買い出し
夕食の買い物へ。
「あたしもついて行っていい?」
放課後、兄の朝月と夕飯の買い出しの予定があると断ると親友はそう言った。
「いいけど、ただの買い出しだぞ?」
「暇してたし、巽兄妹が普通なはずないから大丈夫」
「私たちをどう思ってるか詳しく聞きたいな」
入学してから何もしてこなかったかと言えば、彼女の発言を否定出来るほど波がなかった訳じゃない。
隣のクラスに兄貴を呼びに行くとやはり親友の姿に微妙な顔をしたが、見知らぬ顔という訳でもなかったのでついてくると説明しても何も言わなかった。
朝月が先にスーパーの扉をくぐりレジカゴを手に取ると、ちょうどカゴを補充していた店員にカートを勧められる。
「お使い? 偉いね。がんばって」
制服が見えていないのだろう、小さい子に接する時に似た柔らかい表情とトーンで話しかけてきた。
それに勝手にカートを用意され、カゴをセットする流れに持ってかれる。
高校生の身長的にはかなり低い方ではあるけれど、カートを使わないと買い物が出来ない様には見えないはずだ。
きっと見た目とか幼く感じる雰囲気によるところがあるのだろう。
兄も否定やカートを戻したりせず、店員の親切を受け取りカートを押す。
「涼火ちゃん、行くよ」
朝月は肩にかけていたカバンをカートの下段に乗せて振り向く。
そんな兄の姿にイタズラ心が刺激された。
「涼火お姉ちゃんでしょ? ダメだよ、弟なんだから」
「……涼火ちゃんのお菓子は無くてい?」
「ごめんて。妹の冗談くらい受け流せるのが大人だよ」
「そうだね。でも僕は小さいし子どもだから、涼火ちゃんのお菓子は買ってあげられないや」
悪いとは思っていない謝罪に朝月はムスッとして返す。
そんな反応に冗談くらいいつもの事じゃないかと涼火はなだめる。
三人一緒にカートを押して野菜、豆腐とカゴに入れていく。
「あとサラダ油に……」
買う物リストを呟いていると前の方から声をかけられて朝月は足を止める。
「巽くん? それと……」
見なれた制服姿の女子と行き会う。
入学早々、兄が割り込んだ騒動の中心人物だった。
整った顔立ちだけれど保護欲を感じさせる雰囲気の女子生徒。
自分たちの地元が日本三大ブスに数えられる事もあるらしいので、中学の頃に他県から来た女子だからそう目に映るのかもしれない。
手にカゴを下げた相手の視線の動きを見て朝月が答える。
「妹とその友達」
涼火は一方的に知っているだけの相手に気まずさを覚えながら小さく会釈した。
彼女の視線は朝月に戻り、微笑と共に居る理由を口にする。
「あたしは、おかーさんに夕飯に足りない物のお使い頼まれて」
軽く持ち上げられたカゴの中には、すでに頼まれた食材が入っていた。
「巽くんはこれから?」
「うん」
「そっか、すぐ帰ってきなさいって言われてるし。ちょっとだけ、巽くんが早ければ一緒に回れたのか」
彼女は残念と言葉を続け、また明日と胸の前で控え目に手を振りレジへ向かった。
同じ様に振り返して学校でと返事をし、兄は買い物に戻る。
特に二人とも追求や彼女について話を広げず、夕飯の買い出しを再会した。
「これでよし! 涼火ちゃん、一つくらいならお菓子買えるけど何買う?」
「そうだな~」
終わりに牛乳をカゴに入れ、お菓子の棚に移動しながら考える。
するとついて来た親友が怪訝な顔をして呟く。
「お菓子ダメじゃなかったっけ?」
「え? 僕が食べたいし、いつも涼火ちゃんとは分けてるから」
だからお菓子は買うという理由だった。
「お願い。お金出し合おう。コレが食べたいの……!」
そんな声が聞こえ、棚を曲がるとスナック菓子が陳列された通路で女子が男子二人に向かって手を合わす姿。
他校の女子がお金が足らずにお菓子をねだる場面に行き会う。
「一生のお願い。なんでもするから」
話の内容から女子の手持ちが足らず、せーので三人が出した小銭で一袋買える額だったらしい。
拝んでから手にしたパーティパックの商品で個売りはしておらず、男子二人は飲み物か菓子パンを買いたいらしかった。
「どうしてもコレが食べたいの。なんでもするから」
小さく前傾姿勢に身を乗り出して二人に訴えかける他校の女子。
すると視界の端の小さな影が動いた。
「ダメだよ! お菓子なんかで何でもとか、女の子なんだから余計に!」
お菓子をねだる彼女の前に出た朝月が嗜める。
突然見ず知らずの見た目小学生に割り込まれ、三人は目を白黒させて戸惑った様子を見せた。
「……」
「……」
「……」
「そーだぞ。コイツらサルだから要求なんてエロいこと一択だろ」
他人の話に口を出す兄を止めるどころか涼火は発言に乗っかった。
しかし、味方したはずの妹に朝月は睨む。
「涼火ちゃんは黙ってて」
「黙るのは兄貴だ」
フォローしたのにまさかの言葉にサラサラ髪の頭を手で掴む。
「なんで! って……いただっ?! 何その技、どこで覚えたの!」
怒りというか咎める声にアイアンクローはクラスメイトの友達からだと答えを返し、涼火は手を緩めて朝月に語りかける。
「彼らだって分かってる。冗談で言ってるんだから、他人の兄貴が本気にするんじゃない」
解放されて頭をさする相手の目をじっと合わすと表情を緩めて問い返してくる。
「え? そうなの?」
「悪ふざけがすぎるかもしれないけどそうなの。なっ」
言って男子共を睨み、お菓子をねだった女子に目を向ける。
すると涼火の確認に二人は激しく頭を振って頷く。
「ほら、余計なお世話だろ」
「そう? ヘドバンしてるみたいだったけど」
「遅れてるな兄貴は。今どきの男子にロックの流行がきててな。だから日常にヘドバンみたいな頷き方なんだよ」
「そう? なら、いいけど。勘違いしてごめん」
流行りに敏感ではない朝月は簡単に妹の嘘を受け入れ、三人へ割って入り迷惑をかけたと謝った。
強ばった微笑を返す二人と、お菓子を買える事に話がまとまった女子に繰り返し謝罪して離れる。
涼火が兄を連れて戻ると親友が労いの言葉を口にした。
「お疲れさま」
「本当だよ。こうやって見ず知らずの人の問題にまで首を突っ込んだりするから嫌になる」
他人の問題に首を突っ込んだからと言って物語の主人公みたくハッピーエンドを迎えられるはずもない。
それは朝月にとって一番大切な女の子を守れなかった過去であり、命は落としていないけれど簡単には会えなくなった苦い経験だ。
幼なじみの安易過ぎた落ち度ではあるけれど、まだ中学生で自己責任能力が低い彼女を欺した奴らを朝月は許さなかった。
兄は小さな頃から一緒の彼女を一人にするのは心配だからと両親に頼み込むまでした。
ちょうど姉の羽衣の部屋が空いているから住んでもらえば良いと説得を試みるも、気持ちばかりで先走る兄の言葉は両親の正論に太刀打ち出来なかった。
いくら彼女が引っ越して来た時から家族ぐるみの付き合いがあってもだ。
しかも彼女の親の転勤が決まり環境を変える良い機会でもあった。
朝月がお別れしたくないからというわがままで地元に残っても、今のままでは彼女は辛いまま、朝月が守れないところで余計傷つくかもしれないと詰責される。
もちろん兄は反論したが絶対守ると言った声には、いつもの自信めいた強さが無かった。
守れなかったから彼女は傷つき、大ごとになってしまったから学校に居られなくなり、時間が解決してくれる事じゃないので大人になったら会えば良いと言われてしまう。
その説得に朝月は言い返せず、悔しさから涙を溜めていた。
もしかしたら再会が早くなる可能性もあると、余りにもな我が子の落ち込み様に母親が補足するけれど表情は暗いままだった。
けれど、そんな辛い経験をしても人と関わってしまうのが兄だ。
涼火は久しぶりに祝に連絡を取ろうと顔を思い浮かべる。
「涼火ちゃん、行くよ。お菓子は揚げせんにしたからね」
カートを押してレジへ向かいながら言われ、その小さい背中を追いかけた。
「グミの気分だったんだけど仕方ないな~」
全然そう思っていないけれど冗談を口にし、まだ追いかける象徴の後ろ姿に駆け寄った。
「あーにきっ!」
「なに? 突然」
思った以上のトーンの高さに朝月も不審がった表情で応える。
「何でも、ただ呼んでみただけ」
「……変だぞ、そんなにグミが良かった?」
「別に。気分が良いだけだ」
「なら……良いけど」
まだ不思議がる隣に並ぶ。
すると完全に忘れかけてた親友の声がかかった。
「仲が良さげなのは分かったけど、あたしのこと忘れてない?」
言われて少し恥ずかしくなり、照れた顔を浮かべて返す。
「んなことないって」
続けるぞ?




