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【完結】陰陽師のお仕事 〜医術師〜  作者: カズモリ
赤の文書
21/43

21. 赤の文書 拾

 鴇と青が旅立ってから2時間ほど後に、碧は大春日若菜と菅原褐と実に半年ぶりに再開した。いつも図書館で会うのだが、なんだかんだ言って歴史やら文学やらの本を読みながら話している。


 そんな中、中世的な顔立ちの麗人である菖蒲を連れてきたので、若菜はやや恥じらいながら、キャーキャーと騒ぐので、図書館にいた司書に何度か注意を受けた。


 菖蒲の背丈は175センチほどで、艶やかな黒髪で前髪までもサラサラしており、自分の髪より綺麗なのではと、碧は思っていた。


「褐さんって、予言者なんですね、うわあ、親近感湧きます! 嬉しい」

 

 褐に向かって手を握り嬉しそうに目を細める菖蒲に碧は微笑ましく見ている。

「はあ、BLだわ」


 若葉はそんなことを呟いていたので、碧は苦笑いをしている。若葉は想像力が豊かなのだ。

 若葉は召喚師だが、三槐ではない。故にこの世界で生計を立てる気などなく、趣味や勉強を勤しむ方が多い。

 もっぱら、趣味と言う名の趣向から創作した物語はネット社会でも上々の評判だ。


「蒼の文書って、人の人生を変えかねないので、結構セキュリティが高いじゃないですか。そう言うの息が詰まるんですよね。家族以外、知り合いがいないので、常に四面楚歌」

「そうそう。しかも道真さまはコンタクトを取っても、抹茶食べたい、とかパフェ食べたい、とかばかりで話をあまり聞かないし」

 菖蒲が首をこくこく上下する。

「わかる、わかる」


 図書館の隅の方に移動しながら菖蒲と褐の話は続く。

「道真さまは常に暖簾に腕押し状態だから、困るけれども、でも、晴明様のように女たらしなのも、うわあ、ってなるし」

「そうなんですか? 晴明様」

 褐は首を縦に振る。

「太常様という晴明様の式がいるのだけれど、晴明様の口から出るのは女性の話ばかりで、しかも時折くる女性の式は何故かすごくスタイルの良い」

 菖蒲は興味深く目を光らせる。

「誰をモデルにしてるんですかね」


 式造りはモデルとなる対象がいれば想像が明確に体現化されるので、モデルがいないよりも容易くなる。

 実際、碧はハルという式を晴明の式である騰蛇を見ながら造ったので、瓜二つの状態になった。


「やめよう。なんか、考えたくない」

 人のプライベートなところに踏み込むのは気が引けてきたらしく、褐が声のトーンを抑えた。


 碧は三者三様の反応を見ていた。

(なんで私の周りってすぐ、本題から逸れる人ばかりなんだろ)


 菖蒲の後ろ姿を見ていると窓から差しこむ太陽光に照らされて髪の艶が一層輝いていた。


(とりあえず、帰りに高いトリートメント買おうかな)


 そんなことを思っていると、褐が突然後ろを歩く碧に声をかける。

「早く! 予言のこと言うから」

 碧はくすり、と笑った。


(なんだ、みんな気にしてくれていた)


♢♦︎♢


 青と鴇は鴇の要望で華岡青洲に会いに行くことにした。歴史の証人ならば時戻りをする際、安倍晴明に許可がいる。医術師もそれに類似の力を使う際は許可が必要なのだそうだ。


 華岡青洲は小柄な太めの男性で、石臼をひいて薬草を粉状にしている最中だった。

「ああ、山口家の……」

 この時代には目立ちすぎる男の顔を確認して、最低限の言葉で反応する。


 山口家は古くは平安から続く陰陽師だが、それまではどこにでもいる陰陽師だった。

 それは華岡家も同様であり、この華岡青洲が世界で初めて外科手術を成功した際、当時の山口家当主が弟子入りしたことで、医術師としての才能が開花したのが、現在の山口家の由来である。


 青は頭を下げるが、青の存在は全く気にならないらしく華岡青洲は眉一つ変えずに石臼を引く。

 青が不快に思ったのを察したのか「散剤薬は粉の粒子の統一化しないといけない。悪いな」と青洲は言った。

「それから、鴇、お前は目立ちすぎる」

 青洲に指摘され鴇はしゃがみ込み、近くにあった石に腰掛ける。


「滋岳キナリをご存じですか?」

「名前だけなら」


 青洲の返答の後、暫く沈黙が続いた。

「倒すのか?」

「はい」

「………そうか」


 臼引きが終わったのか、よいしょと身体を起こし、粉をハケでかき集めるが、しゃがみ込むのが辛そうだったので青がそそくさとサポートした。

 青洲は驚いたように目を見開き、すぐに目を細めた。

「目に見えているものが真実とは限らない。この青年は無骨そうに見えてそうではないし、鴇、お前もだ」

 鴇は黙って青洲を見る。

「時には目に見えていないものにも目を向ける必要がある。外科なんてものはまさにそれだ。見た目ではわからない。だが、腹をかっさばいて、中を見れば悪いところがよくわかる」


 粉を和紙に包みながら、青洲は続ける。

「失敗することもあるだろう。だが、あきらなめなければ、解決の糸口が見つかる。諦めないことこそ成功への道だ」

青は刷毛についた薬を近くにあった桶で洗う。

「そして、それこそが術を解くトリガーになるはずだ」


 青洲は和紙に包んだ薬を軒下に置くと、彼の妻がとりに来た。

「妻は目が見えていない。知っているだろう?」

 青洲の妻は頭を下げるが、鴇と青がいるところとは少し方向が違っていた。

「姉ならば、きっと治すことができますよ?」

 

 青洲の妻はにこやかに笑った。

「良いのです。慣れてしまえどうということはないのです。それに、これは夫が諦めなかった勲章のようなものですから」


 青洲は妻を支えるように軒下にすわり、気持ちよく頬を掠める風に目を細める。

「己の力がわからなかった。母を亡くし、妻をこのようにしても、諦めきれなかった。私には腹を掻っ捌いた先の景色が見えていたからだ。だが、痛みを取り除く力はなかった」


見えないものが見えたとて、己に足りない技術を埋める術は容易なものではなかった。

 彼が諦めなかったからこそ、その後の世界は変わる。麻酔薬の開発は大幅に進み、そのほかの医薬品も開発され、簡単に人は死ななくなった。

 わずか200年も見たない年月で、人生50年といわれたじだいから、寿命をおよそ1.7〜1.8倍まで増やしたとてつもない進歩である。


 何故か鴇は碧と初めてあった時の9歳の少女を思い出した。

どんなに強い敵でも諦めず立ち向かう少女の姿に、かつて自分が当主になるまでに志した気持ちと重なったのだ。

 諦めない、か。


 青洲は懐から青色の和紙を差し出し、軒下の床にそっと置いた。

「かつて、一度だけキナリを滅っしようとした者がいた。これはその時の手がかりとなる」


 鴇は開いてみるとそこには何も書いてない。

「見せて」

 そう言って、青がその紙に触れたとき、ブワッと風が吹くように文字が浮かび上がった。


「そう言うことらしい」

 青洲にも文字が見えるのか、はたまた二人の態度から察したのか、そのように言った。


 他者と協力が必要ということか。青と鴇、違う術者、異なる五行を統べる者が手を取らなければ不可能ということか。

「しかし、まあ、この文字………」

 青は眉を寄せた。

「紺さん……」

 青が小さな声でつぶやいた。


 青には8年前に一度だけ見たことがあるその文字が、忘れられなかった。


 鴇と青は華岡青洲とその妻に一礼をすると帰路に立つことにした。扇子を広げて時戻りの準備をしながら、青は意地悪そうポツリとつぶやいた。

「諦めないことが大切ってことはさ、俺も碧のこと諦めないようにしようかな」

 青が鴇を挑発するように言ったので、鴇は目を瞑って息を吐き「それは諦めて」とうんざりするような顔で青に言ったあと、二人は青洲の前から消えていった。

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