一巻発売記念SS ♯2
『今年限りの絶景! 積雪花畑はこの道まっすぐ!』
白い花が描かれた看板を見て、アウリオが苦笑した。
「なんというか、商魂たくましいというか……」
「発想一つで見え方が違う、いい例ですね」
「柔らかい表現にしてくれてありがと」
動植物から色を奪う白化雨の元凶、白化雨龍が討伐されて早一か月。
白化雨の研究結果により、白化の症状そのものは伝染しないことが判明している。スライムのような特殊な事例はあるものの、植物であれば伝染することはない。
「人が多いですね」
セラは周りを歩く観光客を見回して呟く。
アウリオと共に休暇を利用して王都近くの開拓村を訪れているのだが、想定以上に人が多い。アウリオの故郷でもあるこの開拓村は宿も一件しかないため、宿泊はまず不可能だというのにこの人込みは異常事態といえる。
近くにキャンプ場を設営しているとも聞いているが、確実にあふれるだろう。
アウリオも少し心配そうに観光客を数えている。
「例年はここまでの観光客はいないはずだけどね。宿一軒の時点で想像つくと思うけど」
例年とは比べ物にならない観光客の目的は、白化雨に晒されたことで花だけでなく茎や葉までも白くなった花畑だ。
白化雨龍の通り道でなければ白化雨は降らない。通り道と花畑が重なっていなくては生まれない絶景とやらを一目拝もうと観光客が押し寄せたらしい。
観光客の流れに沿って道を進んでいくと、わずかに盛り上がった小さな丘の上が真っ白に染まっていた。
セラの膝ほどまである茎も葉も白い真っ白な花が丘の上全体に咲き誇っている。緑が混ざらない純粋な白の絨毯は積雪と違って風が吹くたびに柔らかく揺れて白い波を作り出していた。
観光客たちが感動しながら白い波を目で追っている。
アウリオに誘われて来ただけだったが、これは確かに一見の価値がある。
アウリオも開拓村の村長に手紙で誘われただけで実物を見たのは今日が初めてらしい。感動とまでいかずとも感心はしているようで丘を埋め尽くす花畑を眺めていた。
「葉まで白いのによく光合成ができたよな」
「葉緑体がほぼ消えているわけですから、光合成はできないか、かなり効率が悪いはずですけどね」
枯れることなく丘全体を埋め尽くしているのは不思議だ。
セラは花を覗き込んで推測する。
「フィルゼの花ですね」
本来は青味がかった花を咲かせる多年生植物だ。王国中央部によく見られる野花でよく群生する。薬効はなく、園芸品種として改良されたものが出回る程度であまり顧みられない花だ。
「フィルゼは地下茎に栄養を蓄える性質があります。光合成なしでも地下茎からの栄養供給である程度は成長できてしまったんでしょう」
栄養を使い切ってしまったとすれば、来年にはこの花畑もなくなるかもしれない。
ただ、気になることもあった。白化雨が降って一か月以上たっているのに新しい葉や蕾もなく雨の影響を受けた白い状態というのは妙なのだ。
錬金術師らしい視点でじっと観察を始めるセラにアウリオはさりげなく近づいて周囲を警戒する。ほぼ専属の護衛としてすっかり慣れた動きだ。
「何か気になることでも?」
「もう見つけました」
観光客もいる中で言及するのも無粋だろうと、セラは答えを言わずに新芽を食べる虫に軽く土をかけて追い払う。
再び観光客の流れに乗って道を進み、花畑を抜けると屋台がいくつか建っていた。
白化雨の影響で農作物が収穫できず、手が空いてしまった村人がこの機会に商売を始めたらしい。
キャンプ場で使用する薪のような消耗品や軽食の他、お土産も売られている。
「今年限りの数量限定、積雪花の押し花はいかがですかー!?」
セラはアウリオと顔を見合わせる。
本当に商魂たくましい。
「そういえば、アウリオさんってこの手の工夫が好きですよね」
「えっ、もしかして血なのか……?」
愕然とするアウリオを置いて、セラは押し花を売る屋台に歩み寄る。
足音に気付いた屋台の店主が笑顔でセラを見て、ぎょっとした顔をする。
「せ、セラさん!? あっ、あの、これはですね。あの、ちゃんと研究用のサンプルなどは王都の研究所に発送済みで、ここに売っているのは余り物と言いますか。あっ安全性も証明されたわけですし」
「別に咎めませんよ? 面白そうなので私もその押し花を買おうと思いまして」
「えっ? ぜひぜひ、どうぞどうぞ。おそろいでアウリオの分もいります?」
「さぁ? 本人に聞いてみないと」
セラが振り返ると、気を取り直したアウリオがこちらに歩いてくるのが見えた。観光客が絶妙に進路を塞いでいるせいで頭の先っぽしか見えないが、間違いないだろう。
店主が屋台の奥に積んである木箱をごそごそと漁り始める。
「いえね、花畑を見に来る観光客にカップル客が多いのでカップル用の商品も開発してみたんですけど、意外と売れ残りそうで」
「ロマンチックな逸話もないですし、ちょっと訴求力が弱いのかもしれないですね」
看板に書かれた価格もやや強気だ。二人の思い出の品として買うには少し勇気がいるのかもしれない。
店主がセラの意見に「あぁ、逸話かぁ」と納得する。
「――やっと追いついた」
観光客の流れを苦労して横切ってきたアウリオがセラの隣に並ぶ。
店主がアウリオにカップル用の商品を見せた。
「アウリオ。セラさんとおそろいで買っていかないか? 売れ残りそうなんだ」
「なんだよ、カップル商品?」
看板を見て気付いたアウリオが言葉を選ぶようにセラを見る。
「セラさん、嫌じゃなかったら村を助けると思って、買うっていうのは……?」
「別に構いませんよ」
「一組くれ。後、そっちの個人用の奴も」
「気前が良くて助かるよ! あ、そうそう。アウリオが村に来たら訪ねてくれって、村長が言ってたぞ。家にいるはずだから、顔を出すといい」
「村長が? しょうがないな」
苦笑しながらも商品を受け取るアウリオを見て、セラは背後の丘を振り返った。
「――セラさん? もう一度積雪花畑を見るなら、観光客の流れに逆らわずに大回りした方がいいと思うよ?」
アウリオに心配そうに言われて、セラは首を横に振る。
「いえ、別の花畑があれば見に行こうかと思いまして」
お土産を受け取って、セラはアウリオと並んで歩きだす。
店主が背中に声をかけた。
「二人とも、また来てくれよ」
「はいはい。休暇が取れたらな」
アウリオが肩越しに片手を上げて応じる。
観光客の流れに沿って屋台の間を歩く。
アウリオがセラの顔を覗き込んだ。
「なんか笑ってる?」
「雪解けしたなと思いまして」
本日発売!
買ってくれると嬉しいです!




