第10話 守るための力(1)
地の文をリリアナで統一しました。
リリーは愛称です。
指に残った輪に触れた夜から、
リリアナの中で、ひとつだけ変わらなかったものがある。
――近づかない。
でも、守る。
願いじゃない。
迷いでもない。
決めたことだった。
思い返せば。
エリオスのまわりでは、
危うい出来事が、昔から多かった。
落馬しかけたこと。
式典の装飾が外れたこと。
整備中の刃が外れかけたこと。
体調を崩す食事が紛れたこと。
どれも、
本人の不注意ではない。
油断していたわけでも、
判断を誤ったわけでもない。
むしろ、
慎重な側の人間だった。
それでも。
危険は、
いつも“周囲”から現れた。
事故とも、
人為とも、
偶然とも言い切れない形で。
命を奪うほどではない。
けれど、
「あと少し違っていたら」
そう思わせる瞬間ばかりが残る。
――もしかして。
私が関わったから、
起きたのではないか。
母のことも。
屋敷の中で向けられる視線も。
理由のない距離も。
全部、
自分のせいなのではないかと、
思い続けてきた。
だから、
会わなかった。
近づかなかった。
それでも。
もし、
それだけじゃないのだとしたら。
今回の出来事のように、
他にも、
何かが関係しているのだとしたら。
背中の傷は、
塞がっても消えない。
朝の冷え込みで鈍く疼く。
身体をひねると、
縫い目が内側から引きつる。
だから、
薬師のところへ通うのをやめなかった。
門が開く前。
人のいない時間。
裏道だけを選ぶ。
習慣のように、
足が向いた。
「……来たか」
薬師は顔も上げない。
布を替える。
薬を塗る。
縫い目の具合を確かめる。
それだけだ。
「動きすぎるな」
短く言われる。
「治りかけを壊すのは、
刃より厄介だ」
リリアナは頷く。
痛みは、隠すものじゃない。
ただ、止まる理由にもならないだけだ。
ある日。
薬師の手が止まり、
縫い目の周囲を静かに押した。
「……残るな」
独り言みたいな声。
「普通の切り傷の治り方じゃない」
それ以上は言わない。
けれど、
分かった。
――消えないものがある。
ただの怪我とは違う。
時間が経っても、
身体の奥に、
理由のない違和が残る。
薬師が、
薬瓶を棚に戻しながら言った。
「王宮付近で、
似た傷が増えてる」
リリアナの呼吸が止まる。
薬師は視線を上げない。
「兵士だの、
女中だの、
身の回りの者ばかりだ」
「刃傷だ。
事故に近い」
少しだけ、間。
「だが――治りが、妙に遅い」
それ以上は言わない。
けれど分かる。
王子のそばにいる者ばかりが、
傷を負っている。
守ろうとして、
間に入った者が。
そして、
その傷だけが、
残る。
背中の傷が、
その言葉と静かに重なった。
危険は、終わっていない。
近づかなくても、消えない。
だから――
守るには、
“外側”から動くしかない。
私の色は、
きっと不吉だ。
近づけば、
何かを壊してしまう気がする。
あの童話の魔女のように、
光の中に立つ側ではなく、
遠ざけられる側だということも、
分かっている。
だから。
近くで守るという選択は、
最初から持たない。
遠ざけられるのは、
分かっている。
排除される側に立つのだということも、
分かっている。
それでも。
離れて、
何もせずにいるだけでは、
あの人の周りにちらつく“影”は消えない。
――だから。
私は、動く。
影から、
届く場所で。




