶めかしさを漂わすが、身に着けているティーシャツが全て台無しにしている。

「どうなっても知らないからな」

 やかんが高く鳴ったので一度火を止め、妹は洗濯機を回しに向かう。

「入るぞー」

 声をかけて脱衣所に踏み入れ、姉と兄の濡れた衣類を洗濯機に突っ込み、洗剤を入れて柔軟剤をセットしてスタートボタンを押す。

 低い唸りを上げて動き出し、後ろ手に引き戸を閉めてリビングに戻る。

「羽衣姉の服、兄貴のと一緒に回してきたから」

「ありがと。涼火ちゃん」

 乾燥までするので、たぶん遅くならずに帰れるはすだ。

 母親が部屋干しは出来る限りしたくないと奮発したが、予想外に電気代がかかるそうでピンチでない限り、乾燥機能は使わなくなって久しい。

 それより羽衣はソファにくつろぎ、紅茶を沸いたお湯で用意した様で、匂いが涼火の鼻を掠めた。

 冷えた身体に甘いココアとかポタージュ系でない辺り、こういう所は女子力が高いのに、どうして朝月が絡むとダメなのか疑問に思う。

 しかも、さっそく口元が謎の笑みを形づくる。

「羽衣姉、いきなりニヤニヤしてどうしたんだよ」

 どうにか出し抜いて浴室に突撃しようと画策しているなら止めねばならない。

「んー、あたしとあーくんの下着が一緒に洗われているかと思うと、想像するだけで興奮しちゃって」

 紅茶のカップを両手で包みながら浮かべた喜びと、言葉の内容が酷くちぐはぐで実の姉でも軽く引く。

「それをあたしが身につける訳でしょ。しかもあーくんは逆に、お姉ちゃんのと一緒に洗われた下着をつけるんだよ」

「キレイになってるでしょ。洗濯したんだから」

 朝月の臭いや汗を期待しているのなら、除菌効果99パーセントの洗剤を使っているので無駄だった。

「羽衣姉、気持ち悪い欲望をダダ漏れにしないで」

 妹が注意するも、妄想を膨らます姉に聞こえている様子は無い。

 そうこうしている内にシャワーから上がった朝月が、タオルで髪を拭きながらリビングにやって来る。

「姉さん、ドライヤー持ってたでしょ」

 文句を垂れながら戸を開け、ソファの羽衣を睨む。

 けれど、一瞬で抗議の声は叫び声に取って代わった。

「僕のティーシャツ! 何で勝手に着てるの!」

 ほら見たことかと彼の怒る姿に涼火は肩を竦める。

 しかし、羽衣はティーカップを置き、謝るどころか質問を返す。

「お願いしたら着ても良いの?」

「そんなのダメに決まってるじゃん! それより伸びちゃうから脱いでよ!」

 首を傾げた姉に当然の返事が返された。

 愛着のあるティーシャツなので、いくら姉でも生地が伸びてしまうから許せない。

 女性だとしても小学生体型の彼のティーシャツはピチピチだった。

 ほぼ子供サイズなので、特に胸の部分がキツそうに膨らんでいる。

「もおっ、お姉ちゃんに服を脱げだなんてあーくんのエッチ。お姉ちゃんティーシャツしか着てないんだよ?」

 冗談めかしたイラッとする言い方だが、確かに言葉を裏付ける様に乳首が浮き上がっていた。

 それに胸自体は大きなイメージはないけれど、朝月の洋服を着ることで強調される。

「ううっ……、とにかく脱いでよ!」

 叫んでソファの姉に飛びつき、押し倒して馬乗りになる。

 ちなみに姉の下は涼火のハーフパンツを穿いている。もちろんノーパンで。

「あーくんになら脱がされてもいいけど、別に伸びても良いとお姉ちゃんは思うな」

 意味不明な言葉に怪訝な顔を浮かべる。

 当然の反応だけれど、羽衣は次に疑問を投げかけた。

「自分に合うサイズばかりだから成長が遅いんじゃないの? ほら、制服を買う時だって成長することを見越して大きめに採寸するでしょ」

「……そう、だけど」

 姉が重ねた言葉に、一番記憶に新しい高校の制服を採寸した時の出来事を朝月は思い起こす。

 しかし、涼火は胸の所だけ異常に伸びたティーシャツが出来上がるだけで、中学の時も大きめに採寸した制服は、裾直しを一度だけしただけで終わっていただろと怪訝に眉をひそめる。

「それに金魚は自分の入っている水槽の大きさに合わせて成長するでしょ?」

「……うん、それ聞いたことあるかも」

 羽衣の言葉に小さく頷き、説得されつつある兄を横目で見やった涼火は、根本的に兄貴は金魚ではないだろと胸の内で突っ込む。

「だから、お互いに良いことじゃない。あたしはあーくんのティーシャツが着られて嬉しいし、あーくんも成長を妨げない大きめのティーシャツができるんだから問題ないでしょ?」

「えー……そう? なのかな?」

「これも、大きくなるためだよ」

 姉の口車を精査する様子を見せると、羽衣はドライヤーを指して考える時間を奪う。

「そうだよ。ほら、ドライヤーするんでしょ? やってあげるから座って」

 騙し透かす姉は上半身を起こし、朝月を身体の上から退ける。

「自分で出来るって」

 ドライヤーをかけてもらう事を嫌がるが、羽衣はその身体に抱きついて逃げるのを阻止する。

「良いからっ!」

 無理矢理ソファに座り直させ、彼の濡れた髪に温風を当てて乾かす。

 ティーシャツの問題は有耶無耶にされ、結局心地よさげに瞼を閉じる兄の姿に涼火は呆れ顔を浮かべた。

「やれやれだな」

 首を軽く振り、約束したカフェオレの用意に取りかかる。




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