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『白冠(はくかん)のルナ』

前書き


この物語は、「首輪」と呼ばれる契約文化が根付いた都市〈メスラディア〉を舞台にしたフィクションである。


この世界では、人と人型存在〈レディア〉は対等ではない。

契約は絆であり、同時に所有でもある。

そして敗北は、関係の終わりではなく「所属の移動」を意味する。


誰に守られるか。

誰に従うか。

誰のもとで生きるか。


それらはすべて、勝敗によって書き換えられる。


この物語は、奪うことと奪われることのあいだで揺れる人間とレディアの記録である。

正しさや救済を保証するものではない。

むしろ、その曖昧さや残酷さを含めて描くことを目的としている。


読む際は、ひとつだけ前提を置いてほしい。


この都市では、「失うこと」は珍しいことではない。


そして、「取り戻すこと」は、さらに難しい。

序章


白冠はくかんのルナ』


雨の降る夜だった。


首輪都市メスラディア。


眠ることを忘れた巨大都市は、

今日もネオンと歓声に染まっている。


高層ビルの壁面では、

巨大モニターが光っていた。


白冠協会はくかんきょうかい

 月間レディアランキング』


観客の歓声。


熱狂。


名前が呼ばれる。


『第一位――

 “白銀の歌姫”

 ルナ!!』


その瞬間、

街の空気が揺れた。


白いステージ。


銀髪。


眩しい照明。


そして。


首元で光る、

白銀の首輪。


「……変わったな」


(サカキ)ユウトは、

ビルの下からモニターを見上げながら呟く。


画面の中のルナは、

完璧だった。


微笑み。


仕草。


視線。


その全てが、

誰かを魅了するために完成されている。


昔のルナは、

こんな風に笑えなかった。


もっと不器用で。


負けず嫌いで。


口が悪くて。


負けるたびに、

悔しそうにユウトへ噛みついてきた。


――でも。


誰より真っ直ぐだった。


「次は勝つから」


「絶対、

 トップになるから」


狭いアパートで、

安い食事を分け合いながら。


二人で夢を見ていた。


そのはずだった。


「……クソ」


ユウトは、

飲みかけの缶コーヒーを強く握る。


ベコリ、と音が鳴った。


ルナを失った日。


あの日の光景は、

今でも頭から離れない。


地区決勝戦。


相手は、

白冠協会のプロデューサー。


神代シオン。


圧倒的だった。


実力も。


資金力も。


育成環境も。


全部。


ルナは最後まで戦った。


だが、

負けた。


そして契約移譲けいやくいじょうが発生した。


この都市では、

敗北は所有権の喪失を意味する。


弱い所有者には、

守る資格が無い。


それが、

メスラディアの常識だった。


最初、

ルナは抵抗していた。


「私はユウトのレディアだ」


泣きながら叫んでいた。


けれど。


白冠は、

“染める”のが上手かった。


豪華なステージ。


人気。


歓声。


称賛。


敗北の無い環境。


そして。


強い所有者。


ユウトには、

与えられなかったものばかりだった。


モニターの中で、

ルナが笑う。


『今日も応援、

 ありがとうございます♡』


歓声が爆発する。


「ルナちゃーん!!」


「白冠最高!!」


「シオン様とのペア神!!」


その名前を聞いた瞬間、

ユウトの胃が軋んだ。


シオン様。


昔、

ルナはユウトをそんな風に呼ばなかった。


もっと雑で。


もっと近かった。


「ユウト!!

 次の試合どうする!?」


「ねえ聞いてる!?」


そんな風に、

いつも隣にいた。


なのに今は。


画面の中で、

別の男の隣にいる。


その時だった。


「やっぱり、

 ユウトさんだ」


声。


身体が固まる。


振り返る。


そこにいたのは――


ルナだった。


白いコート。


銀色の首輪。


街灯に照らされた銀髪。


以前より、

ずっと綺麗になっていた。


「……ルナ」


名前を呼ぶだけで、

胸が痛かった。


ルナは小さく微笑む。


「久しぶりですね」


その笑顔が、

苦しかった。


完璧すぎたから。


昔みたいな、

不器用さが無かったから。


「元気でした?」


他人みたいな言葉。


ユウトは、

何を返せばいいのか分からなかった。


ただ。


一つだけ、

口から零れる。


「帰ってこいよ」


ルナの睫毛が、

わずかに揺れた。


だが。


すぐに微笑み直す。


「困ります」


静かな声。


優しい声。


だから余計に苦しい。


「今の私は、

 白冠所属ですから」


白い指が、

首輪へ触れる。


白冠の紋章。


それは、

ユウトの見たくもない色だった

後書き


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


この物語〈首輪都市メスラディア〉は、「所有」と「喪失」が日常として成立している世界を前提に構築したフィクションです。


本作で描かれている出来事や関係性は、いずれも極端なルールの上に成り立っています。

しかしその中で起きる感情そのものは、できるだけ現実の人間が抱くものに近い形で描くことを意識しました。


誰かを失ったときの空白。

取り戻せないと知りながら、それでも手を伸ばしてしまう執着。

あるいは、変わってしまった相手を前にしたときの戸惑い。


この物語は、それらを“正解”として提示するものではありません。

むしろ、正しさを決めきれないまま進んでいくしかない状況そのものを描いています。


もしこの作品の中で、印象に残る瞬間があったなら、それは登場人物たちの選択や結果だけではなく、

その間にあった「どうしようもなさ」の部分かもしれません。


第1章以降では、この世界の構造そのものと、奪う側・奪われる側の境界がさらに曖昧になっていきます。

その中で、彼らが何を選び、何を失い、何を取り戻そうとするのかを描いていきます。


引き続き、この歪んだ都市の物語に付き合っていただければ幸いです。

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