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第13話 協働(6)エリオス ノア

夜。

王宮の灯りが落ち、

廊下には静けさだけが残っていた。


ノアの部屋には、

まだ明かりがついている。


机の上には、開いた童話。

その横に、数枚の紙。


扉が叩かれる。


「ノア、いるか」


エリオスの声だった。


ノアの指が、わずかに止まる。


童話から視線を外さないまま、

机の端に広げていた紙を重ねる。

音を立てず、

引き出しへ滑らせる。


「ああ」


扉が開く。

ノアは頁を送る手を止め、

本から視線を上げる。


「まだ起きてたか」


自然な声。

急にどうした、というほどでもない。

だが、様子を見に来たのは分かる。


部屋を見回し、

机へ視線が落ちる。


積み上がった本。

整理途中の資料。

書きかけの紙は、もうない。


「最近、図書館によく顔出してるらしいな」

責めるでもなく、ただの確認。


「中等部の授業もあるんだろ。

 平日だけじゃなく、休みの日まで図書館か」


ノアは背を椅子に預ける。

視線は、エリオスから外さない。


「必修課程は修了してる。卒業認定も出てる」


短い間。


「出席は任意だ」


エリオスの眉が、わずかに動く。


「……相変わらずだな」


それ以上、出席の件には触れない。


「何を調べてる」


ノアは一瞬だけ目を伏せ、

すぐに戻す。


「歴史の記録を少し」


短い答え。

話は、そこで止まる。


王太子の在位年数。

事故と急死の偏り。

断片だけが、頭の奥に残る。

線は見えかけている。

だが、まだ推測の域を出ない。


エリオスは、

自分のことを自分で背負い込む。

だから今、

不確かな仮説を渡す必要はない。


「そうか」

それだけ。

追及はしない。


「無理してないか」

低い声だった。


「問題ない」


エリオスは、すぐには頷かなかった。

家族だから分かる。

問題がない顔ではない。


だが。

言わないのなら、

聞かない。


「……そうか」

短く頷く。

踏み込まない。


静かな間が落ちる。


ノアが口を開く。


「……そういえば」


「もうすぐ婚約式だったな」


エリオスが肩を竦める。


「ああ。形式だけのやつだ」


「サラの家が進めている国家規模の事業が動き出す前に、

 王家の後ろ盾を示しておきたいらしい」


感情を置かない声。


「卒業後は互いに動きが増える。

 在学中に済ませるのが都合がいい、という話だ」


決定事項を読み上げるような口調。


短い沈黙。


「来年は俺が生徒会長だ。忙しくなる。」

何気なく続ける。


「高等部に進学したら、お前も生徒会に入るんだろ。少しは手伝え」

軽い口調。

命令ではない。


ノアは肩をすくめる。


「状況次第だな」


それで終わる。

兄弟の距離は、そこで保たれる。


やがて、エリオスの視線が机へ戻る。


「……それは?」

開いたままの本。


エリオスは本を手に取る。

開いた頁の上に影が落ちる。

軽くページをめくる。


「王と聖女と時の指輪、か」


わずかに視線を落とす。


「子供の頃に一度は読む話だ」


指が、ある頁で一瞬止まる。

指輪の挿絵。


ほんの一瞬だけ。


「どうした、これ」


ノアは視線だけを落とす。


「目について、借りてきただけだ」


一拍。


「童話を?」

エリオスの眉が、わずかに動く。


「お前が?」


ノアは少しだけ言葉を探してから、


「……読書仲間ができた」


エリオスの手が止まる。


「……仲間?」


「そいつが見てた」


それだけ。

名前は出さない。

説明もしない。


沈黙がひとつ落ちる。


エリオスの視線が、ゆっくりとノアへ戻る。

口元が、わずかに緩む。

ほんの少しだけ、

嬉しそうな顔をした。


「お前に仲間、か」


低い声。


「珍しいな」


エリオスは本を机へ戻す。


「遅くなるなよ」


それだけ言って立ち上がる。

扉へ向かう。


そこで、ふと足が止まる。

机の上の本へ、

もう一度だけ視線が落ちる。


童話。

王。

聖女。

指輪。


一瞬。


右手手が、無意識に左の中指へ触れていた。

自分でも気づかないまま。


すぐに手を離す。

何事もなかったように、

部屋を出ていく。


扉が閉まる。


静寂。


ノアは、しばらく動かない。


やがて、

机の引き出しを開ける。


折り畳んだ紙を取り出す。


そこに並ぶのは、物語ではない。


王太子の在位年数。

早すぎる交代。

原因不明の病気や事故。


童話は、机の上に開いたまま。


王と聖女。

時の指輪。


視線を落とす。


文字が、わずかに遠い。

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