第19話 君の色(4)
休日、リリアナは商会へ顔を出していた。
学院に入ってからは以前ほど頻繁には来られなくなったが、休みの日に時間が合えば、こうして手伝いに入ることがある。
帳面を揃える。運ばれてきた品を確認する。不足分を書き留める。
それだけでも、人の出入りが多い商会ではいくらでも仕事があった。
ひと通りの手伝いが落ち着いた頃、帳場の奥から叔父が顔を上げた。
「リリアナ、少しいいか」
呼ばれて近づく。
机の上には、簡単な路線図と、鉄材の問い合わせをまとめた書類が広げられていた。
王都から南へ伸びる一本の線。
途中には、橋や倉、荷を積み替える場所を示す印がある。
「鉄路ですか」
「ああ」
叔父は路線図の南側を指した。
「王都と南を結ぶ計画だ。鉄の線路を敷き、鉱石や木材、穀物などを貨車で運ぶ」
人を乗せるためのものではない。
重い荷や大量の物資を、街道だけに頼らず運ぶための道だった。
南からは、鉱石や木材、穀物、薬草。
王都からは、道具や布、薬などを運べる。
途中の倉で荷を分け、そこから周囲の町や村へ馬車で届けることもできる。
完成すれば、国の物の流れは大きく変わるだろう。
「アルヴェイン公爵家の計画ですね」
「ああ」
サラの実家だ。
叔父は、鉄材の問い合わせ書を一枚取り上げた。
「まだ正式な発注ではない。必要な量や納期を確かめるため、いくつかの商会へ話を回している段階だ」
「何か気になるところがあるのですか」
「鉄だ」
リリアナは書類へ目を落とした。
長い線路を造るなら、必要な鉄の量も大きい。
「足りないのですか」
「今は足りている。だが、話が揃っていない」
叔父は別の書類を並べた。
「同じ事業のはずなのに、こちらへ来た条件と、ほかへ回った条件が違う。必要な量も、納める時期も、少しずつずれている」
リリアナは二枚を見比べた。
「計画の中で、まだまとまっていないのでしょうか」
「その可能性はある」
叔父は路線図を指でなぞった。
「それに、鉄路が通るという話だけが先に広がっている。南では、まだ採れる量も分からない鉱山の権利まで値が上がり始めた」
「鉄が必要になると見込んで、先に押さえているのですね」
「ああ」
計画が成功すれば、大きな利益になる。
けれど、思ったほど鉄が採れなければ、金は戻らない。
「今すぐ崩れるという話ではない。ただ、大きな事業は、一度動き出すと止まりにくい。最初の見込みがずれれば、鉄だけでは済まなくなる」
鉄が遅れれば、職人が待つ。
工事を急げば、今度は馬車や倉、人手が足りなくなる。
一つのずれが、別の場所へ移っていく。
「この先、商会へ正式な依頼が来ると思いますか」
「来るだろうな。鉄だけではない。木材、石材、倉、馬車、職人の宿。足りないものはいくらでも出る」
リリアナは、もう一度路線図を見た。
完成すれば、必要な物を、今までより多く、早く届けられる。
けれど、その道を造るための話は、まだ少しずつ噛み合っていない。
「覚えておきます」
「それでいい」
話はそこで終わった。
帳場へ戻ると、
商会の中はまたいつもの忙しさに満ちていた。
荷を運ぶ音。
帳面をめくる音。
人の声。
その中で手を動かしているあいだは、
余計なことを考えずに済む。
商会を出たのは、
まだ日が落ちきる前の時間だった。
門の外には馬車が待っていたが、
リリアナは先に帰っていいとだけ告げて、
一人で通りを少し歩くことにした。
叔父の話を、
少し頭の中で整理したかった。
鉄の流れ。
見込みのずれ。
まだ小さい違和感。
石畳をゆっくり進んでいた、その帰り道。
ふと、
宝石店の前で足が止まる。
店先の硝子の向こう、
並べられた品のひとつに目が留まった瞬間、
リリアナは動けなくなった。
銀のブローチ。
乳白色の石を留めた、
小ぶりな意匠。
やはり、と思うより先に、
息が止まる。
まだ店先の影の中にあって、
石はひっそりと色を潜めていた。
白というより、
薄い灰を含んだような色。
静かで、
目立たない石だった。
けれど、
それがかえって目を離させなかった。
曇っているわけではない。
ただ、
光が触れていないあいだは、
内に籠もって息を潜めているように見える。
リリアナは思わず近づいた。
その拍子に、
店先の硝子へ夕方の光が差し込む。
石の表面に、
ひとすじ光が触れた。
その瞬間だった。
さっきまで静かに沈んでいた色が、
ふいに内側から目を覚ます。
白の奥に、
淡い銀が差す。
そのさらに奥で、
ごくかすかに青や紫の気配まで揺れた。
光を受けたときだけ、
石はまるで別のものみたいに表情を変える。
暗いところでは目立たないのに、
ひとたび光が当たると、
急に息を吹き返したように輝く。
胸の奥が、
破れそうなくらいに波打った。
思わず、
息を呑む。
――あのブローチだ。




