ダブルの正体
次の日の朝、佐伯茂は、あの人と会うようにと指示が出された。待ち合わせの指定場所は、カフェだった。数日前、智久とカフェで話をしたことを思い出した。しばらく俺は、席につき、スマホでニュースを読んでいると、若い女性が近づき、声をかけてきた。
「あの、もしかして佐伯刑事ですか?」
と女性に話しかけられると思っていなかったため面食らってしまう。もしかしてこの人がと薄っすらと思ったが、早とちりしてはいけないと思い、しっかり確認することにした。
「はい。そうですけど、あなたは?」
「私は、ホワイトハッカーの佐藤光です。今回は迷惑をかけるかもしれませんが、よろしくお願いします」
と相手が言った途端、俺はこの人がやっぱり待ち合わせの相手だったのかと理解した。
「あ、やっぱり初対面の方だと驚かれてしまいますよね。女性のホワイトハッカーなんてあんまり聞きませんよね?」
さらに謙虚な態度であることに驚いた。だいたいこの手の人は、自分の能力に自信を過剰に持っていて、人にも横柄に接するもんだと勝手なイメージを持っていた。
「いえ、少し驚きましたが、そんな事ないと思いますよ。ハッキング能力に限らず、男だからとか女だからなんて考えるのはおかしいと思います。俺も、あなたがダブルという別名を使ってホワイトハッカーとして活躍していたのは知っていたので、お会いできて光栄です」
と俺が言うと、少し驚いた表情をしていた。何に驚いているのかわからなかったが、すぐその理由を説明してくれた。
「そんなふうに言ってくださる方はあんまりいないので、あなたが仕事相手で良かったです。私って幼い頃から、内気で他人とコミュニケーションをとることがあまり得意ではないので、下に見られやすかったんですよ」
確かに、喋っている感じは、気が強そうではないし、謙虚な態度であった。女性の社会進出が進んでいると言っても、まだそんなに女性の社長や総理大臣はそんなにいない。気に病むもの無理のないことだ。
「気にすることないと思いますよ。だれにでも得意、不得意、長所、短所は必ずあります。俺はあなたのハッキング能力に全幅の信頼をおきます」
ハッキングだけに集中しておいてほしいため、できるだけ褒めるような口調で言った。
「ありがとうございます。そんなふうに褒められると少し照れてしまいそうです。冗談はこのへんにして、仕事の話をしましょうか」
とさっき言ったことは本音なのだが、相手がそう受け取るのなら仕方がない。
「お話ですと、遠藤善治に捜査協力を要請したいだとか。そんなこと本当にできるのでしょうか?」
それを疑問に思うのは当然のことだ。
「はい。俺は、できると確信しています。遠藤善治は、あなたとハッキング対決をして、負けた結果、警察に捕まりました。あいつはプライドが高く、勝負好きです。あなたと会い、プライドが粉砕されて、あいつは、次も勝負を挑んでくるはずです。そしたら、あなたは、勝負をしたいのなら、まず、仮面の犯行を止めるのが先決だ。というようなニュアンスの言葉を言ってください。そうしたらあいつもこころよく承諾してくれるはずです」
俺はその時の情景を想像しながら言った。けれど、佐藤光の顔色は暗いままだった。
「そんなにうまくいくのでしょうか?正直不安です」
自信が無さ過ぎるのも考えものだなと少し思った。しかし、必ずこの人ならやり遂げてくれるという自信があった。
「大丈夫です。俺達に任せてください。可能な限りのことはやります」
と締めくくり、佐藤光、別名ダブルとともに遠藤善治が収容されている拘置所に向かった。覆面パトカーで拘置所まで向かっている途中、俺は疑問を口にしてみた。
「なんでダブルって名前にしたんですか?」
佐藤光は、ネット上でダブルと名乗り、警察に捜査協力を行っていた。普段は、いろいろな方面からのプログラムの依頼を受けていた。プログラミングについてとても造詣が深い人だ。過去に色々なブラックハッカーと勝負をして、どの勝負にも勝ち、相手の居場所を特定して、捜査にとても貢献してくれた。
「知りたいですか? けど、内緒です。ある人と約束したんです」
と少し俺は残念だったが、言いたくないなら仕方ないと納得した。そのあとは適当に世間話をして佐藤光の人物像について知っていった。気がつくと、拘置所に到着していた。俺は佐藤光が緊張しているように見えたので、緊張しなくて大丈夫ですよと声をかけた。すると頷くように首をコクリと曲げた。二人で取調室の硬い椅子に座って待っていた。十 分ほど経って遠藤善治が入室してきた。遠藤に変わったことはないか見たが、特に表情の変化は感じられない。感情が、表に出ないタイプなのかもしれない。全体的に暗いし、口下手そうだと心の中で少し毒づいたあと、俺は話し始めた。
「お前はこの人が誰かわかるか?」
相手の反応にいささかの不具合も発見できないことにもどかしさを感じた。
「刑事さんの助手ですか?」
そう考えるのは当然のことだろうとは思ったが、本当は違う考えをしているということが見え透いていた。
「わざわざ助手なんて連れてくるわけないし、そもそも俺に助手はいない。俺はしがない刑事の一人だ」
そう言って今までの失敗をうっすらと思い浮かべた。遠藤は、俺から目を外し、佐藤光の方を見た。
「じゃあこの人は誰なんですか?」
この一言を待っていた。最初に反応が薄かったのは、本当に助手だと思っていたのかもしれないという一縷の希望を胸に俺は言った。
「聞いて驚くなよ。この人は、お前と対決したダブルだ」
「へえ、そうなんですか。それで?」
期 待していた通りの反応は全く返ってこなかった。駆け引きは失敗だな。しかし、駆け引きは失敗だが、結果的に遠藤に捜査協力をしてもらえばいいと開き直り、驚かない理由を訊いた。
「聞いて驚かないのか?」
「刑事さんが何を期待していたのかはなんとなく予想がつきますが、俺はそんな単純じゃありませんよ」
やはり感情が表に出ないだけじゃないだろうか? 心のなかではきっと焦っているに違いないとこの時点では判断した。
「じゃあ早速だが、本題に入ろう。お前とこの人が主導で、ハッキングを阻止してほしい。特別捜査チームを立ち上げて、全面的に二人をサポートしたいと思う。協力してくれますか?」
ダブルこと佐藤光は「できる限りの力を尽くしたいと思います」と言ってくれたが、肝心の遠藤の方はというと、こちらをじっと見つめてきただけだった。そして、口を開き呆れたような口調でこう言った。
「俺がなんの見返りもなく、ハイリスク・ローリターンなことを引き受けるような人間に見えますか?」
当たり前のことを言っているような口ぶりだ。こいつは俺のことを完全に舐めていると分析した。そして発言の内容から、自分の要求に応じれば、前向きに検討するという可能性を見出す。
「確かに見えない。そうだもし協力してくれたら、この前言ってたことを前向きに検討しよう」
「具体的にはどんな対応をしてくれるんですか?そんな抽象的で確実性のないことを俺は少しも信じません」
俺はこいつがとても慎重な性格で、確実性というワードを使っていたことから、リスク管理に関しては周りと比べて群を抜いているのだろう。
「手厳しいな。そうだな。もし協力してくれたら、警視総監に相談してみよう。こう見えて警視総監に会う機会が結構あるんだ」
そう言ったが、嬉しそうな表情も、納得したような様子も見えない。
「さっきからもししてくれたらとかいう表現を多用してますけど、脅しですか?」
鋭い視線を俺に向けてきた。この視線は、よく上層部に多く見られるなとどうでもいいことを考えた。
「脅しじゃない。提案だ。もし協力してくれなかったら他の優秀な人に頼むしかないな」
そう言うと、諦めたように下を向き、こう言った。
「わかりましたよ。その提案、引き受けましょう。ただし必ず約束は守ってくださいね」
最後の最後まで手抜かりのないやつだな。
「ああ刑事に二言はない」
と提案を引き受けてもらったことを確認したことで俺の仕事は一段落した。
拘置所を出て、佐藤光ことダブルの住所を教えてもらい、そこまで車で乗せていった。色々と雑談をしていたが、すぐ家に着いた気がした。そして降りる前に俺はこう言った。
「こんなこと俺が言うのもなんですけど、お互い気を張りすぎず、明日全力を尽くしましょう。なにかしてほしいことがあったら、できる限りサポートしたいと思います」
俺は気合いを込めて言った。
「お気遣いありがとうございます。でも、ここでもしハッキングを食い止められなかったら、多くの人が困ります。だから少し気を張りすぎたぐらいが今の自分にとってちょうどよいと思います」
緊張しているのか手が少し震えていて、声も僅かに上ずっている。本番に弱いタイプなのだろう。
「そうですか。余計な一言だったかもしれませんね。まあとにかく明日必ずいつサイバー攻撃があってもいいような用意だけでも整えておいてください」
とそこで言葉を区切り、佐藤光を降ろした。
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