40.青と鴇
青と鴇には一つの共通した見解があった。キナリと対面した時、碧は冷静でいられるのか?
この問いは常に、「否」だ。
だからこそ、碧にはある程度の距離を置いて、キナリ討伐に望んでほしかった。
本当は、触れさせない方が良いとわかっている。だが、そんなことをしたら、一生、口を開いてはくれないだろ。
だから、AIを入れて、折衷案とした。
碧に不満があるのはわかっている。碧の気持ちを優先させたら、こんな方法は悪手だろうけれど、他の陰陽師の気持ちを考慮すると、悪くない手だと思う。
走っていく碧の背を見ながら、鴇は眉を寄せ、手の甲で涙を拭った。
くそ、指輪が顔に当たっていてぇ。痛ぇ。
痛いのは顔なのに、胸が締め付けられるような、チクチクと針で刺され、そこから血が流れていくような、そんな感覚だ。
碧を守れた。
守れたのに、心が擦り切れるような感覚だ。
ミス桜庭と裏で繋がっていたことを黙っていた罪悪感が拭えない。
そんな鴇の心情を察してか、青は、深く息を吐いて、騰蛇と太陰を見る。二人が頷くので、青はキナリを時戻りで平安の世に送ることにした。
時戻りの間、騰蛇と太陰に腕を掴まれているキナリの横顔は幼くて、自分たちが用意した人形が幼いからだけではなく、とても小さい子供のまま、誰にも愛されることなく、愛して欲しくて、駄々をこねている子供のように見えた。
子供なんだよなあ。
時戻りで平安に来るのは、久しぶりだ。相変わらずとてつもなく広い屋敷に晴明の式がうろついている。
令和の世から来た三人は、屋敷にいる式と共に、そそくさと、足早にどこかへ行ってしまった。
「すぐに主人がまいりますので」
と、小鬼のような式が、青に伝えた。
ゆったりとした時が流れ、時間なんてなさそうな雰囲気がある。
ただ、いつもと違うのは、この穏やかな雰囲気に似つかわしくないほどの足音をたて、屋敷の主人である阿部晴明が、息を切らして、走ってきたことだ。
「苦労をかけた。皆に伝えてくれ」
鴇は正座をしていたのだが、頭をあげる。
「その言葉はご自身で伝えたら良いのでは?」
「そうだな、文を書こう」
「ありがとうございます」
この人の文が、碧を陰陽師にしたのだ。
そうでなければ、今でも燈さんは生きていて、碧も苦しまなくてすんだのに。
残酷な手紙だ。
そんなことを考えてしまう自分は、陰陽師に向いてないのかもしれない。
けれど、言の葉と言う術で編まれた文書に、千年たってもなお、縛られ、多くの人が争っている。
紺さん、鴇もそうだ。
人々を幸せにするために発展した術なのに、術者は苦しんでいるのだ。
鴇は膝の前で畳についている手に力を込め、再び畳に額をつけた。
「我々の世代で陰陽師を辞めることを、認めていただけないですか?」
口から出た言葉は、この千年の歴史を否定するものかもしれないけれど、青に後悔はない。
「それは、私の一存では決められないよ」
「はい」
やはり。仕方がないのだ。陰陽師は歴史の証人だけではない。
「だが、必ず検討するよ」
その言葉に優しさがあふれていた。だから、青の口元は緩む。
「ありがとうございます」
青が平安時代から現代へ戻ると、英邸に今回の討伐に加わったメンバーがいた。ただ、そこには碧がいない。もっとも気にしているであろう人物だけがいなかった。
青は、会釈をして、ふーっと息を吐くと、ソファにもたれかかる。
「処遇は晴明様に任せた。俺は知らない。すまない」
「青、お疲れ様」
そう言ったのは桜だった。勉強も忙しいだろうに、悪いことをした。
「ありがとう」
唯我独尊然とする青が人に礼を言うとは、聞き間違えかもしれない。桜は目をぱちくりさせる。
「なに?」
「珍しいこともあるものだと…….」
青は訳がわからないと言う態度で「礼くらいは言うよ」と応える。
「いや。珍しいよ」
国見藤がそう言うと、みんなが賛同するようにドッと笑った。
ああ、こういう雰囲気は好きだ。とてつもなく。今後の人生でも得難いほどの幸福だ。
「それでさ……」
その言葉の先に紡ぐものは、人によっては怒るかもしれないし、安堵するかもしれない。
けれど、こんな能力がなければ、皆、命を落とす危険性もないし、争いも起きない。
こんな能力や伝統は、消し去った方が良いのだと思った。だから、青はここにいるみんなに、晴明に提案した陰陽師制度の廃止を伝えた。
でも、ごめん。みんなの表情は怖くて見れない。
青は両手で顔を覆い隠し、話し始めた。
「晴明様は検討すると言ってくれたよ、どれくらい時間がかかるかわからないけれど。ごめん。俺の独断で、こんなこと言ってごめん」
暫く、沈黙が流れ、「俺は賛成」と言う声が、青耳に聞こえた。
聞き覚えのある声。鴇だ。
青の心は少し救われた。




