第14話 進路(2)
閲覧室を出た廊下は、
夕刻の光に沈みかけていた。
足音だけが、
静かに響く。
ノアが歩幅をわずかに緩める。
「……学院、行くんだろ?」
確認の声だった。
わずかに間があく。
「君が俺と同じ中等部にいないのは、少し惜しい」
軽い言い方。
だが冗談ではない。
「高等部から入る令嬢も多い」
ノアは視線を前に戻す。
「君が入れば議論が面白くなる。
……退屈はしない」
覚えている。
並んだ中等教室。
窓から差し込む光の中、
同じ本を開いていた。
「彼のこの選択は、本当に良かったのかな」
私が言うと、
ノアは頁から目を離さずに答えた。
「主人公なりの最善だ」
私は静かに頁を撫でる。
「最善が、いつも一番大切とは限らないでしょう」
ノアの指が止まる。
ゆっくりと視線が上がる。
「……確かに」
わずかな間。
「基準は一つじゃない」
「だが、選ばなければ物語は進まない」
私は小さく頷く。
「ええ。だからこそ、悩むの」
読み終えたあと、
ぽつりと感想を言う。
「ここ、好き」
少しだけ間を置いて、
「俺は別の行が残った」
静かな声で返ってくる。
どちらが正しいでもなく、
否定もなく、
ただ、違いをそのまま置いていく。
ひとつの物語を、
別々の目で見て、
それを静かに並べる時間。
沈黙も、
共有の一部だった。
言葉を探さなくても、
隣にいるだけで落ち着いた。
深く息ができるような、
穏やかな時間。
――今回は。
中等部へ進む道は、
選ばなかった。
それでも、
あの時間は確かに、大切だった。
夕刻の廊下に戻る。
「……学院、行くんだろ?」
同じ問いが、
今の距離を測る。
リリアナは答えない。
ノアも追わない。
足音だけが、しばらく続いた。
やがて、ノアが言う。
「俺もこれから忙しくなる。
図書館にも、今までほどは来られない」
「王子教育と、高等部進学の準備」
「王宮の書籍は、もう少し俺が当たっておく」
「それに……」
「生徒会に入れば、研究棟の閲覧許可は取りやすい」
歩みがわずかに揃う。
「来年の生徒会会長は兄上だ」
その瞬間、
胸の奥が、はっきりと痛む。
ノアはそれを見る。
横目に、ほんの一瞬だけ。
「……俺も、いる」
小さく、付け足すように。
それ以上は言わない。
廊下の先に、薄く夜が落ちる。
「学院で」
短い。
未来を置く声だった。
リリアナは、
返事をしなかった。




