8. 誰かの為
碧が秘密主義なことは慣れている。だが、話をしてくれないことには対処もできない。
そう思い、鴇は世界一嫌いな相手と対峙することにした。
「お前が呼ぶなんて珍しいな」
英青は腕組みをした手をほどき、古びたカフェでアイスコーヒーを飲んでいた。
その姿が優雅でやたら頭にくる。
鴇は青の前に座ると「まあね、碧のことだから」と言って、メニューを持ってくる店員に青と同じものを注文する。
店員が去ったのを確認すると鴇が話始める。
「碧が明後日の赤の文書の閲覧の際、京都でキナリのことを調べたいって言ってたんだよね。その情報は碧の式のコウが伝えてきたっぽくてさ」
「へぇ」
青はコーヒーから鴇に視線を移す。
「それでコウに伝えたのは誰か、って? 残念だけど俺じゃない」
青は察したのか、鴇の意図を汲んで返答した。
丁度そのとき、店員がアイスコーヒーを鴇の前に置く。
鴇は会釈をしてお礼を言うと、ひと口だけ口にする。苦味が舌に落ち、香ばしい香りがなんとも気持ちを落ち着かせた。
「そうなんだね。じゃあだれがそんなこと言ったんだろう」
青は「碧の式は?」とコメントする。
「え! ハクってこと?」
「あり得なくはないよな」
(まあ、確かに)
「ハクが自らなのか、誘き出されてなのかはわならない。もし、後者なら、キナリが動き出したってことだ」
鴇は拳をぎゅっと握る。
「また始まるのか」
「そうだ。碧一人には背負わせるつもりないけどな。鴇、お前も頼りにしてるぞ」
青にそんな心遣いができる言葉が出てくると思わなかった。感動して、鴇が青を見上げる。
青は伝票を持って、レジで会計をしていた。
「青くん、オレ勘違いして………」
会計が終わり、青が鴇の顔を見た。
「………なんて甘ちゃんなことを俺が言うとでも思ったか? せいぜい俺の足引っ張るなよ」
(やっぱり、あいつムカつく)
店を後にした青の背中を見ながら、鴇は先程の感動を返せ! と思っていた。
正直なところ、医術師は攻撃性に富む陰陽師ではない。故に鴇は青や碧のように攻撃力はない。
だが、戦力が削られない程度に兵士の回復を担うサポート役としては団体戦に不可欠な要因だと自負している。
自負しているが、人が怪我をしてからでないと手助けできない自分は青から見れば足手まといと思われても仕方がない節があり、そこを自分でも勘づいている。
(だから、あえてハッパをかけたんだろうが……)
鴇はコーヒーを飲みほした。
(いらんわ。そんなこと)
♢♦︎♢
「それで、私に力になって欲しくて会いにきた、と」
太常の話に鴇はコクっと首を縦に振る。
「素直なのは良いことですけどね。買い物途中の私を見つけて、つけ回していたのは感心しませんよ。新手の敵かと思いますからね」
公園のブランコに腰掛けながら、鴇が「ごめん」と言った。
「鴇くんは、本当に碧のことが好きなんですね。初めて会った時はそこまで入れ込むと思わなかったので………」
鴇は隣のブランコに座る太常をチラッと見た後、足元に視線を落とす。
「俺、ずっと劣等感があってさ。うちの父親、陰陽師の跡取りなのに、イギリス人の母さんと結婚したから、親族で後ろ指差されててさ。姉ちゃんもあまり術が強くなかったから、俺が絶対見返してやるんだ! って物心つく頃から思ってた」
鴇はブランコの鎖を持ち直す。
「8年前、初めて面接官になった時、自分より強い相手でも怯まず立ち向かう碧が、かっこよく見えたんだ」
「俺以外にこんな風にガッツのある子がいたんだなって思えた」
「…………」
太常は黙って鴇の話を聞いた。
「興味があったんだ。この子となら、人生、どんな困難があっても頑張れるって思えたんだ」
「そうですか………」
太常は鴇が恥ずかしそうに伝える言葉が、重いと感じたが黙っていることにした。
「うん。そしたら、あのキナリ騒動でさ、燈さんが自分の命と引き換えに娘を護っていて、ああ、やっぱり、この子は愛されて育てられたんだな、ってそう思ったら、この子の前向きな気持ちが萎まないように支えたいって思うようになってた」
鴇は夕暮れ時の空を見上げる。
「それは今も変わらない。碧を支えたい」
意を決したようにブランコから立ち上がり、周囲に鎖同士がぶつかる金属音が鳴った。
「わかりました。赤の文書を見た後で、また私に会いに来てくださいね」
「ありがとう」
太常の言葉に鴇の表情が明るくなる。
「あなたは、人のいいところが損なわれるようなことを望んでいないところが、晴明さまとそっくりで、だから私もあなたの真似をしたくなりました。それだけですよ」
鴇はフッと笑った。
太常もつられて笑った後、何かを思い出したように真顔になる。
「あ、言っときますけど、エロいことは禁止ですからね」
鴇が無の表情をする。
「へ?」
「忘れてましたけど、先日、エロいことしてましたよね? 恋人でもない女性と[」
太常の言葉に鴇は慌てて「え、あれはーー」と訂正しようとするが、太常がたたみかける。
「支えたいとか言って、他人にエロを求めてるんじゃありませんよ。全く、そう言うところも、私の主人とそっくりなんですよ」
「え?」
「ほめていません。そこは」
太常の冷たい視線に鴇の心は痛くなる。
「しません。二度としませんから」
鴇の声を背中側で聞きながら、太常は公園を去った。
(若者が誰かの為に強くなろうとするのは、見ていて気持ちが良いものですね、晴明さま)




