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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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【日本昔ばなしクロスオーバー】昔話が語らなかった「なぜ」の終着点

蛇と鶴、裏切られた者たちの問答 〜追うことと、去ることと〜

作者: 本咲 サクラ
掲載日:2026/05/04

清姫は、約束を破った男を追いかけた女だ。

安珍という僧侶が約束を違えて逃げた夜、清姫は蛇となり、鐘の中に隠れた男を、その執着ごと焼き尽くした。


鶴は、正体を見られた女だ。

人間の男に拾われ、妻として共に暮らしながら機を織り続けた。見てはいけないと言ったのに、男は扉を開けた。鶴が羽を抜いて糸を織る姿を見た。その瞬間、鶴はただ去った。怒りもせず、泣きもせず、ただ静かに。


二人は、どちらも裏切られた。

けれど、その後の道は真逆だった。


「あなたは、どうして逃げたのですか」


清姫は鶴に問うた。


目の前に立つ女は、白く細い首をわずかに傾けた。黒い瞳が、静かにこちらを見ている。怒りも、悲しみも、その目には映っていない。ただ、澄んでいた。


「逃げたのではありません」と鶴は答えた。

「去ったのです。そこに私が居るべき理由が、消えただけのことですから」


「同じことでしょう」


「違います」


沈黙が落ちた。


清姫の黒い髪は地面まで垂れていた。その瞳の奥には、まだ火があった。安珍を追いかけた夜から、一度も消えたことのない火が。燃やし尽くした後も、それだけは残っていた。


「あなたは追いかけなかった」と清姫は言った。

「見られて、そのまま去った。悔しくなかったのですか」


「悔しい、という感覚が正しいのかどうか、分かりません」と鶴は答えた。

「ただ、見られてしまった場所には、もう居られないと思いました。それだけです」


「それだけ」と清姫は繰り返した。その言葉が、どこか腑に落ちない様子だった。

「私には、それだけで済まなかった。あの男が約束を破った夜、私の中で何かが燃え上がって、もう止められなかった」


「追いかけることが、あなたの誠実さだったのでしょう」


清姫は少し黙った。


「そうかもしれません。許すことも、忘れることも、去ることも、私にはできなかった。だから追いかけた。燃やした。それで終わりました」


「後悔はありませんか」と鶴が聞いた。


「ありません」と清姫は即答した。

「あなたは」


「私も、ありません」


「燃やした後、何が残りましたか」と鶴が聞いた。


清姫はすぐには答えなかった。その瞳の火が、わずかに揺れた。


「静けさが残りました」とやがて清姫は言った。

「あなたが去った後は、何が残りましたか」


「静けさが残りました」と鶴は答えた。


二人は、しばらく黙ったまま向き合っていた。同じ言葉を、全く違う道を歩んで手に入れた二人が、同じ場所に辿り着いていた。


「あなたは、また誰かに正体を見られたら、また去りますか」と清姫が聞いた。


「去ります」と鶴は答えた。

「あなたは、また誰かに裏切られたら、また追いかけますか」


「追いかけます」と清姫は即答した。


ならば、それが答えだと鶴は思った。後悔がなく、また同じ道を選べるのなら、その選択はその人間にとっての正解だ。清姫の正解と、鶴の正解は違う。けれどどちらも、自分以外の誰かに決めてもらう必要はない。


「あなたのことは、理解できません」と鶴は言った。


「私も、あなたのことは理解できません」と清姫は答えた。


「それで、良いのだと思います」


清姫は少しだけ黙った。それから、わずかに頷いた。


風が吹いた。鶴はゆっくりと羽を広げ、清姫より先に、どこへともなく飛び立った。


清姫はその白い影が空に溶けていくのを、黙って見ていた。追いかけなかった。ただ、見ていた。


それが清姫にとっての、初めての「去ること」だったかもしれない。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


追いかける女と、去る女。もしよろしければ、皆さんはどちらの生き方に共感するか教えてください。


明日5/5(火) 20:00には、また別の「裏切られた女」の物語を投稿します。

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