004
セルシアが輿で担がれてきた先、森の開けた場所には、そこそこの大きさの岩山があった。そしてその上にドラゴンが鎮座している。
以前自分が住んでいた村に襲ってきたものよりも大きなものだ。あのときのドラゴンはあの群れのなかでも幼い物だったのだろうか。
「ご苦労だったなあ、矮小なるものども」
翼を羽ばたかせ、村の衆たちの前に降り立つ。大きさこそ違うが外観はほとんど変わらない。声も以前のドラゴンと同じ、人とは思えない声質ほとんどそのままだ。
舌なめずりしながら輿のほうへと近づいてくる。
「ああ? 何をしているのだ? 貢物を差し出したならとっとと引き下がらんか。
それともなにか? 貴様らも貢物になりに――ああ、ああ。なるほど。娘が嬲り者になるのを見学していきたいということか。
いいだろう、あとで代金は戴くがたっぷり拝見させてやろう」
下卑た声色でそう言うドラゴン。代金とやらが何を示すのか、セルシアには大体わかっているが他の村の衆はどうか。
ただわかるのはそんな度胸のある者などいないということ。ドラゴンが放つ威圧感に皆肝を潰されてしまっている。
「ほれ、早く退く」
小声でそう言う。この辺りは打ち合わせていたことだ。セルシアが討ち取るにせよ、あの白い機体が戦うにせよ、村人は邪魔だ。
巻き添えになるのは自己責任だしセルシアも気にしないが、アウェルは気にするだろう。指図されるまま、村の衆はほうほうの体で広場から逃げ出していく。
「くくく、所詮は下等生物か。この世の愉悦のなんたるかも知らぬとはつまらぬ輩よ。そんなことだから我らが神の寵愛を受けれぬのだ。
そうは思わんか、小娘?」
見下した目がセルシアと合う。だがセルシアは無言。全感覚で目の前の"獲物"の戦力を分析する。
こうして立っている分の背丈は推定でセルシアの7倍弱。もたげている首と尾を伸ばせばその倍は行くだろうか。
体の外側にあたる部分を鱗を纏い、肩や大腿部はより頑健そうな甲殻が覆っている。
腹や手のひらのような部分は柔らかそうな皮のみだが、あれとてどの程度の頑丈さかはわからない。
少なくともファングボアやアーマーベアのような手合いとは比べ物にならないだろう。
その目つき、眼前のドラゴンに怯えを見せないその視線に不快を覚えたのか。ドラゴンが眉根を寄せて睨み付けてくる。
「なんだその態度は?
貴様、これから嬲り者になって食い殺されるのがわかっていないのか?」
だが無言。目をそらすことなく、ひたすら呼吸を静かに整えている。
「ただの強がりか? それとも気狂いでもよこしたのか。
まあいい、苦悶の声さえあげるのならばなんでもいいのだからな」
三本の指を備えた手がセルシアに迫る。同時、セルシアは自分の後ろに隠した剣に手をかけ、いつでも斬り込めるよう足に力を入れ――
『そこまでだっ!』
森の中から現れた白い影が、猛スピードのタックルを決めた。言わずもがな、ゼフィルカイザーだ。
ドラゴンはそのままの勢いで岩肌に叩き付けられる。
「大丈夫か、セルシア!?」
ゼフィルカイザーから聞こえてくるアウェルの声。だがセルシアは不機嫌そうな声で怒鳴った。
「なに邪魔してくれてんの!?
今度こそぶっ殺すつもりだったってのに!」
「飛ばれでもしたら終わりだろ!」
マウントの体勢を取ったゼフィルカイザーは容赦なくドラゴンの首を絞めにかかる。
火を噴かれてはやっかいだし、セルシアまでの距離が近いことを考えれば当然のことだ。ただしOSのほうは、
(これ、人間に置き換えたら火サスの殺人事件にしか見えないよなあ)
ヴァイタルブレードで拘束してから仕留めるにしても、セルシアに近すぎた。ミサイルも同様だ。
なにより体液からして毒というから、生身の人間のそばでぶちまけるわけにはいかない。
このまま絞め殺そうとしたところに、ゼフィルカイザーの首にも巻きつくものがあった。ドラゴンの尻尾だ。そのままゼフィルカイザーを引きはがそうと力を込めてくる。
『ぐっ、おのれ!』
仕方なし、と首に巻きついた尻尾を掴むとゼフィルカイザーは掌のビーム兵器を最低限の出力で起動。
攻撃出力としては全力の一割にも満たない威力だが、それだけで巻きついた尻尾がバラバラに爆ぜた。
「ぎゃああああああ!?」
「すげえけど、最初からそれ使えなかったのかよ!」
『今のだけで残存粒子、いやこの兵装を使うためのエネルギー源を半分以上使ってしまった!』
ゼフィルカイザーの言葉通り、ようやく6%に届いていたメーターが今は3%を切っている。つくづく燃費が悪すぎると思いつつも、
『状況が状況だ、この一撃でくたばれ、下種トカゲ!』
右腕の手の平に光が収束。それをドラゴンへと叩きつけようとしたところに、背後に地響き。そしてそれと同時、
「そこまでにしてもらおうか」
後ろからそんな声がかかる。
(――来たか!?)
ゼフィルカイザーの背筋に怖気が走るが、振り返った先にいたのはドラゴンだった。今下敷きにしているのと同サイズのドラゴンが腕を組んで立っている。
『もう一頭いた、だと!?』
「ゼフィルカイザー、あれ!」
アウェルが指さした先には、もう一頭のドラゴンの尾が見せつけるかのように掲げられている。その先端には、
「ぐっ……放せ……」
「姉ちゃん!」
セルシアが拘束されていた。尾が器用に首に巻きつき、そのまま吊るされている状態だ。
「おっと、余計なことはするなよ?
この小娘の首をへし折るなどわけもないことだからな」
戸惑いを見逃さないとばかりの下からのかち上げになぎ倒されるゼフィルカイザー。一匹目のドラゴンが苦悶の声を上げながらもう一頭にすがる。
「あ、兄者あああ! 俺の尻尾が……」
「たわけめが。下等生物とあなどるからこうなるのだ。
なにより見ろ。あれはわれらが竜王を滅ぼした憎き敵ではないか」
『なるほど、討ち漏らしがいたとはな……!』
口ぶりから、ギャザウェイブラスターの余波から逃げれた個体だったのだろうということを理解したゼフィルカイザー。その言葉を聞いたパトラネリゼは後部座席でおののいている。
「本当に天竜王が生きてて、それをゼフさんが倒した?
じゃあ邪神が甦るっていうのも事実ってことなんですか?
いえ、それよりもセルシアさんが!」
「ふん。よいか愚弟。ヒトを苦しめるもっとも効率のいい手段はな。希望を見せた後でそれを奪い去ってやることなのだ。
さて、貴様の前でこの娘を縊り殺すのと、この娘の前で貴様をなぶり殺しにするのとどちらがいい?」
「何言ってるんだ兄者、どっちも嬲って犯して痛めつけてやろうぜ!」
パトラネリゼが害獣と言った意味がよくわかる。
確かな知能があり、感情があり、その全てが他の生物を苦しめることに向いている。これは確かに最悪の生き物だ。
「ほう、愚弟の割には頭が回る。ではそれで――」
「待てぇい!」
突如、響き渡った大音声に誰もが驚き、声がしたほう、岩山の上のほうを見上げる。そこには、マフラーをたなびかせる忍者装束の影があった。
「邪悪なる竜族よ、これ以上の非道、見過ごすわけにはいかん!
成敗してくれる! とうっ!」
口上を切った忍者は宙に飛び、懐から取り出した巻物を広げた。そこには複雑怪奇な文様が所狭しと図形を描いている。
なんらかの魔法、否、忍法のソレであろうが、何が起こるかゼフィルカイザーにはすでに想像がついていた。
「来い! 影鯱丸!」
巻物の図形が光を帯びると巻物から抜け出でる。そしてそれが忍者の周りを囲むと、変化が起きた。虚空からその忍者の倍ほどの大きさのある忍者が姿を現したのだ。
メインカラーは紫色。そこに銀や黒、白などで装飾が施され、肩には先端が鋭く伸びたアーマーがついている。
胸部にはやはりコアの輝き。背には忍者刀、腰にはボウガンらしき武器を下げたその姿を一言で表すならば。
『忍者……否、ニンジャだと!?』
「えっ……えっ?」
ゼフィルカイザーの叫びにパトラネリゼが狼狽する。だが、状況は進んでいた。
背中が開くとそこに忍者が格納され、その目に光が灯る。
鯱影丸と名乗ったその忍者ロボ、否ニンジャ型の魔動機は再度岩山に降り立ち、どこから取り出したのかその手に苦無を構える。
「義によって助太刀いたす、いざ!」
『死ねええええええええ!!!』
直後、降り注いだミサイルによって岩山が吹き飛んだ。




