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死にたかった俺は、心が折れぬ限り死なない盾になった  作者: Wakky


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死にたくない

マンションの高層階、ベランダの柵に腰掛けている少年がいる。


景色に背を向け、遠い目をしている。

目の隈は濃く、酷く憔悴しきっている。


目を閉じる。後ろに倒れ、柵を持つ手を離し、背から暗闇に飛び込んでいく。


「やっと終わる。」


浮遊感は一瞬。次の瞬間、爆音のような風切り音が耳を突き抜け、目も開けられなくなる。


───死ぬ。


本気でそう思った瞬間、目は見開かれ、心臓が爆発したような音を立てた。


脳が、細胞が、魂が。 死を拒絶して叫び声を上げた。 地面がとてつもない速度で迫る。アスファルトの冷たさ、 叩きつけられる衝撃の予感。全身の毛がよだつ。


死にたい。そう願って飛んだはずなのに。覚悟はできてたはずだ。この世に未練もない。

しかし、いざ目の前に現れた「死」を、彼の生存本能は全力で拒絶した。


「怖い!怖い!!

嫌だ!!嫌だ!!!

死にたくない!!」


恐怖が限界値に達する。

目の前の光景が、ぐにゃりと歪んだ。

意識が遠のいていく…



「んん…?」

「あれ…?俺…生きて…?」

「うあああッ!! 」


激痛に叩き起こされた。身体を強く打ったせいだろう。


痛みに悶えていると、静かなサラサラという、せせらぎの音が耳に飛び込んできた。

「...え...?水...?」

おもむろに起き上がり、音がした方に目をやる。


そこには、見たことないほど、美しい川が流れていた。川沿いには赤と白の彼岸花が咲き乱れている。

余りの美しさに息も忘れてしまうほど、目を奪われた。

しばらく見入ってしまったが、はっと我に返り、さらに後ろを振り返ってみる。

辺り一面、草と木が生い茂り、木漏れ日が差し込んでいた。

森...だろうか。

どこを見回しても、人工の建造物なんてのは一切見当たらない。


「一体どこなんだ...?ここ...?」

マンションから飛び降りたはずなのに。

理解が追いつかない。

「アスファルトに落ちたはずなのに...どうなってんだ...?」


目の前の景色。

川と...彼岸花...


胸がざわつく。


この景色って…


いや...でも...死んだら痛みなんか感じないはずだ...


自分の身体を見る。いつもの体型、服もそのまま。白装束じゃない。


胸に手を当てると、ドクドク激しく脈打っているのを感じる。


...生きて...いる?


まさか…あの時に情けなく死にたくないなんて言ったせいなのか!?


「違う!違う!!あれは本能だ!!俺の意思じゃない!!

俺はもう...生きたいなんて思ってなかったのに...!なのに!!

そんな馬鹿な話あるかよ...!?!?」

醜く喚き、叫び、そしてうずくまって泣きじゃくった。

しばらくして感情が収まる。

慰めてくれる人はいない。いつも通りだ。


足は折れていないようだ。フラフラしながらなんとか立ち上がった。

「うっ...!!痛え...!!」

何が起こったのか確かめるための手がかりが欲しく、アテもなく歩き始める。

混乱、苛立ちに支配され、頭では思考がぐるぐる渦巻いていた。


「くそっ!こんなことあり得るわけねぇんだよ...!こんな訳わかんねえことになってんのに...なんの説明もなしかよ...!」

ブツブツ独り言を言いながら足を動かし続ける。

全身がズキズキ痛む。

「苦しみから逃げるために跳んだのに...!まだ苦しまなきゃいけないのかよ...!」


しばらく歩き、足の痛みに耐えきれなくなってきた頃、明るくなっている場所が見えた。

人の声が聞こえる。

鋼を叩くような、甲高い音も鳴り響いている。

引き寄せられるように足を向かわせる。


明るくなっている場所に辿り着いた。

眩しくて思わず目を細める。

手で光を遮り、様子を伺う。

まだ森の中ではあるが、木が生えていない広い空間があった。

そして広がっていた光景に目を疑った。


複数の人が居る。あれは...剣?どれも服装がまるでコスプレだ。

優勢そうな騎士みたいな格好をした奴がたくさんいる。剣と盾を持っている。劣勢そうな方は...あれ?格好が同じだ。仲間割れ...?いや、女の子を庇っている。その騎士はボロボロで今にも倒れそうだ。


先頭の男が今にも剣を振り降ろそうとしている。後ろにいる奴二人が剣を突き出すと光が集まってきて、剣先に火球が現れる。まるでアニメで見た魔法。

──異世界転移。

そのワードが頭をよぎる。

事実確認という忘れ物を置いたまま、体が勝手に駆け出す。


「トドメだァ!」先頭の男が叫ぶ。


「うおおおおあああ!!」

力を振り絞り叫びながら飛び込む。


剣が振り下ろされる。


ザシュッ!!ボオオオ!!

「ぐあああああァァァ!!!」

剣が背中に食い込み、飛んできた火球に体が焼かれる。

熱い熱い熱い!!

激痛のあまり視界がぼやける。

飛び込んだ勢いのまま、地面に叩きつけられる。

無意識に痛い、痛い、熱い、熱いと弱音が口から溢れ出る。

だが、痛みがマシになってくると、頭が思考を完結した。

間違いない。現実で剣先から火球を飛ばすなんて事が出来るわけがない。


奴らの方を睨むように目を向ける。

驚きの顔が目に入る。


クソッ!クソッ!!せっかく異世界に来れたってのに!死にたくねぇ!!

「死んで!!たまるかああァァ!!!!」


そう叫んだ瞬間、空気中に赤い光の粒が現れ始め、自分に吸い込まれるようにして向かってくる。

「なんだ…!?光が集まって…!!?」



光が自分の魂に結びつくような、味わったことの無い感覚がする。


すると、自分の肉が蠢き始め、ズブズブ、パキパキという生々しい音を鳴らしながら編み直すように塞がっていく。傷口から噴き出す、血が沸騰したような赤い湯気。肉を無理やり動かされるような痛みが走る。


「ぐうっ…!」

次第に痛みが収まってきた。

落ちてきた時の痛みも消えている。

体を見ると火傷も治っている。


「これは…?」

「再生…能力…?」

「チッ!気持ちわりぃ、何だこのバケモノ!」

敵が顔を歪め、後ずさる。


すくっと立ち上がり、ニッと笑う。

「次はこっちの番だ!」


奴らは何かコソコソと話し始める。

「あいつ知らねえのか?」

「無理だ、指名手配はまだ回っていない!」

「チッ、仕事が遅せぇな!」


なにやら話したあとこちらを向き直り、焦ったようにこちらに問いかける。


「おい!貴様!何者だ!何故加勢する!?」

「お前に名乗る名なんかねぇよ!!俺は弱いものいじめが嫌いなだけだ!!」


勢いに任せて格好よく言ってみたが俺に攻撃手段はまるでない。

騎士は満身創痍。しかも彼女から離れられない様子だ。


「うおおあああああ!!」

ヤケクソで殴り掛かる。

簡単に避けられてしまった。


「チッ!生意気なガキが!痛み自体は効いてんだろ!逃げたくなるまで斬りまくってやる!!」


拳を突き出した無防備な状態に、カウンターの重い一撃が入る。

「ぐあああッ!!」


痛ぇ。


いつまでこの痛みを味わえばいい?


いくら俺が死ななくたって

有効打がない。このままじゃジリ貧だ。


バキン!

後ろの方で重く鈍い、何かが割れたような音がした。


…!!


思わず振り向くと女の子を庇う騎士の盾にヒビが入っているのが見えた。


魔法使いの敵二人は俺に構うことなく騎士に向かって火球を飛ばし続けている。

アイツがやられるのも時間の問題だろう。


「よそ見すんな!」

…ッ!マズイ!

ザシュッ!

「がああああッ!!」


あまりの激痛と敵の威圧感に押される。


───このままじゃ…負ける…?


さらに追撃の構え。

「ひっ…!」

また来るであろう激痛に体が恐怖し、目をぎゅっと閉じ、情けない声が発せられる。拒絶するように手を前に出し、後ずさる。


「腹がガラ空きだぜ!?」

奴はそう叫ぶと、振り下ろす姿勢から剣を横に滑らせ、横向きに振るう。


またモロに食らい、腹から血が吹き出す。


痛い、痛い!!もう嫌だ!逃げたい!!もう十分だ!人の為に体張るなんて俺の性に合ってない!


──そんな時。違和感を感じた。


赤い湯気が止まっている。

再生が始まらない…!?

なんで...!?

「ぐっ…がはっ…!」

治らない大傷に耐えきれず、

血を吐いて倒れ込み、四つん這いの姿勢になる。


「オラよ!!」

背中に重い一撃を入れられる。

「ゔあああああああ!!!」


───絶体絶命。


…!?

体が浮く感覚がした。

見上げると苦しそうな顔で走る騎士がいた。


何度も後ろに火球が着弾する音が轟く。

脇に挟まれるように抱き抱えられている。


もう片方の腕にあの女の子がいた。

剣と盾を持ったままなので持ちにくそうだ。

「君!大丈夫か!?」

「あっ、あんた…!」


よろめきながら走る彼は続ける。

「すまない、私事に巻き込んでしまって。」

「いや、ダッセェよ。カッコつけて飛び出した割にこのザマだ。」

「そんな事はない!!」

「なっ…!?」


…!!

助けられて安堵したのか、俺の体から赤い湯気が微かに吹き出しているのが見えた。


──もしかしてっ…!!


息を目一杯吸い込む。


「俺はッ!!!絶対負けねええぇ!!!!」


騎士と彼女が目をまん丸にしている。


そして俺の体はその叫びに呼応するように、

赤い湯気が吹き出し、肉が力強く蠢き始めた。

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