第3章 三層分離形態
マリラはカレナードの手を取った。
「そなたへの理由なき暴力を許してほしい。傷はきちっと治しなさい」
夕刻、彼は小走りに訓練生棟へ走った。すぐに息切れしたが、早く自分の居場所に帰りたかった。彼は遠くへ彷徨った羊のようだった。
ガーランドは春をむさぼるように南下を急いだ。西メイス領国から2日後にはミセンキッタ領国中央を貫く大河に沿って海に向かうコースに入った。
領国の首都テネ城市は大河の本流に数本の支流が流れ込む地点よりやや上流にあり、南海より遡上する船の終着地だ。古い歴史を持つ大領国の城は広い高台に悠然と鎮座していた。周辺は旧市街と新市街が大河まで張り出している。
浮き船はその上空を通過する予定だ。艦長の号令が全艦に響き渡った。
「本日午前十時をもってガーランド三層分離形態による強襲戦闘訓練に入る!高度1500!各艦最大戦速用意!対物理バリアー張れ!
合流地点はミセンキッタ領国最南端より20kmの海洋上である。総員に告ぐ、本船は60分後に戦闘態勢で加速する。
訓練の目的はテネ城市及び大河周辺の街に潜む玄街に対する示威行動である。
我々に領国統治干渉の権限はない。しかし、玄街が関われば超法規的措置として警告を行わねばならん。これはガーランドと各領国の不文律である!」
新参訓練生は実習したての脱出演習に従い、装備を整えて第四甲板奥の退避室に走った。シャルは背嚢をつけながら班長に訊いた。
「三層分離形態って何だよ。」
「1月の講義を忘れたのか。ガーランドは全長3000mだ、急に加速出来ないだろ。だから緊急時には船体をバラすんだ。司令室のある第一層が五隻の強襲戦艦に分離し、時速200kmで飛ぶ。トール・スピリッツも一緒だ。第三層は女王区画を収容して母艦の役割をする。だから僕達はどこにいるんだ、シャル」
「母艦ってことでOK?」
「第二層は小型母艦20隻と巡洋艦10隻に分かれる。OK?」
艦長の指示した時間が迫っていた。強面古参訓練生が叱った。
「新参め。軍人の自覚がない者は放り出すぞ!加速が始まったら腹に力入れとけ、後ろの壁まで転がるぞ。トイレに行きたい奴は3分で行っとけ。ションベンちびった奴はあとで晒し者だ!」
アレクがぼそっと突っ込んだ。
「あいつ、オムツしてんじゃないのか」
キリアンは吹き出すのをこらえた。
6分後、全員が床に取り付けられた補助ベルトを確認し終え、艦長の合図で訓練が始まった。ガーランドは生き脱ぎの夜以上に揺れた。
先に出航したトール・スピリッツの操縦席でピード・パスリは分離形態に移るガーランドをチェックしていた。
「第一層、各艦エンジン臨界まで1分。第二層は3分。司令室管制、北から寒冷前線が降りてくるぞ。15分で到達の見込みだ。女王区画はここからは見えない。後方の飛行艇ナンバー48に確認してくれ」
彼は巨大な浮き船の繋ぎ目から微弱電流が放出されるのを誇らしく眺めた。
母艦となる第三層がエンジン臨界に達し、最大戦速へと加速した。新参は各自の背嚢を床に押し付け、補助ベルトに助けられて増していく重力に耐えた。キリアンは背後のカレナードを気遣った。
「気分はどうだ」
「最高だ」
ミシコがやや青い顔でぼやいた。
「少しは酔いの辛さを分かれよ、最強コンビ!」
訓練は予定より10分遅れて進んだ。母艦はトール・スピリッツ5機を先頭に正午にテネ城市上空を通過した。高度300mの低空飛行に、テネ城市民は恐れおののいた。伝統の木造家屋は揺れ、窓は激しく震えた。空をつんざく轟音が腹の底まで届く。
多くの領国民はただならぬ警告を感じた。彼らは知っていた。領国主ララークノ家は当主を亡くし、お家騒動の最中だ。領国府がこの危機を見過ごせば、玄街に付け入られる。そうならぬよう、民は民意を示せと、ガーランド女王はメッセージを寄こした。今頃、テネ城の重鎮たちは青ざめているだろう。この日、大河沿いの多くの都市と町が轟音の洗礼を受けた。
母艦はテネ城市の南方500kmの副首都プルシェニィで、第2戦闘速度に移った。合流地点で夕刻に艦砲射撃訓練に移行し、甲板上で見学すると知らされた。キリアンは早速ヘルメット内の防護装置を点検した。
「ヤバいぞ。新参は対衝撃波訓練だ。班長、ナサールに伝えろ。全員で装備点検だ」
カレナードは艦砲射撃の目的が気になった。
「ガーランドは調停機関なのに……何を撃つんだ……玄街を?」




