プロローグ
王太子エリオスは死んだ。
私に生きる理由をくれた、ただ一人の人。
――「俺を、生きる理由にして」
あの日の声。触れた手のぬくもり。胸の奥に差し込んだ光。全部、もう二度と届かない。そう思うしかなかった。
けれど私は、目を覚ます。彼がまだ生きている世界で。
名授けの神殿。幼い身体。白い装束。そして、王族席にいる金色の髪。
エリオスは、生きている。
名前を呼びたい。駆け寄りたい。触れて、温かいか確かめたい。けれど、そのとき、隣にいた少女が静かに首を傾げる。
「……お知り合い?」
エリオスは、ほんの少しこちらを見て、すぐに首を振る。
「いや。知らない」
当たり前だ。まだ、出会う前なのだから。
彼の中に、私はいない。それでいい。そうでなければならない。
もう二度と、あの人を死なせない。
彼の周囲では、説明のつかない危険が繰り返されてきた。偶然の事故。不可解な未遂。誰も理由を見つけられないまま、悪いことだけが積み重なる。
幼い頃から、灰色の髪と色の薄い瞳は不吉だと言われてきた。近くにいる人に災いを呼ぶ色。幸せな場所にいてはいけない色。
不幸を呼ぶ灰色の私がそばにいたから、エリオスは死んでしまったのかもしれない。私が近づけば、また彼を壊してしまうのかもしれない。
それでも、救いたい。私の光を、今度こそ失いたくない。
だから――今度の世界では、もう近づかない。
隣に立たない。恋も、未来も、婚約者の座も、全部手放す。
それでも、守る。
隣ではなく、影から。手を取るのではなく、遠くから。
彼が生きていてくれるなら、それでいい。
そう決めた。
決めた、はずだった。
けれど王太子エリオスは、まだ出会っていないはずの彼女から目を離せなくなっていく。目が合う前に伏せる瞳。自分を避けるように退く足。名前も知らないはずなのに、理由も分からないまま追いかけてしまう。
彼女は、光を失わないために遠ざかる。彼は、知らないはずの彼女を見つけてしまう。
出会わないはずだった。近づかないはずだった。
それでも二人の距離は、少しずつ変わっていく。
――光が、消えないように。




