第17話 研究棟(1)
王立学園研究棟。
北棟の奥にある、
許可制区域。
本館から石造りの渡り廊下を抜けた先にある、
古い建物だった。
高い天井。
厚い石壁。
細長い窓。
装飾はほとんどない。
昼でも光は弱く、
室内には薄暗い空気が漂っている。
古い紙と埃の匂い。
長く閉じられた書庫特有の、
少しだけ湿ったような匂いがした。
元は王立図書館の保管庫として
建てられた建物だと聞く。
だが今は違う。
研究用に移管された記録。
未整理の保管物。
王宮から回された控え。
半ば倉庫のような場所だった。
足音が、
思ったより大きく響く。
――人の気配が、ほとんどない。
研究棟はいくつかの区画に分かれている。
奥には、
古文書や統計記録を保管する
資料区画。
別の区画には、
薬理や植物研究のための実験室。
棚には乾燥標本や瓶詰めの植物、
見慣れない器具が並び、
薬品の匂いが廊下まで
かすかに流れてくることもあった。
強い薬品も扱うのか、
注意書きの札がいくつも下がっている。
さらに奥には、
今はほとんど使われていない
閉じられた部屋も残っている。
鍵のかかった扉が、
廊下の奥にいくつも並んでいた。
リリアナが用があるのは、
資料保管区画だった。
背の高い棚が
何列も並ぶ。
床には木箱。
束ねられた記録簿。
積み上げられた紙束。
棚に入りきらなかった資料が
無造作に置かれている。
古い棚の中には
わずかに傾いているものもあった。
長く使われていないせいか、
どこか不安定に見えた。
王立図書館には、
王太子の死因は残っていなかった。
事故。
急死。
病死。
それだけ。
詳細は書かれていない。
だから、
ここに来た。
研究棟には
王宮から移された未整理の記録が
残されている。
そこに何かあるかもしれない。
そう考えた。
二人は
ここに通い始めて数日。
放課後。
生徒会の仕事の後。
時には
授業の空き時間まで使って。
それでも、
成果はなかった。
棚は何十列も続き、
木箱は数えきれない。
古い年代の記録ほど
奥へ奥へと押し込まれている。
一度に調べられるのは
せいぜい数箱だった。
それでも。
王太子の記録は
確かにある。
だが、
どれも同じだった。
事故。
急死。
病死。
それだけ。
原因は書かれていない。
ページをめくっても、
めくっても。
同じだった。
「……ないな」
ノアが小さく言う。
リリアナは
首を横に振った。
研究棟の奥は
静まり返っていた。
ページをめくる音だけが
小さく響く。
しばらくして。
ノアが記録を閉じた。
「……今日はここまでにしよう」
外はすでに夕方だった。
馬車も待たせている。
リリアナも
静かに記録を閉じる。
今日も、
決定的なものは見つからなかった。
帰り支度をしながら、
ノアがふと視線を向ける。
様子をうかがうようにして、
口を開いた。
「……不便はないか」
リリアナが顔を上げる。
「え?」
「学園生活だ」
短い問いだった。
リリアナは
少しだけ考える。
イザベラの顔が
一瞬よぎる。
だが
すぐに視線を戻した。
「特には」
さらりと言う。
「ノア殿下も
いてくださいますし」
ノアが
わずかに意外そうな顔をした。
自分の名前が出るとは
思っていなかったらしい。
ほんの少し、
口元が緩む。
少し考えてから、
静かに言った。
「ノアでいい」
リリアナが
首を傾げる。
「?」
「二人の時は
ノアでいい」
少し間があく。
「……ノア。」
ノアは
小さく頷いた。
それ以上は
何も言わない。
研究棟を出て、
石の渡り廊下へ出る。
これまでは
二人の間に
半歩ほどの距離があった。
だが――
今は
その距離がなくなっていた。
ノアが
隣に並んでいた。
距離が
ほんの少しだけ近い。
ノアは前を見たまま、
まるで自分に言い聞かせるように言う。
「……焦る必要はない」
リリアナが
視線を向ける。
「きっと、見つかる」
夕方の風が
静かに廊下を抜けていく。
この日も、
決定的なものは見つからなかった。




