006
「あー痛たたたた。もっと優しくしてよ。
うー、頭もくらくらするし」
「何言ってるんですかもう! 直に浴びてたら壊死してたところですよ!?
はいこれ、解毒剤、マズいけど全部飲む!」
パトラネリゼが説教交じりにセルシアを治療していた。セルシアはドラゴンの攻撃をほとんどかわしていたものの、爪が掠めたり、また攻撃時に鱗にあたって受けたダメージも少なくない。
なにより、直接浴びることこそなかったものの、ドラゴンの体液の間近にいたせいで毒気を浴びてしまっていた。
パトラネリゼは解毒剤の入った瓶をセルシアの口に突っ込み、簡単な回復魔法で傷を治していく。
「せっかく綺麗な肌だったのに。これ跡残っちゃいますよ?」
「え? あたし昔っからどんな大けがでも傷痕残らないんだけど」
「……アウェルさん」
パトラネリゼが視線を向けた先には諦めた表情で首を振るアウェル。もうそういう生き物と割り切るしかないのだろうか。
「あ、それよりアウェル」
「なんだよセルシア」
「勝ったわよ……まああたしだけの力じゃないっぽいけど」
笑いながら自慢げに言うが、後半は小声だ。
先日のベルエルグと戦った後の意趣返しなのだろうが、アウェルの表情は芳しくない。その様子にセルシアが首を傾げる。
「どしたのよ。あたし強いでしょ?」
「それはわかってるよ。でも頼むからこんな無茶はもうしないでくれ」
「むー……てえかまずいー」
「はいふくれっ面でいじけない! あと全部飲む!
本当になんというかもう……」
何故12歳の自分が14歳と16歳の面倒を見ているのか。パトラネリゼは世の不条理を感じた。
さらに言えば今回は、頼れる保護者のはずの人物、ではなくロボットが完全におかしくなっていた。
『ええい忍者め、いやニンジャめ!
私は絶対に屈しないぞ!』
「だから拙者は害意はないと言っているでござろうに」
しかも現在進行形だ。首だけが地面から出たまま、いまだに忍者と言い争っている。
忍者のほうは影鯱丸を収納し、忍者装束姿だ。
「ゼフさん、いい加減にしてください!
ゼフさんがおかしくならなかったらこんなことにならなかったんですよ!?」
『うぐっ……』
ゼフィルカイザーが言いよどむ。流石にこうも小さな少女に叱られるというのは堪えたのだろう。
だが一方で、ゼフィルカイザーにも譲れない一線はある。
『だが、確認しておかねばならないこともある――貴様、転生者か』
「転生者? いやいや、拙者死人ではござらぬよ?
そもそも転生忍法など文献の中に残っておるだけでござるしなあ」
何か会話がかみ合っているようでかみ合っていない気がした。
『……そのプロテクターの文字、それはなんだ』
「ああこれでござるか。拙者の名からとったものでござる」
『とぼけるな。なぜこの世界に漢字がある……!』
そのやり取りに首を傾げたパトラネリゼが、ゼフィルカイザーに尋ねた。
その一言で、ゼフィルカイザーは完全に停止した。
「あの、ゼフさん? がんばる、って書いてあるのが何かおかしいんですか?」
『――は?』
「いやだから頑張るって圧縮文字で書いてあるだけですよね? かなり読みにくい字体ですけど。
何かおかしなことありますか?」
『……すまないパトラネリゼ。頼みがあるのだが。
ちょっと地面にお前の名前を書いてみてくれ』
「? いいですけど――はい」
パトラネリゼの足元に、パトラネリゼ、と文字が刻まれる。日本語のカタカナで。
(……なんでだ……なんでだ……!?)
カタカナと言ってもかなり字体としては崩れている。
トは横の棒がほとんと直角になっているし、ネも真ん中の棒が上から下まで突き抜けている。だがカタカナと言われればそう読めなくもない、そんな字だ。
思えばミグノンの時点でも、入ってくる映像に映っている看板の字などが似ているような気はしていた。
だが、異世界だし字の形が似ているだけで別の言葉が書かれているだろう、そう思い込んでいたのだ。
なによりアウェルとセルシアはコックピット内の文字は読めないと言っていた。だが、ゼフィルカイザーはここに至って思い当たった。
この二人は金の使い方も知らなかったのだ。
『パトラネリゼ。お前、私のコックピット内に表示されていた文字とか読めていたか?』
「あ、はい。意味は正直わかりませんし字体も崩れてて読みづらいことこの上なかったですけど、読むことはなんとか」
『ちなみにそこの二人、お前ら字は読めるか?』
唐突に話の矛先が向いたアウェルとセルシアは何事かと思いつつ、
「オレが簡易字と、魔動機操作に絡んだ言葉の圧縮字だけなんとか読める。セルシアは――」
「ぎろり」
「……ノーコメントで」
あれは読めんのだろうな、とそう判断した。
しかしならば、今こうして彼らと会話しているのは、言語がチート特典で共通化しているわけではなく。
(まさか最初から日本語で話していたというのか!?
何故!? ナンデ!?)
となると眼前の忍者も転生とかは関係ないということになる。
転生という言葉に引っかかっていた様子だが、そういう忍法がある、というようなことを言っていたのでそれ絡みなのだろう。つまりこの忍者は東方の国のなんたらという類のものにすぎないということになる。
「で、どういうことなんですかゼフさん?」
『う……』
「う?」
『ぐああああああっ!! はっ、はあ……くっ、いったい何が……!?
すまない、今日の記憶がない、いったい何があったんだ!?』
「誤魔化されませんよ」
『誤解でした申し訳ありませんでした!』
首関節がもげそうな勢いで頭を下げた。
(なんということだ、頭の悪い転生者そのものみたいな行動を……!)
いくらなんでも弁解のしようがないことである。幸い被害が出なかったからよかったようなものの。
「あーもう……済みません本当に、うちの馬鹿どもが。
その、お詫びはさせていただきますので穏便に済ませていただけると」
パトラネリゼもかばう気が失せたのか、歯に衣着せぬ物言いで忍者に謝る。が、忍者もおどけた調子でそれに応じる。
「いやいや。拙者のような者、不審に見えるのは当然のこと、信を得られぬはこちらの不徳でござるしな。
誤解からくる諍いは慣れっこでござるし、被害もなかったようであるから構わんでござるよ」
大人の対応である。なおのことゼフィルカイザーの精神にダメージが入る。
「ところで、いい加減暑いのでちと脱いでも構わんかな?」
「あ、はいご自由に」
そうパトラネリゼが応じる。と、忍者はプロテクターとマフラーを外し、忍者装束の胸元をはだける。そこにはさらに鋼の装甲があり、その装甲に割れ目がはいると、ばくんと開いた。手が鉄面を取り去り、
「あー、熱うござった。いやあ、しかし凄まじい力でござるな、この魔動機は」
と、開いた装甲の中に座っていた、白黒の怪鳥が人語を話した。
『……え?』
「はえ?」
「ん?」
「む、食えるかなこいつ」
忍者の形をしたその人型の機械。そこからぴょんと飛び降りるペンギン。
来がけに見たものと同様、どこを見ているかわからない不自然な目つき。
(どういうことなの一体……)
「やはり驚かせてしまったでござるか。いや、拙者このナリなのでナメられては困るのでな、このようにカラクリ仕掛けの外装を着こんでいるのでござるよ。
しかしこのようなことになるなら最初からこちらの姿でおればよかったでござるなあ。いや本当、申し訳ない」
「ああ、いえいえ。と言いますか、人間なら森ですれ違った時に教えてくださいよ。そうすればゼフさんも変な誤解をせずにすんだと思いますし」
「敵を欺くにはまず味方から、という言葉がござってな。そちらにも気づかれぬようあたりの哨戒をしていたのでござるが。
いや、化けトカゲどもに要らん謀をしたのが間違いでござった」
(いや、人間じゃないよねどう見ても! アデリーペンギンだよね!?
鉢金巻いてたりして忍者っぽく見えるけど!)
この世界に来てから頭を抱えたくなったことは多々あるが、これほど理解不能の状況はない。人語を話す鉢金と忍び装束っぽい物を身に着けたアデリーペンギンと、それに平然と応対するパトラネリゼ。
アウェルとセルシアも若干面喰ってはいるが、驚愕しているというほどではない。なによりパトラネリゼの今の台詞。
『パトラネリゼ。一つ聞きたいことがある』
「え? なんですか?」
『人間とは、いったいなんなのだ?』
「またえらい哲学的な問題を……持論はありますけど、まとめるのに時間もらえます?」
『ああいやそういうことではなくてだな。
その、種族的な意味で人間のくくりというものを教えてもらいたいのだが』
「ドラゴンと人工物以外で人語を離せれば人間ですよ?
常識以前の問題で……あ、ゼフさん、ひょっとして知りませんでした?」
(なにそのアバウト怖い)
ということは、これまでの道中で見たオークもゴブリンもケンタウロスもハーピーもラミアもミノタウロスもアルケニーも、それらが雑多に混ざり合った形容しがたいゼフィルカイザー視点でのクリーチャーなどもこの世界のくくりでは人間だったということなのか。
「まあ拙者は珍しい外見でござるからな、拙者自身己の同族というのは見たことがないので」
「あら、そうなんですか」
「故に故郷を探して世界を回っているのでござる。
そもそも、言葉も里で仕込まれたものでござるからあるいは本当に人間ではないやもしれぬし。
おぬしら、拙者のようにシャチっぽい外見の生き物を見たことはないでござるか?」
『いや、どこがシャチなんだ』
「む? 御覧のとおり白黒でござろう? それにこのとおり水かきもついているから魚類系ではあるかと。
おそらくはシャチの幼体かなにかであると里では言われておったのでござるが」
ああ、シャチはいるんだ、などとほんわかとした気分になったのも一瞬。忍者の恐怖におびえ続けたゼフィルカイザーの演算回路がとうとうプッツンした。
『違うだろうがペンギン、貴様鳥だよ!
ついでに言うとシャチも哺乳類だよ!』
「は? いや、拙者飛べんでござるよ? このような見てくれで鳥とは」
『そーいう鳥なんだよ! 海鳥の一種で寒冷地で魚獲ってるんだよ!
この説明今日二回目だよ!』
人ならば肩で息をする勢いでまくし立てた。が、その言葉を受けた忍者ペンギンは、
『……なんだその目は』
例によってどこを見ているかわからない目でゼフィルカイザーを見上げ、
「それは本当なのでござるか」
そう問い返してくる。
『嘘は言わない。私のメモリーによればお前のような外見をした生き物はペンギンという飛べない海鳥だ。主に寒冷地に生息』
「なんと……」
「あんまり当てにしないほうがいいですよ?
忍者を……まず忍者でいいんですよね?」
感銘を受けている様子の忍者ペンギンに、パトラネリゼの言葉がかかる。
「うむ。忍びの里に拾われ育てられた忍者、名をハッスル丸と申す」
「うわあ変な名前」
(いかん、セルシアと意見が合ってしまった。つうか頑張ってそういう意味かい)
「で、忍者を汚くて卑劣で報酬を横取りする工作員だとか言ってた人、じゃないロボットですよ?
あんまり当てにしないほうがいいですって」
「いや御嬢さん、一般的なイメージはそれで合ってござるが」
「えっ?」
「地元の国では大体そういう扱いでござるよ?
もっとも拙者、成人前に出奔して南の大陸の旧帝国で冒険者やってたでござるから、あまり忍者っぽくないとは思うでござるが」
『まあ、ああも目立つ登場をするのは忍者っぽくはないなあ』
「え? 高いところから見栄を切って登場するのが忍者ではござらんかな?
見栄の切り方は全科必修だったのでござるが」
(もうわけがわからない……! 異世界のリアルがショックすぎる!)
ファンタジー風味の異世界の新鮮さはどこへ行ったのやら。今や文化や常識のあまりの違いに電脳が吹き飛びそうになっているゼフィルカイザーである。
「ともあれ、旅を続けて2年、これほどの手掛かりに巡り合えたのは行幸、痛い目を見た甲斐があったというものでござる。
此度のことは双方水に流すとしましょうぞ」
『……いいのか?』
「ようござるようござる。どうしてもというならば生魚でも奢ってもらえれば」
「ま、とりあえず村に戻りましょ。流石のあたしも疲れたわ。
いやもう、意地張ってリベンジとかするんじゃなかった。二度とやらない」
「あなたは今日はもう絶対安静ですよ!? まったく……」
「へいへい。あ、あとあんた。正直助かったわ。あと、昨日も悪かった」
「いやいや、拙者こそ水を差すような真似をして申し訳ない。
昨日のことも、拙者の悪ふざけが過ぎたということで一つ」
「ま、みんな無事だったんだしよかったとするしかないんじゃないか?」
肩の力を抜いて喋りながら、四人はモルッド村への道を歩いていく。埋まったままのロボットを放置して。
『……あれ? おい、私は?』
「「お前はそこで頭を冷やしてろ」」
賢者とパイロットが容赦のない一言を残して去っていく。
後に残るのはドラゴンの死体が二頭分。吹きすさぶ風がどことなくカメラアイに染みた。
(ちくしょう、忍者はもうこりごりだああああああ!)
この世界が異世界であるということを身をもって実感するハメになったゼフィルカイザー。
新たな仲間を加え、一路トメルギアを目指す一行。
その前に、新たなる障害が立ちふさがった。
森を切り開かれた怒りか、森から現れ人々をさらっていくもの。
それはファンタジーを代表する種族――エルフ!
一方、今や遠き彼方となったアウェル達の故郷に、一人の騎士が現れた。
次回、転生機ゼフィルカイザー ~チートロボで異世界転生~
第六話
大自然の罠! 怒れるエルフたち!
『許さん――こんなことが、許されてたまるか……!』
次回もお楽しみに!




