第17話 研究棟(4)
その夜。
机の書類を閉じても、
エリオスの意識は
研究棟に残ったままだった。
思い出す。
古い書庫の空気。
紙の匂い。
埃の舞う光。
そして――
ノアの頬に触れていた
あの細い指。
優しい手つき。
妙に近かった距離。
エリオスは
小さく息を吐いた。
……なぜ
あれほど気になったのか。
考える。
ノアは
滅多に人に気を許さない。
名前呼びを許しているのも
同年代では
自分以外だとサラくらいだ。
それを
あの令嬢に許している。
だから
驚いただけだろう。
それだけのことだ。
少し、
意外だっただけだ。
……それに。
ノアは
自分の弟だ。
誰かに取られたような
妙な感覚があったのかもしれない。
兄としての
独占のようなものだ。
そう考えれば
辻褄は合う。
エリオスは
椅子にもたれた。
それに
あの令嬢――
リリアナ・バルディエ。
バルディエ商会。
ここ数年で
急速に力を取り戻した家だ。
流通の動きも
読みにくい。
しかも
本人も優秀だ。
頭も切れる。
気にかかるのも
無理はない。
……生徒会の中でも
確かに目を引く。
だから
気になっただけだろう。
優秀な人間は
目に留まるものだ。
それに
ノアと親しい。
ノアがあんなに
気を許すなんて。
だから
余計に印象に残った。
ただ
それだけの話だ。
エリオスは
ふと目を閉じた。
……考えすぎだ。
そこまで
気にすることでもない。
白く細い手。
「ノア」
――優しく呼ぶ声。
そして
胸の奥をかすめた
あのざらついた感覚。
一瞬
また浮かびかけたが、
エリオスは
その思考を途中で断ち切った。
もういい。
これ以上
考えるのはやめた。
エリオスは
途中で思考を放棄した。




