今までと、これから
「はっくしょん!」
「わわっ!?」
「おお、すまねぇ。」
手が痛え。見るとかじかんで真っ赤になっていた。
ずっと氷に触れてたせいだ。
「ここにいると冷たくて寒くなってきたぞ。移動しないか?そうだよ、日が暮れる前に宿を探さないと。アテはあるのか?」
「森に逃げ込んだせいで居場所がわからないの。トモリは夜はどう越す予定だったの?」
答えられない。
「アッ...あー...そうだな...てか、お前らこそこんな事になってるのはなんでだ?逃走プランとか練ってなかったのかよ。」
「練ってたけど……見ての通り。逃げ出すのは成功したけど、その後はぐちゃぐちゃ。あいつら、思った以上に早いし、しつこいし」
「……そうか」
言葉が途切れる。
「……あれっ。宿って金いるよな」
「うん。たぶん」
「……だよな。だめじゃん」
思わず頭を抱える。
「え? 宿のお金も持ってないの? トモリは今までどうしてたの? 野宿?」
「アッ……あー……」
まずい。
何も考えずに口を開くと、すぐこれだ。
この世界に来たばかりだなんて言えるはずもない。
「ま、まあ、俺のことはいいんだよ! とにかく、早く夜を越す準備しねえと日が暮れちまう!」
慌てて話題を逸らす。
「準備って?」
「……倒した奴ら、何か持ってねえかな。金とか、地図とか、食い物とか」
「え?」
ティエラの顔が少し曇る。
「それって……取るってこと?」
「……まあ、そうなるな」
自分で言ってから、少しだけ胸がざわついた。
「悪いこと?」
「……悪いこと、だろうな」
口にした瞬間、妙に気まずくなる。
「でも、何もなしで夜を越せる気もしねえだろ。アルヴァはあの状態だし、お前だって疲れてる。きれいごとだけでどうにかなる状況じゃ――」
そこまで言って、言葉が止まった。
ティエラは責めるような顔をしていなかった。
ただ、困ったように、少し悲しそうにこちらを見ていた。
「……悪い。今のなし」
「トモリ……?」
「俺も、ちょっと焦ってる」
自分で言って、ようやく気付く。
焦っている。
いや、焦っているなんてものじゃない。
ここがどこかも分からない。
帰れるのかも分からない。いや...帰る必要はないのだが...
そもそも、自分がどうなっているのか、まだよく分かっていない。
「……」
気まずい沈黙の時間が流れた。
さっきまでの話なんて、もうお互い頭に入っていなかった。
「...ねぇ。トモリのことも、もっと聞きたい。」
「うっ...!でも...それは...」
「...トモリは今までのことは話しづらい?」
「っ...」
何も返せなかった。
「そっか」
ティエラは、それ以上踏み込んでこなかった。
「あんまり無理には聞かないよ」
その優しさが、かえって苦しかった。
きっとこいつらは話せば根拠とか関係無しに信じてくれる気がする。だけど、どうやってここに来ることになったか...なんて、喜んで話したいものではなかった。
いろんなことが起きすぎて頭がぐちゃぐちゃだった。
「……ごめん」
ようやく、それだけ絞り出す。
「いつか、必ず話すから」
「うん。待ってる。」
*****
日は落ち、辺りは静まり返っている。薪が燃える音が響いている。
「君...がさ、その魔女ってことは分かったんだけど、元々の名前とかないのか?親からつけてもらったんじゃないのか?」
「わたしは...名前がもらえるまで一緒にいられなかったから。」
寂しそうな表情。
えっ、え?名前がもらえるまで?一緒にいられなかった?なっ、なっ、どういうことだ?訳が分からねえ。
「あっ!ちっ、違うの!ちゃんとまだ生きてるはずだから!そこは心配しないで!」
相当俺がすごい顔をしていたのか、彼女が慌てて付け足す。
「あっ、あぁ、そうか...それはよかった...」
胸を撫で下ろす。
「それはじゃあ良いとして、名前がもらえるまでってなんだ?生まれた時からいねえ事になっちまうぞ?それとも、こっちでは生まれたときに付けるもんじゃねえのか?」
「え?トモリのところはその風習がなかったの?どおりで名前通りの...コホンッ!...また言っちゃった...なんでもないの...!なんでもないから...!」
恥ずかしいのか、目が泳ぎ、頬を赤らめている。
「もう!ちゃんと教えてあげるから!」
一人で楽しそうだな、と思わずニヤける。
「名前は名付け親の願いでしょ?
強い子になってほしい、立派な子になってほしい。そういう願い。
一人につき一回だけの強力な願いだから、強い影響を与えやすいの。
だから万が一のことがないように、しっかり受け止められるくらい成長した5才になった誕生日に名前をつけるって風習があるの。わたしが捕まったのは、名前を授かる一ヶ月前のことだった。」
「最高の誕生日プレゼントなんだな。」
「そうだね。とても重要な儀式だもの。」
それを聞き、俺は少し驚く。
「儀式まで行くのか。」
「うん、授与が終わったら、村一同、宴をして盛り上がるの。わたしも経験してみたかった。」
「...」
なんて言えば。
「あっごめんなさい!気まずくするつもりはなかったの!」
慌てて謝ってきた。
「あっ、あぁ、気にすんな。でもよ、まぁ名前は成長してから貰うってことはわかったけど、本当に呼び名はないのか?名前もらうまで呼び名がないのは不便だろ。実際、なんて呼ばれてたんだ?」
「魔女。」
「だぁー、村ではどうだった?」
「えーっとね、七色とか、娘とか。みんな好きなように呼んでた。」
思わず頭を抱える。
「よし!わかった。俺が名前を付けてやる!人は少ないけど、俺達だけでも宴!しようぜ!」
「待って!一人で名付けなんてしたら倒れちゃう!」
焦ったように止められる。
「え!?なんでだ?」
倒れるなんて聞いて俺も驚く。
「もちろん授かる側も大変だけど、授ける方もマナの消費が多くて大変なの!多くて村人全員とか、少なくとも両親二人でやるものだよ!」
それを聞いて頭を掻いた。
「困ったなぁ。一人じゃできねえのかよ。」
「トモリは面白いことを言うね。私も彼女に名を授けたいとは思っていたんだ...なら、私がもう一人を務めよう。」
寝ていると思ったアルヴァが口を開く。
「起きてたのかよ!」
「そんな面白い話を無視できるはずないだろう。たまたま今、起きただけさ...。ゴホッゴホッ!!」
「んな状態でできるわけないだろ!話もまともにできねえのに!せめて数日...ああ、でも治癒魔法の効果があるか。」
「そうだな。明日にはできるはずだ。」
「んん~」
たったの一晩だなんて。なんだか腑に落ちないが、仕方なく治癒魔法の効果を信じることにした。
「そうか。わかったよ。」
「じゃあそういうことで!ほら!アルヴァは寝てて!」
「ほら、焼けたぞ。」
「嘘!やっぱ起きてて!」
この場面を鼻で笑い、地面から魚の刺さった串を引っこ抜く。
「わあ…!ありがとう!」
彼女はそれを見て、目をキラキラさせる。
彼女の笑顔が火の明かりに照らされている。
「ねえねえ!これ、どうやって食べるの?!」
そのキラキラした目をこちらを向け、問いかけてきた。
「かぶりつくんだ!こうやってな!」
その言葉通りにガブっと食いついてみせる。
「わあ!わたしも!」
彼女も同じようにかぶりついた。
「んん!おいしい!」
「ほらアルヴァも!!」
そう言って彼女は刺さっている1本を引っこ抜き、黄昏ているアルヴァの口にぶち込んだ。
「んぐ!!んごごごご!!!」
これにたまげたアルヴァが目をかっぴらく。
「おいおい!よしてやれ!死んじまうぞ!!」
慌てて止めに入る。
「ごっ、ごめん!ちょっと嬉しくなりすぎちゃって…!」
よほどびっくりしたのか息を荒らげていた。
「はぁー、嬉しいならいいんだけれども」




