7. キナリの過去
京都。
滋岳キナリは、先日の英家との戦いの中で手に入れた新しい器である金色の髪を風になびかせながらビルの屋上にいた。
キナリの生まれた時の体は、親に殺された。
キナリは精神疾患を患っており、親がノイローゼになっていた。
幼少の頃から、母はキナリの頬を叩いたし、頭も叩いた。
口答えをする度に叩かれた。無視をされ、その手を繋がれることはない。
「悪魔」
母はキナリをそう呼んだ。
母の愛を確かめようと駄々をこねると叩かれ、食事を与えてくれなかった。
「お前など生みとうなかったわ」
母が口癖のようにそう言った。母は異国から奴隷として売られ、キナリの父に買われた。程なくして、キナリを妊娠し、母は父に捨てられた。
それでも、最初は乳を与え、手を引いて歩いてくれた。何度も抱いてくれたし、確かに愛があった。
いつからか徐々に母が壊れていった。
生活は貧しく、母は二足三文の日銭を稼ぐために己を売って、生計を立てた。
夜は身体を売り、昼は子供の世話をした。子はわがままを言い、身体を売ってる惨めさと苦痛で、文字通り身も心も疲弊していた。
時折、手を挙げ、キナリは黙って耐えていた。なぜなら、そのあと母はとても優しかった。
そんな生活が5歳まで続いた。
キナリの母はキナリが5歳の時、己の股から産まれた子供の首を両手で締め上げた。キナリの表情は歪んでいく。
きっかけは些細な一言だった、と思う。
キナリが、母にしがみつき「仕事に行かないで」と言った。母は小さな声で「やめて」と言って、キナリの手を払った。
キナリは払われた手を見て、声をあげて泣いた。
次の瞬間母がキナリの首を締め上げていた。
「おか……様………」
キナリの母は青い瞳でキナリを見下ろし、眉を寄せ眼光鋭く睨みつける。
「お前が、いなければ幸せだったのに」
キナリの母は涙をこぼし、キナリの頬に水滴が落ちる。
「何故生まれてきた! 母を不幸にするためにこの世に生み落とされた悪魔め」
荒屋で、締め上げられていく中、キナリは母を睨んだ。
「ど…………………て………る。…………め……」
母の声にならない声が聞こえた。その瞬間、キナリの目に白い閃光のものを感じた。
その後、なぜか自分の口から泡が噴き出ているのを見下ろしていた。
キナリは母の器を手に入れていた。
魂が入れ替わったのだ。
母の身体を手に入れ、母の客の身体を手に入れ、また別の者、別の者と魂だけを移動していった。
そうやってキナリは1500年も生き続けている。
♢♢♢
大抵の人間は親から殺されることなんてない。魂を移り変わる度にキナリの心は壊れていった。少しずつ砕けてかけていく。
母に愛された記憶も薄れ、最期、母が言った言葉も記憶にない。
覚えているのは、ただ、己の首を絞める母の醜い顔だ。
キナリはビルの屋上から飛び降りる。風を感じる。髪は下から噴き上げる風で空へとなびく。
(この器もさよならだ)
グシャリと音が鳴り、数秒後に周囲で悲鳴がなった。
キナリは先ほどまで自分が入っていた器が血だらけに汚れ、鈍い音を鳴らして地面に崩れ落ち多姿を見ていた。
今手に入れているのは、落ちる時に近くを歩いていた人物だ。
キナリは恐れるような声で、周囲と同調するように悲鳴を上げ、その場から立ち去っていく。
「救急車、いや、警察? 電話しなきゃ」
「自殺?」
周囲のざわつきから逃げる。
もう何度も何万回も、こうやって生きてきた。今更だからといって感情深くもならない。
求めているものはただひとつ。
焦ることのない記憶。
こうやって器が変わる度に記憶が消えていく。焦ることのない記憶があれば、心の中のもやが溶ける気がする。
何年いや何十年か前に一度だけ、英紺の式ハクを見た。記憶を映像のように保管するその術。
千年以上もキナリが求めているものだった。
(ああ、器が欲しい。この器が!)
そう思っていた。
心が高揚する。
英紺を手に入れようとした。だが、それに感づいた紺が、自殺したのだ。しかも乾坤一擲を施した。
ただ自殺しただけなら、召喚師を介してハクを手に入れることができた。
だが、乾坤一擲をされては死後に指揮を利用できない。
絶望だ。
光が差し出し矢先、再び暗闇に落ちた。
だが、神はキナリを見放さなかった。
8年前、英碧が存在することを知った。
乾坤一擲は身内に式を譲ることができる。英という名前に運命を感じた。
碧の母は、燈という名で紺の妹だった。
燈か碧か。どちらが紺の式を受け継いだ?
慎重に。絶対に手にいれる。
永遠に焦ることのない記憶が手に入るために、必ずやり遂げる。




