30. 糸口
墓参りの帰りに晴明の式たち三人と鴇と碧はゆっくり話がしたいと言って、碧の家に邪魔することにした。
もう我が物顔で上がり込む三人に、鴇は碧へのアプローチを他人に聞かれるという失態から、立ち直り始めていた。
それにしても何故に晴明の式が自分と碧を尾行しているのか? そんなことを思っていると、太常が説明してくれた。
「どうも。晴明様から言われて来たのですが、さて、鴇さん、糸口は見つかりましたか?」
三人の式はダイニングテーブルに備え付けられてある椅子やソファに座ってくつろいでいるので、鴇が碧を手伝いながら、食器を出していく。
「え? いやあ……、正直言って確証はないけど、もしかしたら、と思っていることはあります」
「へえ……、教えてくれない?」
女性の式がそう言って、時を促しながら、ソファから立ち上がり、ひょいと食器を碧から持ち上げた。
その所作があまりにも自然だったので、鴇は少し違和感を感じた。
前にも会ったことがあるのか?
碧が電気ポットに水を入れ、お湯を沸かし始めた。手際よくコーヒーとお茶の準備をするので、鴇も手伝おうとするが女性の式にポイポイと、作業を奪われていく。
仕方がないので、ダイニングの椅子に座ってもいいか、碧に目配せをして許可を得る。
「えっと、キナリはウィルスのように宿主を見つけて、精神だけ移転し、何千年も生きています。だから、ウィルスと同じ対処法を使えないかな、と」
「宿主を与えないの?」
「そうなれば一番ですけれど、まあ、感染症の過去の歴史を紐解くと難しいと思います」
碧から許可が得られたのでちょこんと椅子に腰をおろした。
「へえ、ワクチンでも作るの?」
女性の式に言われ、鴇は首を縦に振る。
「そうです。似たようなものを作れれば、と思っています。ワクチンって弱毒化したウィルスを体に摂取することで、一度感染させた状態にし、抗体ができて、免疫細胞を記憶しますよね。だから、ウィルスに感染したら、免疫細胞が抗体を作って軽症で終わるか、罹患しないですよね」
「そうね」
「だから、キナリが乗り移った個体を感染した状態と考えて、完全個体の細胞を手に入れ、その細胞から、微生物を使った遺伝子組み換えをして、ワクチンを作れないかなと。ワクチンを事前に摂取していれば、キナリの攻撃を無効化までは行かなくても、抑えらるのではないか、と思っています」
「おもしろい発想ね」
式に褒められて、何だか照れてしまう。
「この場合の難点は遺伝子組み換えができる技術者がいる点と遺伝子組み換えができる施設、そして感染した検体の採取です」
お湯が沸き、碧がテキパキとコーヒーとお茶を入れていく。
太常と、騰蛇にはチョコレートを添えたロイヤルミルクティーを、もう一人の式と鴇にはブラックコーヒーを差し出した。
「検体はたいたことないわ。時戻りを使えば粗方の検討はつくし、採取できるもの。問題は人と場所ね」
碧はダイニングで立ちながら、お茶を飲んで話に参加してきた。
「うーん、場所も青くんに頼んだらなんとかならないかな?」
「え……まあ、大企業の御曹司だから、どっかの大学とか、使ってない施設とか、コネありそうだよね」
太常がチョコレートの包み紙をあけながら、「太陰なら、人としその役てできませんか?」と女性の式に尋ねる。
「え、私?」
太陰と呼ばれた式は、なぜか碧を見たあと、すぐに視線を逸らし、手元のコーヒーに視線を落とした。
「答えにくい質問ね。できるかできないか、で言えばできるとは思うけれど、最近の技術はわからないし、見習いの鉢巻でもしないと。青くんの方がいいのではないかしら?」
碧は太陰の話を聞いて、一瞬、太陰を見た。そして、少しだけ口元を綻ばせていたことを鴇は気がついていた。
「てことは、人も足りないですかね」
どうしてそうなるんだよ、と青がいたらいいそうだが、鴇としては、今は太常のコメントに親指をあげて賞賛したい。
「人の問題はあれど、それが解決した上で、万全に対応した結果、うまくいかなかったらどうするの?」
太陰が試すように鴇に問いかけるので、鴇はコーヒーを一口口に含んだ。
「そうだな……、うまくいかなかった方法を一つ覚えた、ということです。そして、次やればいい」
太陰は目を以外な答えだったからか、二、三回パチクリさせた後、くすりと笑った。
「え、何その、若さで、発明王トーマス・エジソンみたいなこと言っちゃって」
「人間は失敗しますよ。けれどいつか必ず成功します。手を変え品を変え、チャレンジするだけです。諦めなければ、いつか必ず、成功しますよ」
「ですね」
太常が相槌を打ち、碧を見た。碧は少し考えているのか、無表情で、一点を見ていた。
「私はあまりよくわかってないのだけれど、鴇のその方法は昔、お母さんが時戻りで使った方法に似ている気がして」
えっ? めちゃくちゃ考えたのに二番煎じ?
訳のわからない顔をしていると碧が捕捉してくれた。
「私自身はその時、戻ってないからわからないの。後から青くんから聞いたんだ。遺伝子組み換えをして、つくったと」
「うまくいったの?」
「うん。みんな戻ってきたから」
うまくいったなら良かった。
「たださ、前回は成功したけど、抗体みたいなものはできるかはわからないというところか」
鴇がうーん、と悩み始めると、碧がすぐに励ました。
「うまくいかなかったかったら、力技で、マンパワーで封じる手もまだ残されているしね、諦めないわ」
碧がふん、と両腕に力瘤をつくり、そう言ったので、可愛くて、何故か皆が笑ってしまった。
いやだって、碧が力技使うなら、絶対、あの従兄弟の黒髪眼鏡が、魔王のように出てくるだろうし、そんな効率悪いことできるか! と言って頭をフル活用することが全員の認識だ。
笑い声の中で、鴇は胸騒ぎを感じていた。
どうして、晴明の式が、こんなにも揃えてきているのだろうか。式だけ時戻りをさせるのはかなりの労だ。晴明は精神体だけで千年以上いきている大陰陽師だが、いとも簡単にできるのか?
似てるんだよ。キナリの精神体とさ。式を飛ばし続けていることがヒントなのか?
そうだとすると……。
「あの、あなた方三人がどうしてここにいるのか、とても気になるのですが、それが糸口なんですか?」
的を射ていていたのか、三人がピクリと固まった後、太陰がゆっくりと話す。
「どうかな……」
「あなた方三人は晴明の式ですよね。あなた方のクローンや抗体も作ることが糸口になるのかもしれない。違いますか?」
わからなかった。どうして碧の周りに式が集まるのか。ここにこないといけない理由があるのか。
どうして英じゃないといけないのか。
歴史の証人で、薬の開発をしている英じゃなければ土台、キナリに勝てないからだろう。
めちゃくちゃ回りくどいな、晴明さまは。
もうウィルスに対抗する術は我々には持っていない。正面からこじ開けるより、やりようがあるんだ。
「そうね……晴明さまが何を考えているのかはわからないけれど、意味のないことはしないお方だから、そうかもしれないわね」
太陰は目を細めて、優しく微笑んだ。




