その39.外伝:七原麻莉亜の思い ――sight of Konatsu――
「麻莉亜!!」
物凄い勢いで自宅に戻り、玄関のドアを開けるなりそう叫んだ。
もちろん返事は返ってこない。
小夏は手を使わずに靴を乱暴に脱ぎ捨て、麻莉亜の部屋へと走った。
「麻莉亜!! 麻莉亜!! ねぇ起きて!! お願い!!」
麻莉亜は今日朝見た時と同じくして、目を瞑ったまま意識を落としていた。
小夏は麻莉亜の体に飛びつき、名前を何度も呼びながら体を揺する。
「熱っ!」
しかし、その麻莉亜の体が異常な程の熱を持っていたので、すぐに手を離してしまった。
それでもためらっている時間はない。
小夏は麻莉亜に直接触れなくて済むように、布団を掴んでからその手で再度麻莉亜を揺すってみる。
だが、麻莉亜からは一切の返事が返ってこなかった。
「ごめんっ――」
どうしていいか分からなくなった小夏は、アンドロイドにも自己防衛の機能がついていることを咄嗟に思い出した。
それを思い出すと思い切って麻莉亜のお腹を力を込めて叩きつける。
もし麻莉亜が普通の人間なら相当な痛みを感じてしまう程の強さで。
小夏は麻莉亜が目を覚ますまで必死に彼女の体を叩き続けた。
麻莉亜の機能が全て落ちている訳ではないのなら、こうすれば目を覚ましてくれるはずと信じて。
「……こなつ……さん……ですか」
「麻莉亜!!!」
その小夏の思いは見事に届き、叩いているうちにそんな声が聞こえてきた。
麻莉亜の顔を見ると、目は開いていたものの、活動しているような様子が全く見受けられない。
その様子は意識を持たない人形のようだった。
それでも構わず小夏は無理やり麻莉亜の体を起こし、ガッと麻莉亜の肩を掴む。
服の上から掴む麻莉亜の肩もまた、熱さを感じるほどの温度だった。
「海人が!! 海人が危ないの!!」
「…………」
「黒波に真剣勝負を持ちかけられた!! 今海人は必死で1人で戦ってる!! 黒波のやり方は間違っているって、自分が狂った世間を立てなおしてやろうって、1人で戦っているの!!」
「…………」
「あいつこのままじゃ死んじゃう!! お願い麻莉亜!! あいつを助けてやって!!」
「…………」
小夏は必死でそう訴えるも、麻莉亜は一切のリアクションを取らなかった。
麻莉亜は依然として幽霊のように死んだ目をしたまま、力なく小夏に支えられていることしかできていない。
「麻莉亜しかあいつを助けてやれることは出来ないのよ!! 相手は海人のステータスを事前に知って研究しているって! 黒波はレベル11、このままじゃ海人に勝ち目はない!! お願い麻莉亜!! このままじゃ本当に海人が死んじゃう!!」
「……私は……もう、世にでる権利など有りません……」
弱気な麻莉亜の言葉だったが、言葉を返してくれただけ小夏は安心できた。
「何でよ!? 人を殺したから!? 知らないわよそんなの!! 強盗だったんでしょ!! あんたは正義の味方じゃない! こんな世の中になっても、正義を守り通そうとしたんじゃない!! あんたのやったことは正しい! 誰も責めてなんかない!!」
「小夏さんには……分からないのでしょうね。アンドロイドの気持ちなんて……」
「分からない!! そんなのどうだっていい!! あんたは海人あの姉でしょ!? 海人があんたの助けを必要としているのに、それを放っておくって言うの!!?」
「…………」
小夏は麻莉亜に顔を近づけてそう言う。
麻莉亜は小夏の顔をしばらく凝視すると、不意に目から1粒の涙を零した。
「麻莉亜……?」
「私は……どうして人間ではないのでしょう……どうして……アンドロイドなんかに生まれてしまったのでしょう……どうして……どうして……」
麻莉亜はその涙を隠すように小夏から視線を外し、顔を伏せる。
「私は小夏さんが妬ましい。小春さんが妬ましい。人間の女性が妬ましい。海人さんと同じ場所に立って悩みを共有したり、海人さんと同じ視点で物事を考えることができるあなた方人間が妬ましい。私はあなた方人間の女性とは違う! 常に周りからは一歩離れた境界線の外を歩き、その中には永遠に入ることができない! そして、そんなアンドロイドには許されざる感情を持っている自分が本当に嫌いです!!」
「…………」
布団の上には麻莉亜の顔からポタポタと涙が滴り落ちている。
それを見た小夏は、麻莉亜の顔をグッと自分の胸に引き寄せ、その熱の籠る麻莉亜の泣き顔を自分にも見えないように隠した。
「私は人を愛することも、人を傷つけることも、許されません。人間の方とアイスを食べて楽しく感想を述べ合ったり、一緒に楽しくゲームをしたりすることができません。人は時とともに成長し、大人になり、どんどんと逞しい姿に変化していきます。私は常にそれを外から眺めることしかできないアンドロイドなんです」
「…………」
「私も小夏さんに励まされ、自分を人間だと思い込もうとしました。アンドロイドには許されないこともしてしまいました。人間に危害を加えることで、私はアンドロイドではないと思い込もうとしました! でも、ダメだった! いくらそんなことしても、私がアンドロイドだという事実は変わらなかった! 残ったのは激しい後悔だけ! 人間を傷つけてはいけないという、アンドロイドには許されない行為を取ったことによる激しい後悔だけでした! 私はアンドロイド。人間には一生なることのできないアンドロイド。そして、人間の命を奪ったことで、そのアンドロイドであるという私の存在意義までもなくなってしまいました! 私には生きる道がない! もう、私はこの世に存在してはいけないんです!!」
「……そんなことないでしょ」
「小夏さんには分からないでしょう! アンドロイドの気持ちなんて、人間には理解できないでしょう! 私は私を作ったお父さんやお母さん、清秋さんを恨みます。何で私を人間として作ってくれなかったのでしょうか!? 海人さんと同じ人間として私をこの世に産みだしてくれなかったのでしょうか!? 生みの親まで憎んでいるようなアンドロイドに、存在する資格なんてありますか!?」
麻莉亜は小夏の胸の中でむせび泣きながらそう言葉を続けていく。
こんな状況ではあるが、今初めて麻莉亜の胸のうちを知ることができて、小夏はなんだかほっとした。
「……私はアンドロイドじゃないから、確かにあんたの気持ちは分からないかもしれない。でも、私は麻莉亜が生きる資格がないなんて、これっぽっちも思ってない。もちろん、海人も」
「そんなはずはないです! 人をゲームで殺しているアンドロイドなんて、エボルと何の違いがありますか!? エボルは私のなれ果てた姿だとすら思えます!」
「バカね。エボルが麻莉亜のように、人間に危害を加えることでこんなに苦悩してたら、全然苦労はないでしょ。あんたは麻莉亜。七原麻莉亜でしょ。アンドロイドだけれども、そこら辺のアンドロイドとは違う。こんなに苦悩してるアンドロイドなんて見たことないわよ」
「でも……ひぐっ……でも!!」
今までに見たことのない麻莉亜の様子だが、小夏は驚くこともなくゆっくりと言葉を続けていく。
「お父さんもおじさんもおばさんも、今頃きっと大満足しているわよ。こんなに麻莉亜が立派に色々考えてるんだって知ったら、きっと驚く。みんな胸を張って喜ぶと思う。それに、それだけ海人のことを思ってるんでしょ? 人を愛すること、出来てるじゃない。それなら、思いっきり愛してあげなさいよ。あいつだって死ぬほど喜ぶわよ。恋愛にアンドロイドとか関係ない。前にニュースであったじゃない。アンドロイドに恋をした人間がいるって。あんただって知ってるでしょ?」
「……愚かな人間ばかりでしたね」
「そうね。でも、私は今はそうは思わないかな。麻莉亜にはしっかりとした感情があって、人に恋することもできて、こんなに苦悩して。こんな魅力のあるアンドロイドなら愛されても不思議じゃないんじゃないかな」
「……人間からの慰めなど必要ないです」
「ひねくれてるところもまた、人間そのもの。あんたは学習型第一号で、他に仲間がいないから社会のルールに抗えないだけなのかもね。もし、世の中にあんたのようなアンドロイドが増えたら、もしかしたらアンドロイドが恋をするのなんて極当たり前になるかもしれない。それくらいあんたが恋をするのは自然なことだと思うけど」
「…………」
小夏は麻莉亜の心情を察することで、色々な思いが頭の中を駆け巡った。
この状況が奇しくも以前たまたま小春に勧められて読んだネットの漫画『冷たい愛の殺人機』と被っていたので、それを読んだ自分の感想を思い出すことによってすんなり麻莉亜を慰める言葉が見つかったのだった。
「何も悩むことなんてない。自由に生きればいいの。あんたは七原麻莉亜。人間の作ったルールに則って生きていけばいいの。人を妬めばいいじゃない、憎めばいいじゃない、愛すればいいじゃない。それが人間なんだから。何も悪いことはない。人を殺してしまったのなら、相応の罰を受ければいい。存在する資格はいくらでもあるのよ。あんたがそうやって生きていけるように、お父さん達は頑張ってあんたを作って、人間としての手続きを取ったんだから。それを裏切るようなことはしないでよ」
「…………小夏さん……」
「あんたはアンドロイドを基本とした人間。アンドロイドでありながら、海人の姉。私はそう思ってる。それなのに今ここで海人を見殺しにするようなことしていい訳? それこそ、アンドロイドでもなければ海人の姉でもなくなちゃうじゃない。麻莉亜がどう思おうが、今ここで動くことによって行動がそれを証明してくれるんじゃないの?」
小夏が漫画の台詞を少し借りつつもそう説得すると、麻莉亜はしばらく小夏の胸の中で黙りこんでしまう。
小夏はそんな麻莉亜を力を入れて抱きしめ、お願いだから動いてと思いを込めた。
麻莉亜はしばらく無言を続けていると、不意に自分から力を入れて小夏の胸から顔を離した。
「……そうですね。小夏さんの言うとおりです。私は……海人さんの元へ向かわなければなりません」
「麻莉亜!」
麻莉亜はそう言って腕で顔をサッと拭うと表情を引き締めた。
そしてゆっくりとベッドから降りようとするのだが、その様子がどうもおぼつかない。
その動作はまるで病人のようだった。
「あんた大丈夫なの!? 嫌に体が熱いけど……」
「海人さんを守る為です。さぁ、行きます」
麻莉亜は薄い掛け布団を丁寧にたたみ、そこの上に乗るように小夏に促してきた。
「私はいいから! あんただけでも早く行って! お願いだから1秒でも早く行ってあげて!」
「…………」
小夏がそう言うも、麻莉亜は強引に小夏を布団の上に乗せた。
そしてその布団ごと小夏を背中に背負い、前へ向かって走り始めた。
小夏はそこから自力で降りようとするが、強い力で抑えられてしまって動くことができなかった。
仕方ないので、ここは麻莉亜に任せて自分も一緒に麻莉亜と共に向かうことにする。
「……ありがとうございました」
「いいけど、あんた本当に平気なの!? 体が熱いし、何か若干ふらついているけど……」
麻莉亜は小夏を背負い、少しふらつきながらも凄い速さでこの家を出て学校へと向かっていく。
「……私は、もう、ダメでしょう。視界がほとんど見えません」
「え!?」
「私はアンドロイドの禁忌である『人の命を奪うこと』を犯しただけでなく、人間を妬み、海人さんを守るという使命までをも放棄しようとしていました。挙句の果てに、自分は存在しないほうがいいという自己否定にまで陥りました。それにより、今私の無意識の中では様々な自己解決への道筋を探しまわっていることだと思います。その答えは未だ見えません」
「ど、どういうこと……? だから熱暴走なんて起こしてるってこと!?」
「そうです。いくら気を落としても突破口が見当たりませんでした。体も至るところから危険信号を発しています。このままでは次期に私の思考を司る中央回路は焼き切れることでしょう」
「!!!」
麻莉亜は淡々とそう話すが、その言葉は小夏に大きな衝撃を与えた。
どうすればいいのか分からない小夏は、本当に麻莉亜を起こしてしまって良かったのかと不安に陥る。
「それって……直せるんでしょ!?」
「私自身で直すことができない迷路にはまってしまったので、無理です。一度電源を落としたとしても、私が陥ったプロセスをどうにかして解消しないと、再び同じことが起きると思います」
「じゃ、じゃあどうすればいいのよ!!」
「自分で解決できなければ、お父さんやお母さん、清秋さんら私を開発した方達が亡くなってしまった今、どうすることも出来ません。次期に私は思考を巡らせることができない、ただの受動型のアンドロイドになることかと思います」
「そんな!! 何で!? 待って麻莉亜!! あんた動いて良かったの!?」
小夏はそう聞くと、麻莉亜は少し間を置いた後に『海人さんの為ですから』と答えた。
その麻莉亜の口元が少し緩んでいるのが見える。
「……ありがとうございます。小夏さんのお陰です。小夏さんがいなかったら私は海人さんを守るという使命を守れないまま、機能を停止させているところでした」
「機能を停止って! 待って麻莉亜! 一旦話を聞いて!」
小夏はそう言って麻莉亜の背中から降りようとするも、力の入った麻莉亜の手を払うことができなかった。
「本当はあのまま寝てなきゃダメだったんじゃないの!? 私のせいで麻莉亜が麻莉亜じゃなくなるなんて絶対嫌!!」
「小夏さんのせいではありません。あのままなら、どの道私のメモリも思考も死滅していたでしょう。私はそんな思考に陥った時からこうなることを覚悟していました。もう、海人さんや小夏さん、小春さんと楽しい時間を共有することもできなくなると思うと、悲しさがこみ上げてきました。全てを放棄して、このまま何もかも忘れて静かにその時を迎えようと思ってました。でも、小夏さんは最期に私に私たる所以を思い出させてくれました。小夏さんには本当に感謝しています。ありがとうございました」
「ダメ!! やめて!! 何でそんなことになっちゃうのよ!! おかしいでしょ!! お願い麻莉亜!! 何とか直してよ!! 嫌よそんなの!! 絶対嫌!!」
小夏は後ろから麻莉亜をギュッと抱いて、必死にそう麻莉亜に伝える。
そんな小夏の頭を麻莉亜は片手で撫でてくれた。
「ありがとうございます。でも、小夏さんのお陰です。小夏さんに再び立ち上がる勇気をもらい、海人さんを守るという使命を思い出させて下さいました。私は最期まで海人さんを守るという使命を全うし、最期まで海人さんと共にいます。今まで本当にお世話になりました」
「麻莉亜……麻莉亜!!」
「私が冷たくなっても、どうか乱暴には扱わないで下さいね。そして、海人さんをどうかよろしくお願いします」
「嫌!! 絶対嫌!!! いやぁーーーーー!!!!」
前から麻莉亜の涙が風に乗って向かって飛んできては、小夏の顔をかすめる。
それは涙とは思えないくらい熱く、麻莉亜の思いが伝わってくるような涙だった。




