一巻発売記念SS ♯1
「暇ですね……」
ぽつりと呟いたセラの言葉に、アウリオとイルルが顔を見合わせた。
「いま、セラが暇って言った?」
「多分、そんな名前の薬草か何かがあるんだろうね」
アウリオの推測にイルルは肩の力を抜いた。
「そういうことかぁ。暇さえあれば実験しているセラが暇だなんて言うはずないもんね」
びっくりした、と呟きながら椅子の背もたれに体重を預けるイルルは、次のセラの言葉ではね起きる。
「甘いポーションでも作ってみますか」
「アウリオさん! セラが、激マズの錬金術師が壊れた!」
「セラさん休もう! 白化雨対策部の仕事も今日はもう終わりで、何なら明日も休んで劇場に行こう! エスコートするから‼」
セラの左右からアウリオとイルルが詰め寄る。
白化雨龍討伐後からも王国各地を視察して雨の影響などを調べていたこともあり、疲れが溜まっていると考えたらしい。
セラは憮然としつつ、二人を軽く押しのける。
「次の視察までに終わりそうな実験がないから暇なだけです。注文していた素材も半端にしか届いてませんし」
劇場のチケットを二枚取り出していたアウリオががくりとうなだれた。
セラは机の引き出しを開けて中の紙束をめくる。
「海の向こうの果物には酸味を甘味と誤認させるものがあるそうです」
興味を引かれたイルルが身を乗り出し、セラが引き出しから抜いた紙を覗き込む。
「もしかしてさ、苦味や渋味を甘味に変えるポーションを作れたら、セラの実体魔力のポーションを誰でも飲めるってこと?」
「いえ、それは無理ですね」
実体魔力のポーションは魔力そのものに味がついている。科学的な味覚変化では対応できない。
「音魔法の中に相手と触れることで骨を振動させて言葉を伝える魔法がありますよね? 実体魔力のポーションの苦みは魔力で味覚受容体を刺激しているので、何かで受容体を塞いでも貫通して味が伝わります」
国立錬金術師ギルド本部が総力を挙げても改良できなかったのだ。すくなくとも既存の知識では解決できないと思った方がいいし、セラ自身も解決するつもりがない。
興味を失ったようにイルルはため息をついて席に戻ろうとする。
白化雨対策部を発足して以降、イルルは白化雨龍の生き残りを探して狭い洞窟などに潜り込まされる。その際には安全性の問題から実体魔力のポーションを飲まされているのだ。
あの味が解決できないなら王都にいる今のうちに美味しい物でも食べに行こうと思ったのか、イルルは財布とコートを手に取った。
そんなイルルの背中にセラは声をかける。
「実体魔力のポーションの味は無理ですが、どんな食べ物でもお菓子のように甘くできる可能性はあります」
「……セラ、ちょっと詳しく」
猫のように身をひるがえしてセラの傍に戻ったイルルが目を輝かせて続きをせがんだ。その横でアウリオがピンと来ない様子でセラの言葉を待つ。
セラはイルルに微笑んだ。
「山菜のペーストを固めた寒天が果物ゼリーのように甘くなります」
「作って!」
前のめりなイルルをちらりと見て、アウリオはそっと部屋を出ていく。冒険者らしい筋肉質な体をこそこそと隠すように、扉もそっと開け閉めしている。
イルルはアウリオが出ていったことにも気付かない。
視察の度に実体魔力のポーションを飲まされて、王都に戻るたびに口直しで美味しいものを食べていたイルルは最近の悩みを解消できるかもしれない甘くなるポーションに期待を寄せている。
元々、暇があったら作ってみようとセラも考えていたため、その日の夕方には完成してしまった。
出来上がったのは透き通った青いポーション。いくつかの苦み成分に反応して魔力でコーティングし、甘味成分に変換するというもの。
セラはフラスコを揺らして粘性を確かめる。
「問題はありませんね……」
空気に晒しても、加熱しても成分に変化はない。
セラは首を傾げつつ甘くなるポーションを一口。
「美味しいですね……」
おかしいな、と思いながらセラは傍らでぐったりしているイルルを見た。
「口の中イガイガする……」
もにゅもにゅと口を動かすイルルは甘くなるポーションを指さした。
「ダイエットには効果があると思うよ……」
「では、成功ですね」
ぱくっと薬草を生で食べて、セラは口の中に広がる果物のような甘さに顔をしかめる。
薬草はやはり苦い方がいい。




