23. 赤の文書 拾弍
太常の目の前に鴇と青が現れ、太常は嫌な脂汗をかいていた。
「つまり、お二人は過去の歴史の証人の力を借りたいということですか?」
「そうです」
青がキッパリと言った。
「出来ないことはないと思うのです。彼らにとっても過去なのですから」
「そうですね、できると思いますよ。ですが、その弊害として未来が変わる可能性は考えられませんでしたか? お二人にしては少し考えが浅はかなように思えますよ?」
青は太常の質問に首を横に振る。
「考えました。それでも我々の未来は変わらないですし、変わるとしたら、ある種パラレルワールドの未来です」
「だから関係がない、と?」
「平たく言えばそうですね。ですが、そこを気にしていては、今までだって同じことですよね? 我々が過去に行くことで、全く過去に影響がないなんて思えない。実際、我々が詳にした過去は歴史書となり、いずれ多くの人が目にすることになります。水面に投げた小石の波紋は、大きな波となって岸辺にたどり着くのと同じで、まるっきり影響がないなどあり得ません。
晴明様だって、青洲様だって、昔は我々のような陰陽師の末裔が彼らの時代に訪れては来ていません。パラレルワールドが少しずつ歪みあって今の私たちの時代があるのだと私は思うのです」
青の熱弁に太常はふ、っと笑った。
「実に身勝手なわがままですよ、それは」
青は首を縦に振る。
「そうです。でも、これから起きる未来を良くしたいと願うことは悪いことですか? 燈さんは亡くなっているし。その事実は変わらない。変わるのはキナリの死ぬタイミングだけですよ?」
「貴方の言っていることは、紺さんとそっくりですね」
鴇と青はピクリと体を震わせる。
「どう言うことですか?」
太常は座っていた椅子から立ち上がった後、本棚から一冊の書物を持ってきた。
赤色の背表紙のその本は見覚えがある。
「この本は英家の本棚にあった偽の赤の文書です。そもそもがこの本を英の誰が仕入れたのか、と言うことを調べるために紺さんは晴明様の命令の下、任務に行かれました」
「赤の文書の偽造はお家取り壊しですからね、召喚師の誰かが行ったのかを突き止める必要がありました。それは、簡単に見つけられましたよ。ですが、張本人に接触するのがとても難しくて、難儀していました」
太常が本を捲りながら、続ける。
「だから、紺さんは北御門の力を借りることを提案しましたが、受け入れられませんでした。一つは、北御門は当時、知られてはいけない醜聞があったからです。もう一つは、英紺が規格外に強かったからだと言われています」
「対立する、と?」
「はい。人外から逸脱する力というのは、良くも悪くも人を狂わせますから」
「それでも、キナリはあまりある能力ですよ?」
鴇が青と太常の会話に割って入る。
「太常様は、キナリのターゲットが碧であることをご存知ですよね? 碧が命を落とすのも『致し方ない』と片付けるおつもりですか?」
鴇は畳み掛けるように、それでいて幼子を説き伏せるように太常に話しかける。
「僕は見えていない人を守るよりも、この手で抱きしめることが出来る愛する人を守りたいのです」
鴇は自身の手を広げると、何かを掴むように空を握る。
「自分勝手かもしれません。それでも、護りたい人を護れなくて、どうやって赤の他人のために命を懸けることができますか?」
太常は赤の文書をポンポンと叩き「まったく」と言って、大きくため息を吐く。
「私の話を最後まで聞けぬのでは、先が思いやられます」
青と鴇は太常の顔を見て、その表情を窺う。少しだけ、ほくそ笑んだような、そんな顔だった。
「若いということは素晴らしいですが、あまりにも血気盛んだと命取りになります。緩りと話せば説得できる、というような安易な考えは捨ててください。英紺と同じことをするのでしょう?」
青と鴇は太常に陳謝する。
太常から、晴明の許可が必要だから、青と鴇には追って連絡をすると言われた。
同じ轍は二度と踏まないためにも、くれぐれも安易な行動は慎むように指示された。
♢♦︎♢
晴明が久しぶりに太常から連絡を受けたのは、青と鴇が訪れた夜のことだった。
「あっま」
晴明は長椅子に座りながら、思わずその一言を太常に投げかけた。
太常は、やはり、と言いたげな顔をした後、晴明を説き伏せようと試みる。
「晴明さま、あの」
「もう、良いですよ。私もきっと絆されていましたから」
晴明は弁明をしようとする太常の言葉を制すと、懐から扇子をとりだし、口元を隠して仰ぎ出す。
「私だって、才能がある若者が、これ以上失うことに耐えられませんからね」
太常は晴明に深く頭を垂れた。
晴明は照れ隠しなのか「ふん」と言って、扇子を閉じる。
「ただし、これから言う条件は伝えなさい。このままでは集団で命を落とすだけですからね。英紺や燈レベルまで達していないのに、勝てる道理がありません」
「ありがとうございます」
一通り言い終わると、晴明は早くいけ、と言わんばかりに太常を戻らせると、晴明の手元にいる十二神将を呼びつけた。
「話は聞いていると思うから、二度は言わない。私自身の体力にも限界があるから、皆、可及的速やかに対処するよう頼みます」
「あのチビちゃんのためなら、しかたないですわ❤︎」
天后が艶めかしくそう言って、肩にかかる髪の毛を後ろに払い退ける。
「痛えな、天后!」
朱雀がそう言って、天后に怒っているのを天宮がなだめる。
「まあまあ、仲良くやりましょうよ」
天宮の後ろから六合が現れる。
「天空は平和主義だからなあ、ね、勾陣」
「ああ」
騰蛇が現れ「皆さん、楽しそうですね」と宥める。
「そりゃ。みんなあまり外に出れないからね」
貴人がジドっと騰蛇をみる。
「青竜や朱雀はそんなことないんじゃない? 白虎だって」
「おれ、赤い鳥だよ? 目立ちすぎてそんな頻繁に出れないよ」
「なんなら、私は龍だよ? もっと目立つ。でも、今の時代なら、巨大な凧と間違われるか、ドローンと間違われるかくらいだよ」
「俺は虎だから、動物園に預けられる」
朱雀、白虎、青竜の答えに騰蛇は余計なことを言わなければ良かったと後悔をした。
それにしても青竜、どこでドローンという単語を覚えたのだろうか。
晴明は式神達の話にげんなりして、彼らの雑談を制するためにパンパンと二度と手を叩いた。
「それじゃあ、皆さん、宜しく頼みますよ」




