【日本昔ばなしクロスオーバー】昔話が語らなかった「なぜ」の終着点
蛇と鶴、裏切られた者たちの問答 〜追うことと、去ることと〜
清姫は、約束を破った男を追いかけた女だ。
安珍という僧侶が約束を違えて逃げた夜、清姫は蛇となり、鐘の中に隠れた男を、その執着ごと焼き尽くした。
鶴は、正体を見られた女だ。
人間の男に拾われ、妻として共に暮らしながら機を織り続けた。見てはいけないと言ったのに、男は扉を開けた。鶴が羽を抜いて糸を織る姿を見た。その瞬間、鶴はただ去った。怒りもせず、泣きもせず、ただ静かに。
二人は、どちらも裏切られた。
けれど、その後の道は真逆だった。
「あなたは、どうして逃げたのですか」
清姫は鶴に問うた。
目の前に立つ女は、白く細い首をわずかに傾けた。黒い瞳が、静かにこちらを見ている。怒りも、悲しみも、その目には映っていない。ただ、澄んでいた。
「逃げたのではありません」と鶴は答えた。
「去ったのです。そこに私が居るべき理由が、消えただけのことですから」
「同じことでしょう」
「違います」
沈黙が落ちた。
清姫の黒い髪は地面まで垂れていた。その瞳の奥には、まだ火があった。安珍を追いかけた夜から、一度も消えたことのない火が。燃やし尽くした後も、それだけは残っていた。
「あなたは追いかけなかった」と清姫は言った。
「見られて、そのまま去った。悔しくなかったのですか」
「悔しい、という感覚が正しいのかどうか、分かりません」と鶴は答えた。
「ただ、見られてしまった場所には、もう居られないと思いました。それだけです」
「それだけ」と清姫は繰り返した。その言葉が、どこか腑に落ちない様子だった。
「私には、それだけで済まなかった。あの男が約束を破った夜、私の中で何かが燃え上がって、もう止められなかった」
「追いかけることが、あなたの誠実さだったのでしょう」
清姫は少し黙った。
「そうかもしれません。許すことも、忘れることも、去ることも、私にはできなかった。だから追いかけた。燃やした。それで終わりました」
「後悔はありませんか」と鶴が聞いた。
「ありません」と清姫は即答した。
「あなたは」
「私も、ありません」
「燃やした後、何が残りましたか」と鶴が聞いた。
清姫はすぐには答えなかった。その瞳の火が、わずかに揺れた。
「静けさが残りました」とやがて清姫は言った。
「あなたが去った後は、何が残りましたか」
「静けさが残りました」と鶴は答えた。
二人は、しばらく黙ったまま向き合っていた。同じ言葉を、全く違う道を歩んで手に入れた二人が、同じ場所に辿り着いていた。
「あなたは、また誰かに正体を見られたら、また去りますか」と清姫が聞いた。
「去ります」と鶴は答えた。
「あなたは、また誰かに裏切られたら、また追いかけますか」
「追いかけます」と清姫は即答した。
ならば、それが答えだと鶴は思った。後悔がなく、また同じ道を選べるのなら、その選択はその人間にとっての正解だ。清姫の正解と、鶴の正解は違う。けれどどちらも、自分以外の誰かに決めてもらう必要はない。
「あなたのことは、理解できません」と鶴は言った。
「私も、あなたのことは理解できません」と清姫は答えた。
「それで、良いのだと思います」
清姫は少しだけ黙った。それから、わずかに頷いた。
風が吹いた。鶴はゆっくりと羽を広げ、清姫より先に、どこへともなく飛び立った。
清姫はその白い影が空に溶けていくのを、黙って見ていた。追いかけなかった。ただ、見ていた。
それが清姫にとっての、初めての「去ること」だったかもしれない。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
追いかける女と、去る女。もしよろしければ、皆さんはどちらの生き方に共感するか教えてください。
明日5/5(火) 20:00には、また別の「裏切られた女」の物語を投稿します。




