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罪人  作者: 天内翔


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ある窃盗事件

「昨日未明、ルーブル美術館から時価10億円相当の絵画が盗まれました。この絵画は、十四世紀後半に描かれた名作で……」

 と、このニュースを観て佐伯茂が最初に思ったのは、テクノロジーの発達した現代でもそんな事ができるのかという空虚な感想でしかなかった。テレビからは専門家の意見。スマホではネット民の憶測が飛び交っている。だが同時に刑事としての責任感と正義感も呼び起こされてきた。

 プルルル、プルルルと、突然スマホが鳴り、朝食用の食パンを危うく落とすところだった。

体勢を立て直し、すぐ電話に出る。

「どうした眠そうな声なんか出して」

と堂本警部からの電話が来た。

「しょうがないじゃないですか。昨日はずっと犯人を張っていたんですから」

と俺は気だるいような声で返す。

「まあそれはそうと、急ではあるが新しい事件が舞い込んできた。最近世界的な美術館の骨董品や絵画の類が盗まれているのは知っているよな?」

 だが、俺の気持ちも知らず、警部は訊いてくる。

「まあ、はい。新聞でも世紀の大怪盗再びとか言ってもてはやされていますもんね」

 と俺は、昨日読んだ新聞の内容を思い浮かべる。

 この再びという言葉の背景には、いくども窃盗が繰り返されているという事実。さらに、あまりにも鮮やかな手口から、十年か、二十年か、三十年前だったか忘れたが、歴史に名を遺した怪盗が関わっているのではないかという憶測に近い推測が巷では噂されていることからきている。

 この歴史に名を遺した怪盗は、怪盗Kと呼ばれている。

 この怪盗の名前の由来は、現場にはいつもKという文字が残されていて且つ、予告状にもKと刻印されていたことからだ。このKの意味はいろいろと考えられてきたが、それは怪盗本人しかわからない。最終的に、この怪盗は予告したことをすべて成功させ、一度も捕まることはなかった。だから怪盗の素顔も名前も目的も何もかもが不明のまま、時がたち、気づいたらいつの間にか姿を消していた。もしまた、その怪盗が現れたのであれば、是非大先輩方が成し遂げられなかったことを実行したいが、恐らく違うだろう。

 小さい頃は、そういうものに憧れたものだが、今はそんなことは全く考えない。それは仕事柄というのもあるが、考え方が全く異なるだろうという予測からも来ている。

 堂本警部は俺の雰囲気を感じ取り、いちいち説明する必要がないと判断したように見える。

「そうそれが俺達の新しい事件だ」

「海外の事件を調べるということではないですよね? 日本でも事件が起きる可能性があるんですか?」

 新聞やニュースの内容を思い出してみるが、日本での犯行の事例はまだないはずだ。

堂本警部はやはり説明しなくてはダメなのかという面倒くさそうな顔を向けてくる。

「お前ニュースをしっかり観ていないのか? 怪しげな人物により犯行予告されたというのがやっていただろう」

 と呆れたような口調で警部は訊いてきたが、俺はそんなことがニュースで報道されているということを全く知らなかった。

「そんなことニュースでやっていましたっけ? それで捜査方針は固まったんですか?」

「それは捜査会議のときに話す」

「分かりました。すぐ行きます」

 と俺が返し、電話は切られた。

 俺は必要な荷物をリュックに詰め込む。警察手帳に、スマホに、着替えなど。荷物を一通り詰め込み終わったら、仏壇に行く。

 仏壇に飾ってある家族の写真を眺めながら、もし天国があるのだとしたら今頃何をしているのだろうかと考えた。そしていつもと同じように、仏壇に向かって今日も頑張ってきますと挨拶をした。

 俺愛用の黒い自転車に乗り、電車を乗り継ぎ、職場へと向かう。少し早めに着き、事件の詳細をネットニュースなどで確認してい

ると、堂本警部から話しかけられた。

「昨日の張り込みは疲れただろ? よく寝れたか?」

 と俺の顔色を伺ってくる。寝れるわけがないだろと俺は心のなかで悪態をつく。

「寝れませんよ。おかげさまで、今こうやって少し早く出勤することができましたが」

 と少し皮肉を込めて言ってやった。しかし、そんなことを気にするような警部ではなかった。

「まあしょうがない。警察なんてそんなものさ」

 とさも達観でもしているみたいだ。

「ところで、電話で言っていた事件のことですが、日本での窃盗の予告は今回が初めてですよね?」

 正直、事件に対してとても興味がある。なにしろ大規模な窃盗事件の予告だ。歴史に名を残すような事件になってもおかしくない。  

 それを俺が担当できることになるとはとても運がついているなと強く感じる。

警部は大儀そうに口を開く。

「そうだな。この事件は日本警察の威信に関わることだ。何しろ世界的にも有名な価値の高いものばかりが盗まれているからな。他の国の警察は結局逮捕できず、国民からの信用をだいぶ失ってしまった。俺達は、絶対に同じ轍を踏むわけにはいかない」

 その口調からは正義感と責任感がにじみ出ている。

「盗まれるか。盗まれないかは警部の采配も大きく関わってくると思いますよ。期待しています」

 言った通り俺は警部の能力と責任感は今までの経験からとても信用できると感じていた。

 俺が励ますつもりで言ったことであったが、警部はこの発言をからかいと捉えたのか神妙な顔つきをしている。

「そう俺を過大評価してくれるな。過分な期待をされて、失敗してしまったときの表情と言ったら、もう思い出したくもない」

 苦い記憶でもあるのか、とても困ったような顔をする。

 とても気まずい時間が流れてしまったため、早く行くように促す。

「ほら、そろそろ捜査会議が始まりますよ。もう行ったほうがいいんじゃないですか?」

「それもそうだな。俺に期待をかけた分、お前にもしっかり働いてもらうからな」

 と悪魔のような顔で囁いてきた。仕返しのつもりでそんなことを言ったのだろうか。俺は、さっきの発言を少し反省した。

 そして、俺は席に着くと、次第に捜査員が集まる様子を見ながら、捜査会議が始まるのを大人しく待った。

 捜査員があらかた集まったことを確認した堂本警部が開口一番に前で話し始めた。

「犯人は、現在、バチカン美術館、メトロポリタン美術館、エルミタージュ美術館、そして、昨日発生したルーブル美術館の合計四箇所での窃盗に成功している。警察の威信にかけてそいつ、もしくはそいつらを捕まえたい。これらの事件についてなにか意見のあるものはいるか」

 とペンを指でいじりながら俺は聞いていたが、単独犯はさすがにないような気がするなと考えていた。

 隣に座っていた女刑事がとても自信ありげにまっすぐ手を挙げて、発言の承諾を待っていた。承諾を得ることができたことを確認するとハキハキした声で喋り始める。

「質問ではないですけれど、まず今ネットで多く再生されているこの動画を観てほしいのですが」

「わかった。許可する」

 と堂本警部が承諾して、一番前のスクリーンにその動画が投影された。

 過去にも何度もこのスクリーンは使われている。今回の犯罪は、とても珍しいタイプのものだ。なぜなら、予告をするということは、それだけ大きな犯罪をするか、それとも多くの人に見られたいという承認欲求からくるものか。いずれにしろ、大犯罪の予感がプンプン臭ってくるものだ。

「やあみなさんこんにちは。今回のこの動画で会うのが初めてになるね。最初に前置きをしておきます。この動画並びに、これからアップロードされる動画はコンプライアンス違反などといって消さないでください。もし消した場合は……」

と語尾がなくなったところで一度画面が切り替わる。

 そこに映っていたのは椅子に座らされ、紐で固定されて、動けなくなっている男二人だった。

 画面が仮面の男のものに戻る。

「さっき映したのはこの動画配信サイトwindの経営者である荒川さんと稲垣さんです。僕はこの二人の身柄を確保しています。もしこの動画並びにこれからアップロードされる動画が消されたことが確認できた場合、問答無用で彼ら二人を殺します。前置きが長くなってしまって申し訳ないけど今から本題に入るね。僕は、今までやってきた四件と同じように、今回も僕の欲しい品物を鮮やかな手口で頂戴してみせるさ。今回は、国立西洋美術館の絵画を七月七日の夜、必ず頂戴するよ」

 と高らかに笑っていた。

 動画に映っていた人物は7と書かれた仮面をつけた一人の男のようだった。ただ、その仮面は俺には、半分が警察官、半分は大勢が想像するであろう強盗のような印象を受けた。その印象を受けた根拠として漫画とかでよくあるあの緑色の風呂敷で包まれている袋と口髭的なものをつけた怪しげな人物が描かれていたからである。他にわかることといえば、声は、変声機によって変えられてわからず、薄暗いため体型も詳しくはわからない。

 俺は、なんとも警戒心が高い犯人だなと思った。さらに、海外のサーバを経由していて、逆探知をすることができないというのも、そう思った一因だ。それにこの仮面の男がアップロードする動画が消されれば二人の身に危険が及ぶ。だからと言って消さないのもおかしい。果たして上層部はどういった判断を下すのだろうか。

 動画が終了した後、女刑事は話し始める。

「次に狙われるのは、これまでの犯罪の傾向とこの犯行予告から考えて国立西洋美術館で間違いないでしょう」

 と女刑事は言う。

「そのため当然犯行予告の七月七日の前日の七月六日から警視庁の刑事を一斉動員したほうがいいと考えます」

と言い切った。

 その発言を受けて警部は、少し考えていたのか無言だった。やっと警部は考えがまとまったのか、自身の所見を口にした。

 堂本警部は、

 「そうだなと言いたいところだが、一斉動員は難しい。他の事件や事故にも対応しなければいけないからな。この動画であった通り動画に映っていた二人は事実失踪していて所在が分かっていない。だからこの動画はサイト上から消すことができないだろう。だから二人の安全を一刻も早く確保したい。できるだけ警視庁、そして他の関東の警察にも声をかけて臨戦体制で警備にあたることにしよう。そして、手の空いているものは昨日発生したルーブル美術館の件で気になったことはないか翻訳家を通して、フランスの警察と掛け合ってみてほしい」

 と指示をした。

 他にも、事件についていろいろ話し合っていたが、特に記憶に残るようなものはなかった。

 捜査会議は終了し、捜査員全員に気合が入っているように感じた。



 きみは、よく本を読むかいと尋ねられた。私は、「いいえ」と答える。するとその御方が微笑を浮かべながら残念そうに仰られる。

「そうか。残念だな。本は膨大な知識を得ることができるし、それに共感力を高める事ができるのに。今度僕がおすすめしてあげよう。ところで例のやつは進んだかい」

「はい。手筈どおりに」

 と私はハッキリと聞こえる声で言った。するとその御方は満足そうな笑みを浮かべて、「そうか。舞台を次のステージに進めるか」と小さいはずなのにけれどもはっきりと聞こえるような声で仰せになった。 


   

⚠︎本作は、カクヨムでも投稿しています。

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