005
それはあっという間だった。
アウェルが制止する間もなくゼフィルカイザーはミサイルの照準を定め、全弾発射。それによって影鯱丸と名乗った忍者型魔動機は跡形もなく吹き飛んだ。
――かに見えたが。爆炎から一陣の風が抜けだし、岩山の下に着地した。
「あ、危ないでござるな!?
敵は拙者ではござらんであろう、ほら、あっちとこっち!」
慌てながらも非難の色はそこまで強くない。それどころではないだろう、と仕草で示す影鯱丸。だが。
『ちっ、やはり生きていたか……!』
白い機体はそんなことはお構いなしとばかりにヴァイタルブレードを抜き放った。
「ちょ、ゼフィルカイザー!? 何やってんだよお前!」
「そうですよ! セルシアさんが人質にとられているんですよ!?」
『だからだ!』
搭乗者二人の制止の言葉を切って捨てるゼフィルカイザー。
『先ほどは言い忘れていたことがある。
忍者はな……任務達成のためならいかなる犠牲も勘定のうちだ。故に奴らは人質ごと標的を始末したのだ!
私は詳しいんだ!』
ゼフィルカイザーの目には、眼前の忍者ロボは己に悪夢を見せた忍者ロボと被って見えた。それで十分とばかりに剣を振りかぶる。
「いや、人違いではござらんかな? というかアウェル殿の声でない!?
ならいったい誰が乗っているのでござるか!?」
『問答、無用!』
狂気じみた勢いで、白い機体がニンジャへと襲いかかった。
「あ、あー? 仲間割れか?」
「なにがなんやら……しかしどうするよ、兄者。我らの宴は」
ドラゴンそっちのけで争いを始めた二体の魔動機をしり目に、ドラゴンたちはそんなことを話す。
体格差は歴然なのだが、忍者型の機体はまるで捕まる気配がない。機敏に動き回り、その攻撃をかわしている。
「まあいい。生贄は手に入ったのだ。
とりあえずのところはこやつで楽しむとしよう」
「おうよ、俺の尻尾の礼だ、たっぷりと嬲って……あれ、兄者?」
弟のドラゴンが、疑問を投げかける。
「どうした」
「兄者の尻尾はどこへ行ったんだ?」
「そんなもの、ほれここに――なんだと?」
動かそうとしたものがないことに、この段になって気づいた。ドラゴンの尾が、人質を捕まえていたあたりから綺麗に輪切りにされている。
いかなる技か、血の一滴すら流れていない。
「どいつも、こいつも」
尾の行方を捜すと、あっさりと見つかった。そのすぐ下に、生贄としてやってきた少女に巻きついた状態で転がっていた。
セルシアはそれを引きはがしながら、
「どいつもこいつも……!」
苛立ちを隠そうともしていない。手には抜かれた白刃。その輝きには一点の曇りもない。
ならばドラゴンの尾をこの少女が断ち切ったのか。ドラゴン自身に悟らせもせずに。
「あたしを、なんだと思ってやがる……!」
瞬間、セルシアが爆砕した。少なくともドラゴンにはそう見えた。セルシアのいた場所の足元が何の前置きもなくはじけ飛び、セルシアが消え失せたのだ。
何が、と思うと同時、背中に激痛が走った。何、と鎌首をもたげ背を見れば、左翼が根元でへし折れていた。
「な、なんなのだ貴様は……!」
下手人は弾丸のごとく宙を舞い着地。その場所を尾が打ち据えるが、紙一重のタイミングでそれを避けてのける。
「流石。獣とは違うか」
陽光を受けて薄紅色に輝く三つ編みをたなびかせながら声色は冷静そのもの。少なくともそう聞こえる。
だがアウェルならばわかっただろう。それが怒りや苛立ちが振り切ってしまったためのものだと。
一方で、戦いに挑んでいる頭自体は実際に冷静そのものだった。
尾は何とか斬れた。隙ができたときにドラゴン自信に感づかれないように切り落としたのだ。下手に気付かれ、わずかにでも力を入れられればそれだけで絶命していた可能性もある。
だがしかし翼は無理だった。根元でへし折れ、痙攣するそれだが、セルシアは両断するつもりで斬撃を放ったのだ。
「皮膜、肉は斬れる。鱗は継ぎ目を狙わないと難しい。骨は無理、たぶん甲殻も駄目。
なら――首か」
狙いを定め、狩人が飛ぶ。
「あ、兄者……ちくしょう! 殺してやるぞ下等生物!」
弟のドラゴンが飛び立とうとする。宙からブレスをまき散らせば一網打尽にできると考えてだ。だが、羽ばたいても体が持ち上がらない。何故か。
気づけば、翼の皮膜が穴だらけになっている。星形の鉄塊が翼のいたるところに突き刺さっていた。
「危ない危ない――っと、拙者もいまだに危ない!」
飛び立とうとするドラゴンを見咎めて手裏剣を投擲。その後すぐに移動。
なにせ狂乱した白い魔動機が襲ってきているのだ。油断も隙も見せたら死ぬ。
「一体どうなっておるのでござるか、アウェル殿!」
「この機体は自分の意志があるんだよ!
それでさっきから忍者殺す忍者殺すって言って操作を受け付けないんだ!」
「面妖な……! かような機体は帝国でも見たことはないでござる!」
影鯱丸の装甲の奥の、鉢金と鉄面のさらに奥で忍者は狼狽する。
『おのれ忍者め! 積年の恨み……!』
魔動機が意志を持っているとは言うが、白い機体から感じられるこの憎悪はただ事ではない。そしてそこから繰り出される攻撃もだ。
動作そのものは稚拙でたやすく避けれるが、破壊力が尋常でない。
腰も入っていない斬撃で大地がえぐれ、耕されていくのを見てぞっとする。
「なるほど、だがしかし。拙者にとってはこの程度の危難、慣れた物よ!」
言い放ちながら、影鯱丸はその手で印を組んでいく。
「みょこみょこにんにん――忍法、分身の術!」
奇怪な呪文と共に術が完成すると、影鯱丸の姿がいくつにも分裂した。その数5。ぐるぐるとゼフィルカイザーの周りを取り囲む。
「なんだこれ、忍者が増えた?」
「たぶんそういう魔法です!
実戦に使えるような魔法を使いこなす人間が今の世にいるなんて」
『だが甘いわぁっ!』
そのうち一体にヴァイタルブレードが振り下ろされる。だがその影鯱丸は斬撃を回避。途端に他の影鯱丸の姿が消え失せるた。
「くっ、なぜ拙者が本物とわかった!?」
『他の奴には影がなかったからな! 古典的にもほどがあるわ!』
忍者に限ったことではない。分身殺法を使う敵などロボットアニメでは日常茶飯事だ。無論、その破り方も多数見ている。ならばそれを総当たりすればいいのみ。
『しかし速い……! 流石2回行動だけはある』
「一体何のことでござるか!」
『しらばっくれるな! 貴様、あの光る奴に何を願った!』
「本当に何のことでござるか!?」
ゼフィルカイザーも必死だ。忍者ロボならばその運動性は己の比ではないだろう、そう考えていたが予想以上だ。
機体の全長は4m程度。体積で言えば重量級寄りの中量型の自分の十分の一近くか。だというのにこの敏捷性。
捉えたと思った時にはすでに掻き消えているとは、いったいどのような駆動系を搭載しているのか。
『まあ忍者なら何をやってきても不思議ではないがな……!』
「くっ、このままではいかん!
アウェル殿、すまぬが本気を出させてもらうでござる――ひふみよごろく、しちはちくじゅう――忍法、実像分身!」
先ほどの物とは別の文言と共に影鯱丸のコアが輝き、影鯱丸の像がブレた。そのまま像がブレていき、収まった時には影鯱丸の姿は十体に増えている。その何体かが手から手裏剣を投擲し、ゼフィルカイザーのボディに突き刺さる。
『今度は実体をもった分身か……面白い!』
「面白くねえよ! 早くしないと姉ちゃんが! 姉ちゃん……が……」
横のモニターには弾丸のような速度で飛び交う赤い獣と、それに次々とナマス切りにされていくドラゴンの姿が映っていた。
どうしたことかドラゴンはほぼ棒立ちの状態であり、ろくに回避も攻撃も行おうとしていなかった。
「ぐ、いったいなんなのだ、体が自由に動かぬ……!」
「っとーに、余計な手出しやがって」
ぼやきながらつぶやくセルシアは、己とドラゴンの交錯する中に一瞬駆け抜けた黒い影を認識していた。それがドラゴンの影を横切った途端、ドラゴンの動きが制止したのだ。
見れば、影の中に幾本か楔のような物が突き立っている。
ゼフィルカイザーならばそれが苦無による影縫いの術だと理解できただろうが生憎セルシアはそこまではわからない。戦いに水を差されたという不快感があるだけだ。
だがセルシアはその一方で体の重さを自覚していた。ドラゴンの血に含まれる毒が徐々に回っている。飛び散る飛沫こそ避けてはいるが、気化するそれをわずかながら吸っているせいだ。
最初にドラゴンと対峙したとき、セルシアは臆した。引きずっていたのは臆したことそれ自体ではなく、それをアウェルに見られて不安にさせたことだ。
それがどうにも自分の中で後ろ髪を引っ張っていたから、こうして再戦の機会を得たのは好機と思った。
打倒する手段それ自体は頭の中で組み上げていた。実際、飛翔を封じて隙をうかがい致命の一撃を浴びせる、という戦法それ自体は間違ってはいない。
だが、その血肉の毒性を甘く見ていたのは否めない。体液が飛び散った草地は既に紫色に変色して枯れ落ちている。
「あたしがこんだけ参るとか、どんだけ強力な毒よ」
セルシアは病毒への耐性も高い。村の祭りで出た鍋をつついた全員が毒キャベツにあたった中一人だけ平気であったし、流行病になったアウェルの両親を看病していても感染ることはなかった。
だがそのセルシアでもドラゴンの毒性は負担が大きい。死ぬほどではないが万全を維持できるほどでもない。
おおよその計算では腕一本持っていかれるくらいで倒せるはずだったが、この毒を加味すればよくて相打ちあたりが関の山だ。セルシアの持つ天性の勘はそのように告げていた。
だけに、あの黒装束の助力がなかったらどうなっていたか。舌打ちしたセルシアは再度弾丸のごとく疾駆する。
「意地張った結果がこれとか笑えないわ。もードラゴンとはやらん。
だからとっとと死ね」
「理不尽なことを……!」
「……なんなんだこれ」
「いやもうほっとくしかないんじゃないですかね」
死んだ魚のような目でその光景を見るアウェルと諦めた顔のパトラネリゼ。
コックピットにまで衝撃が届くこともないのでどこか遠くの光景を見ているようだ。
同様の心境でいるものがもう一人、否、一頭いた。弟のドラゴンだ。
兄はわけのわからないうちに殺されそうになっており、二体の魔動機は自分そっちのけで同士討ちを演じている。
かといって兄の手助けをしようとすると紫の魔動機が絶妙に牽制を入れてくるせいで動くに動けない。
「なんなんだこれは……俺は竜族だぞ、天竜王の氏族なんだぞ!
それが、なんでこんな……!」
「貴様らは邪悪が過ぎた」
後ろからそんな声がしたと同時、自分の背から胸にかけて冷たいものが走り抜けた。胸を見れば白刃が突き出ている。
「ごふっ……き、貴様……」
後ろには紫色の魔動機、影鯱丸。それが忍者刀を突きたてていた。
「成敗にござる」
「この、下等生物、がああああああ!」
せめて一矢と首を振り向かせブレスを吐こうとする。だがそれが命運を分けた。
『待てやゴルぁああああああ!』
正面から、別の影鯱丸を追いかけてきたゼフィルカイザーが勢いよくヴァイタルブレードを振り下ろす。
だが追いかけていた影鯱丸には当たることなく、ドラゴンを袈裟切りに両断した。
「ぐああああああああ!」
「弟!? くっ、おのれ……なぜだ、何故体が動かんのだ!」
「知らんし卑怯とも言わせない。嵌ったやつが悪いのよ」
兄のドラゴンが狼狽する中、裂帛の気合を込めた一閃が見舞われた。
ドラゴンの首がばっくりと裂け、そこから噴水のように紫の血が噴き出した。
「なんなのだこれは……我らが神よ、なぜにこのような――」
「五月蠅い、死ね!」
裂けた部分の反対からさらに一閃でドラゴンの首が飛んだ。
その表情は己が人間に見舞おうとしていた絶望にまみれていた。
「さて、分身は全部潰したぞ? 残るは貴様だけだ」
ゼフィルカイザーの周囲には倒され、ひしゃげ潰れた影鯱丸が9体転がっていた。そして正面には残りの一体を残すのみである。
流石に観念したのか、残る一体の影鯱丸もじりじりと下がるのみである。と、その時。
「否、これで終いにござる」
背後からかかる声。同時に正面の影鯱丸も、影鯱丸の残骸も煙とともに爆ぜて消え失せる。
その中から現れたのは人の形に切り取られた紙である。
『なっ、式神だと……!?』
「然り、水侮土、液状化現象の術!」
その一言と共にゼフィルカイザーの足元に五芒星の文様が一瞬走る。危険を感じ飛びのこうとするが、踏み切ろうとした脚が地面に沈んだ。
『なにぃっ!?』
いかなることだろうか、ゼフィルカイザーの周りの土がぬかるんだ沼地と化している。もがくも抗えず、そのまま肩まで沈んだところで、
「土剋水、土絡みの術。ほい捕縛完了にござる」
とたんにぬかるみがうせ、土が本来の重さを取り戻した。
さしものゼフィルカイザーもここまで埋まってしまっては身動きが取れない。加えてコックピットハッチを開けて肩で息をしているセルシアに駆け寄っていく二人。これでは武装も一切使用できない。
『分身は十体ではない、いや、貴様以外に十体だったということか……!』
本体は分身を出した直後に戦場を一時離脱、通りがてらセルシアの援護をし、ドラゴンの背後に回ってバックスタブを決め、そしてゼフィルカイザーを捕縛したのだ。
仔細はともかく、眼前の忍者が完全にこの状況を手の上で転がしていた事実にゼフィルカイザーは戦慄した。
「察しがよくて助かるでござる。まあ分身ではなく式神でござるがな?
式神に相手をさせつつ、トカゲを始末しつつ、おぬしをハメる罠を張っていたということでござる」
目の前で肩をすくめる影鯱丸。だが、ゼフィルカイザーはその忍法に突っ込みを入れたくて仕方がなかった。
(忍法違う、陰陽術じゃねえか……! やっぱり汚いな忍者!)




